日本外交の弱さとその背景を知るために、
格好の本だと思います。
著者のケント・E・カルダー氏といえば、
日米関係の専門家として有名です。
ジョンズ・ホプキンス大学の教授であり、
在日米国大使館でも勤務していました。
ワシントンDCという「政治都市」では、
アジア各国が国益をかけて競争します。
国際政治の首都と言ってもいいでしょう。
ワシントンでは、国の経済力や軍事力より、
人脈や発信力、知的能力が強い影響を持ち、
韓国やシンガポールは成功しています。
それに対して国力の割に影響力が弱いのが、
わが日本であり、インドや中国でした。
インドや中国が近年影響力を増す一方で、
日本の影響力は低下し続けています。
ワシントンという政治都市が特に重要なのは、
単に超大国の米国の首都というだけではなく、
世界銀行・IMF、NGO等の本部があって、
国際政治全般に影響を与える点です。
シンガポールは少ない大使館スタッフでも、
在任期間の長い優秀な大使の指導のもとで、
効率的に議会工作を繰り広げました。
韓国や中国は自国出身の米国人団体を活用し、
議会やメディアに大きな影響力を与えます。
韓国系米国人が集中して住んでいる地域では、
その選挙区の議員に大きな影響を与えます。
台湾はイメージ戦略や接待攻勢にたけていて、
米中国交回復後も親台湾派を維持することで、
米国の軍事援助を受けることに成功しました。
韓国やシンガポールはシンクタンクに投資し、
戦略的に関わり、NGOも重視します。
台湾やドイツの政党はワシントン事務所を持ち、
ワシントンの政治動向を詳細に見ています。
経団連がワシントン事務所を閉鎖する一方で、
韓国の経済団体は積極的に活動しています。
韓国経済研究所をワシントンに設置しました。
国際交流基金はワシントン事務所を閉鎖して、
韓国文化センターはワシントンの拠点を強化。
日韓でまったく逆の動きをしています。
シンガポールと米国の自由貿易協定の締結前に、
シンガポール大使館は、議員や議会スタッフに
こまめにコンタクトしてロビー活動しており、
数百人の議員とスタッフに面会しています。
私の記憶が正しければ、日本大使館の議会班は、
キャリア外交官の班長の下にスタッフ5名ほど、
衆議院事務局と参議院事務局の出向者を含めて、
わずかな人数だったと思います。
米国では外交も国防も議会の動向が重要です。
議会を見ていないと正しい判断はできません。
予算も人事も議会が握っているわけですから、
日本の国会とは桁違いの権限の大きさです。
ある意味で、議会多数派の党首が首相の日本は、
米国の大統領以上の権限をふるいやすいです。
米国では議会に拒否されると何もできませんが、
日本では議会への首相の影響力は強いです。
議会の重要性をよく認識している各国大使館は、
議会関係者に熱心にロビー活動をします。
日本大使館の議会班のスタッフは少なすぎです。
議会担当スタッフの増強は必要だと思います。
本書では、日本大使館があまりにも東京志向で、
国会議員のアテンドのような仕事に力を入れて、
ワシントンのネットワーク形成を軽視している、
という批判をしています。
便宜供与を頼む国会議員にも問題があります。
ある程度は許容されるにせよ、何でも頼って、
ぜんぶ大使館員にお任せという例もあります。
私自身も気をつけようと思います。
また日本の国際交流基金はニューヨークにあり、
ワシントンDCにはありません(閉鎖済み)。
ワシントンDCで国際交流基金の拠点を再開し、
知的な交流、人的交流を拡大すべきです。
これまで国際交流基金は、茶の湯や歌舞伎など、
伝統芸能やアニメ等のカルチャーに偏重気味で、
知的交流やNGOとの交流を強化すべきです。
米国や世界のNGOを支援することも重要です。
シンクタンクや大学の研究所への働きかけも、
日本がこれまで弱かった点だと指摘されます。
研究助成や留学生や研究員の派遣を増やして、
日本のプレゼンスを強化する必要があります。
日系米国人との関係強化も重要だと思います。
大使館や国際交流基金の働きかけを強化して、
日本のために働いてもらいましょう。
米国以外の日系人との関係強化も大事です。
ブラジルやペルー等の移住者への支援活動は、
旧海外移住事業団からJICAが引き継ぎ、
JICAの仕事のひとつとなっています。
昔の移住者支援といえば、農業指導であったり、
日本語教育や青年活動みたいなものが中心で、
途上国支援が本業のJICAに向いてました。
しかし、最近の日系の移住者支援といっても、
農業支援のようなニーズは減っています。
むしろ文化交流や知的支援が中心だと思います。
JICAというより、国際交流基金の仕事です。
海外の日系移住者支援の実施主体については、
JICAから国際交流基金に移管すべきです。
日系2世3世とのネットワーク作りや交流は、
国際交流基金に日系人支援の専門組織を置き、
そこで担当させた方がよいと思います。
中国系米国人は、日系米国人の4倍もいます。
韓国系米国人は、日系米国人の2倍もいます。
日系米国人との良い関係はとても重要です。
日本から情報発信を強化するのは重要ですが、
やり方を誤って「プロパガンダ」に走ると、
逆効果になることもあるので注意が必要です。
2007年に従軍慰安婦問題に関する意見広告が、
「ワシントンポスト」に掲載されたケースは、
逆効果の典型的な例になってしまいました。
日本外交へ大きなダメージを与えました。
自分たちに都合の良い主張だけを強弁しても、
それが心に響かなければ、効果がありません。
21世紀の人権感覚で納得できない主張は、
独りよがりの古臭い主張と受け取られます。
ソフトパワーが重要な現在の国際政治では、
一方的なプロパガンダでは通用しません。
相手の共感と理解を得られる広報外交が、
これからの日本外交に求められます。
そういうことを考える上でも良い本でした。
硬くてすいすい読める本ではありませんが、
外交に関心のある方にはお薦めの本です。
*ご参考:「ワシントンの中のアジア」ケント・E・カルダー著、中央公論新社、2014年