水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

文章

2012年10月04日 | 日々のあれこれ

 3年の漢文1こ、1年の漢文1こ、現代文2こ。
 ちなみに年齢差を「コ」で数える言い方(「あの人は自分の1こ下」みたく)が定着しているが、いかがなものか的記事が新聞に載っていた。一個二個と言うのはおかしいと書いてるのもネット見た。
 いんじゃね、べつに。通じるし。
 ちなみに、この「~こ」は決して「個」ではなく、かわいいもの、だいじなものにつける東北弁の接尾語「こ」じゃないかな。「うまっこ」とか「わらしこ」とか言うときの。

 1年現代文は、演習問題を解きはじめた。教科書で学んだ解き方を、ちゃんと応用できるかの勉強だ。
 今日は内山節氏の「日本の共同体」を読みながら、なぜその文章があるのかを意識せよと繰り返した。
 文章とは何のために書かれるのか。
 なぜ筆者はこの文章を書こうと思ったのか。
 書かざるを得なかったのか。
 それは、自分以外の人がいっていることと違うことを言いたいからだよね、そうじゃないと存在価値がないはずだよね。
 一般論ではこう言われている、それに対してこの私はこう考える、と書かれたのが文章なのだから、漫然と読むのではなく、何に「対して」筆者はこう書いたのかと考えなさい、そうしたら自然にいいたいことがみえてくるし、そういう思いがどの言葉に表れているかも見えてくるよ、とアツく語ったけど、伝わっただろうか。

 他の人とちがうことを言わなかったら、その文章は存在価値がないと言いながら実は、こうやって書いてることって価値あるのかなと一瞬思ってしまった。う~ん、いいかな。ありがたいことに読んでくださる方がいて、時にコメントまでいただけるのだから。ほんとありがたいメディアだとあらためて思う。

コメント
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