わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫) | |
土屋政雄 | |
早川書房 |
カズオ・イシグロ。
以前何気なく読んでハマりまして、私には珍しいジャンルなんですが。
ちょっと読み始めるまでが億劫なんですが、読み始めるとつい引き込まれてしまいます。
さて、この本では介護人キャシーが淡々と自らの半生を語り始めます。
生まれ育った施設ヘールシャムや親友ルースやトミーのことなど。
しかし、そこに耳慣れない言葉「提供者」。
このヘールシャムというのも、単に、全寮制の学校というのではなく、
何か訳ありの施設の様でもある。
読み進むうちにこの施設の意味、提供者の意味、
そして彼らに課せられた残酷な運命が次第に明かされて行く。
ことの真相は、割と早くに明かされるのですが、
あえてここには書きたくない気分です。
私がここに書いてしまうと、すごく安っぽい感じになってしまいそうなので・・・。
この設定は、ほとんどSFまがいなのに、ちっともSFっぽくない。
それは人物描写の確かさと、決して大げさになりすぎない、抑制の利いた文章のためでしょうか。
友人間の微妙な心のすれ違いや共感、
そのようなものが実にきめ細かに語られるのには違和感がありません。
自己顕示欲が強く、華やかで、つい引き寄せられてしまう、しかし、感情の起伏が激しく、わがままで扱いづらいという感じなのがルース。
キャシーはそれに比べると内公的で、思慮深い。
トミーは、以前はいじめられっこの癇癪もち。
けれどあることがきっかけで、ありのままの自分を受け入れるようになり、
実はなかなか思慮深く、キャシーと似た面をのぞかせる。
でも、恋人同士になるのはルースとトミー。
この二人をとても仲の良い友人としてキャシーは受け入れているのだけれど、
実はトミーが好き。
実際、キャシーとトミーの二人だけの会話シーンはとてもいい感じなんです。
何で、こんなルースなんかと・・・と思う。
・・・というような、この三角関係を追うだけで、結構楽しめるのですが。
キャシーがこんなにも細かに過去を大事に語る意味がわかってくると、
これもなかなか切ないのです。
非常にはかない陽炎のような生。
このムードはやはり読んでみないとわからないかな。
ごらんのとおり、この本の表紙イラストは今はすでに懐かしいカセットテープ。
「わたしを離さないで」はキャシーがとても気に入っていた曲の題名で、
このカセットテープをとても大事にしていました。
そして、これにはまた、トミーとの温かな思い出もある。
彼女のはかない人生の中で、数少ない幸せの思い出が宿った品なのです。
さてしかし、一つ、非常に残念なのは、この翻訳文なんです。
トミーのセリフ。
「俺には、わからん」
何歳だと思います?
キャシーと同じくらいで、まあ、年代を追って登場しますが、始めの方は高校生くらいでしょうか。
「わからん」・・・これがまた、何度も出てくるセリフなので気になっちゃって。
すごく、ジジくさいです。これはないんじゃない・・・。
いくらなんでも、もうちょっと魅力的な文章にできないのでしょうか・・・。
この訳で、かなり損をしていると思います。
他の部分はとても読みやすくて、翻訳文嫌いの私でも、
引っかかりはなかったのですが、これだけがどうも・・・。
満足度★★★★☆