◼️「心の旅/Regarding Henly」(1991年・アメリカ)
監督=マイク・ニコルズ
主演=ハリソン・フォード アネット・ベニング ビル・ナン ミッキー・アレン
仕事に没頭する敏腕弁護士ヘンリー。勝訴に導く雄弁な語り口を映画はまず冒頭で見せつける。医療過誤訴訟と思われる法廷で、被告席のいかにもか弱そうな老夫婦をカメラは見せた後、ヘンリーは「彼らが招いたことです」と冷たく言い放ち病院側を勝訴に導く。家庭では家族を顧みず、妻が買ったテーブルに文句を言い、娘にも威圧的な態度をとる。短い時間で主人公の性格と立場を明確に示してくれる。悪役イメージがあまりないハリソン・フォードが嫌なヤツとして現れるのだ。マイク・ニコルズ監督、さすがに最初の掴みは見事。
ある晩、煙草を買いに外出した先で強盗に遭遇し、銃弾に倒れるヘンリー。一命はとりとめたものの、記憶を失ってしまい、彼にとって家族は知らない人でしかない。リハビリを助けてくれる明るい理学療法士ブラッドレー(「天使にラブソングを…」の刑事役ビル・ナン)が、唯一心を許せる存在だ。しかし娘との触れ合いから記憶が戻り始めたヘンリーは、自宅に戻ることを決心する。今までとは全く違う優しい人柄のヘンリーは、過去と向き合い始める。
主人公が記憶を失う話は、いかに記憶を取り戻して元の生活に戻るのかに主眼が置かれるのが典型。周囲が思い出させようと必死になるのは、テレビドラマでもよく見かけるシーンだ。だけど、世間で評判のよい記憶喪失ものってそんな簡単な話ではないはずだ。ハリウッドクラシックの「心の旅路」は、本来の記憶を取り戻してからがドラマティック。アキ・カウリスマキの「過去のない男」は、記憶喪失後の日常がとってもユーモラス。記憶は失っても生きていく日々は毎日やってくる。
この「心の旅」もただの記憶喪失ものじゃない。J・J・エイブラムスが脚本を手がけた本作は、記憶を失う前の自分に戻るのではなく人間性を取り戻す物語だ。そこには世間で成功者として称えられているハイソな人々や社会に対する皮肉や批判が込められている。過去の自分を知れば知るほど嫌いになるヘンリーに、ブラッドリーが「そのうち本当の自分が見つかるさ」と言う。事故後のヘンリーが"なりたい自分"となる物語。ファンタジーと言われればそれまで。だけど、日々いろんなことに追われてる身には、幸せって何だろ?と振り返るにはいい機会をくれる映画だと思うのだ。
音楽担当はハンス・ジマーだが、デイブ・グルーシンぽいしゃれた劇伴。