■「たかが世界の終わり/Juste La Fin Du Monde」(2016年・フランス=カナダ)
●2016年カンヌ映画祭 グランプリ
●2016年セザール賞 監督賞・主演男優賞・編集賞
監督=グザヴィエ・ドラン
主演=ギャスパー・ウリエル マリオン・コティヤール ヴァンサン・カッセル ナタリー・バイ レア・セドゥ
豪華キャストのフランス映画だけに、期待があったのだけど、ちょっと観ていて辛い映画でした。
死期が迫った若き主人公が、ずっと疎遠だった家族にそれを伝えに行くお話。
死が迫っている理由やそれまでの経緯は場面としてほぼ明確に語られず、
台詞から家族それぞれが主人公へ抱く思いを感じ取ることが求められる。
なかなか本題を切り出せないじれったい時間が淡々とすぎる中、
自分の思いを素直に伝えられない家族が口汚く罵りあうのは、
やはり観ていて辛い。
会話の行間を読むことで、お互いの寂しさは確かに滲んでくる。
歳の離れた妹からは「兄さんは才能もあるしすごい。でもそれは家族の役には立っていない。」と言われ、
家族を支え続けた兄からは嫌味のような悪口雑言。
それは寂しさの裏返しなのだが、
こういう言い方しかできない不器用かがまた寂しくなってくる。
でも、この映画を自分自身に置き換えてみると、
社会人になってこれまで、家族に貢献できたことって何かあっただろうか、と考えさせられもする。
その思いがまた映画を切なくさせる。
突然音楽がドーンと前面に出て映像美を見せつけてくるのは監督のセンスを感じるけど、
全体としては浮いている。
しかもよりによって「恋のマイアヒ」だけに、別な映像が脳裏をよぎっちゃってさ(笑)
『たかが世界の終わり』本予告