1、2年生がスキーに行ってしまった学校は実に静かだ。
3年の講習も、入試に出かけている子が多いため参加者は少なく、昨日の国語は3人だった。
この期間は職員室が静かなのが一番ありがたい。まあまあ仕事がすすみ、5時には学校をしめる雰囲気になっていたのでその流れにのり、かえりがけに「ドラゴンタトゥーの女」を観る。
オープニングタイトルの映像がはじまった瞬間にひきこまれると、そのまま2時間半の長尺をまったく感じさせない完璧な構成感。どこをとってもすきのない近年の春日部共栄さんの演奏のような無比の作品だった。
お子様にはおすすめできないけど、まさにThis is映画だ。
昨年は「キックアス」のクロエ・グレース・モレッツさんがマイベストヒロインだったが、今年はこの娘さんにつきる。
何て言う子だっけ。タトゥーとピアスで身を包み、街で出会ったらよけてしまいそうな細身の女の子で、天才ハッカーのリスベット役の子。ちょっとネットで検索。ルーニー・マーラさんね。
かっこよすぎる。そしてせつなすぎる。ここ何年分の映画を思い出そうとしてみても、そのせつなさ度は一番だ。
40年前に起きたある一族の殺人事件の真相を解明するというのが作品の大筋で、徐々に事実が明らかになっていく過程のスリルとサスペンスももちろん楽しめる(この謎解きはそんなに予想外ではなかった)。
真相を解明しようとするジャーナリストであるミカエルの助手になったリスベットの心の闇。
彼女の人生はたしかに誰もが経験するレベルのものではないし、彼女のような風体でしかも極めて高い知性をもつ人間像は、普通の存在ではない。
ただ、彼女が感じている生きにくさや繊細な悲しみには、多くの現代人が感じるところがあるのではないだろうか。
肉体のつながりと精神のつながりの危うい不均衡についての描写もさすがで、R15の値打ちがあった。
たった一つの特殊な具体を徹底的に具体として描くことで、普遍につながるものが立ち現れてくるという意味で、すぐれた文学作品に通底するものがある。
ちがうか、文学とかじゃなくて、芸術とはそういうものと言っちゃっていいかもしれない。
そう言えば昨日添削した文章にそういうのがあった。
東大2007年の問題、清岡卓行『手の変幻』の一節だ。
~ レンブラントのそうした作品の中から、有名な傑作ではあるが、ぼくはここにやはり、『ユダヤの花嫁』を選んでみたい。 … 茶色がかって暗く寂しい公園のようなところを背景にして、新郎はくすんだ金色の、新婦は少しさめた緋色の、それぞれいくらか東方的で古めかしい衣装をまとっているが、いかにもレンブラント風なこの色調は、人間の本質についての瞑想にふさわしいものである。そうした色調の雰囲気の中で、いわば、筆触の一つ一つの裏がわに潜んでいる特殊で個人的な感慨が、おおらかな全体的調和をかもしだし、すばらしい普遍性まで高まって行くようだ。この絵画における永遠の現在の感慨の中には、見知らぬ古代におけるそうした場合の古い情緒も、同じく見知らぬ未来におけるそうした場合の新しい情緒も、ひとしく奥深いところで溶けあっているような感じがする。こうした作品を前にするときは、人間の歩みというものについて、ふと、巨視的にならざるをえない一瞬の眩暈とでも言ったものを覚えるのである。 ~
「ひとしく奥深いところで溶けあっている」とはどういうことか、とこの部分では問われる。
正直何言ってるかよくわかんないけどね。
新郎新婦の構図、その雰囲気、色調、レンブラントにしか描き得なかったその絵だが、そこに人間全体への思いを抱いてしまい、くらっとなってしまうほどの感慨を抱いた、普遍を感じたということだろう。
すぐれた作品に触れたときに、あまりにありきたりすぎると思いながら「人間のなんとかを感じる」とか言いたくなる、あの感覚。
そういうのがうまく説明できればいいのだろう。
いきおいで引用すると、次の一節もかっこよかった。
~ この世の中に、絶対的な誠実というものはありえない。ある一人に対する、他の人たちに対するよりも多くの誠実が、結果としてあるだけで、しかも、主観的な誠実が必ずしも客観的な誠実ではないという、困難な状況におかれることもある。したがって、問題は、幸福と呼ばれる瞬間の継起のために、可能なかぎり誠実であろうとする愛の内容が、相互性を通じて、結婚という形式そのものであるような、まさに内実と外形の区別ができない生の謳歌の眩ゆさにあるのだ。 ~
「絶対的な誠実」などない。
誠実であろうとしてとった行動が、他人にとっては迷惑な場合もあるし、極端な話、犯罪行為になることもある。
映画の後半、リスベットがミカエルの正しさを証明するためにとった行動は、明らかに犯罪であり、相手方を死においこむものの、それはリスベットの徹底的な誠実さにもとづく行為だった。
だからこそ、その誠実を受け取ってもらえない哀しみが、それを知ったリスベットの瞳が、心を打つ。