今回もまた、やってくれました。小道具名人FUKIさん。『お遍路颪』に登場する小道具、多くはない、むしろ衣装が大変か?と見通し立てていたが、少ないながらも大切でしかもなかなか難しい小道具があることに気が付いた。それは、宿屋の看板と火縄銃。それと後から演出的に思いついた手燭だ。困ったときは、FUKIさん頼み、さっそく勝手なお願いを送った。
で、できてきた小道具が、これ。
火縄銃、よくできてる。銃床の飾り金具なんか、ほんと、憎い仕上がりだ。よくよく見ると、銃身は丸棒、撃鉄の部分はプラスチックハンガーだったりする。この部品の応用力が凄い。身近に安く使えるものから、それらしく見えるものを思いつく。これは見事な才能だと思う。
ようするに”見なし”の才能ってことで、偽物をいかに本物らしく見せるかの技術とセンスなのだ。これはまさしく演劇の原理そのものではないか。舞台で展開するのは偽物の世界、でも、観客にはリアルな現実として受け止められる。台本書きや演出なんてもんは、常々、この”見なし”の周囲で格闘していてるようなものなんだ。衣装だって、装置だって同じ。
プロの世界だったら、限りなく本物に近く仕上げてくれるプロがいる。予算も限度ありとは言え、存分にかけることができるはずだ。だから、それらしく見えて当たり前。本物に見えるからって賞賛したりはしない。かえってちゃちなモノ出せば、そっぽ向かれる。
アマチュアだとそうはいいかない。金はない、時間もない。あるのは工夫とセンスだけ。だから尚のこと”見なし”の力がものを言う。ハンガーが引き金になるなんて、だれが想像できるだろう。手燭の風防がジャム用ガラス瓶だなんて気が付く人がいるだろうか?演劇用小道具は、実用品とは違う。観客が見てそれらしく見えればそれでOKだ。ジャム瓶に針金で持ち手を付け、ブリキの覆いをかけ、周囲を紙でできた格子で囲う。これでお遍路たちが手にする手燭になるというものだ。
看板は当然発泡スチロール。それに紙を貼り模様をつけてある。
こういうセンスと技術、菜の花座が出会えたことに、今回もまた、感謝だ。
つい嬉しくなって、次の舞台、シニア4期生公演の小道具も発注してしまった。まだ台本も書けていないってのにね。なに注文したか、って?そりゃ言えませんよ、秘密兵器ですから。