ちょっとだけ読んだ。
体育館に設置された学校法廷。判事が、弁護人が、そして検事の藤野涼子が入廷する。
いよいよ裁判がはじまる。
「あんたたち中学生の分際で何やってんのよ!」と傍聴席からやじがとぶ。
証人席に立った生徒指導の先生が、生徒を小馬鹿にしたような対応を続ける。
そんな大人の態度にはいっこうにかまわず審理をすすめていく中学生たち。
たぶん、こんな中学生がいるわけないとか、リアルじゃないとか感じる人はいると思う。
中学生がこんな論理的に、こんなに冷静に、物事を語っていくことはできないのではないかと。
アマゾンのレビュー見てたらやはりそういうのはあった。
でもね、いるんだよなあ。
前に、コンクールの役員で小学校の部を担当したことがある。
審査結果発表の前に各団体の代表がステージわきにあつまってくる。
しっかりした顔で落ち着いている子もいれば、場慣れしてなくて、どうふるまったらいいかわからない子もいる。
ある女の子が(小学校高学年の女子って、ほんとに大人だ)、ちょっと遅れてきた他の学校の代表に声をかける。 その子はみるからにおどおどしていた。「ここに並べばいいんだよ」一呼吸おいて「緊張するね」と笑顔で声をかけている。立派なお子さんだなあと感心した。
そういう気遣いのできる子がいるのだ。
その昔、担任の先生が出張で丸々一日自習という日があった。小学校六年生のときだ。
せっかくだからクラスの問題点を話し合って六年二組の憲法をみんなでつくろうと提案して話し合った記憶が突然わいてきたが、当然中心となったのは、当時は早熟聡明であったみずもち少年である。
中学生でも、たとえば全国大会に出てくるようなバンドのメンバーで、部長さんクラスの立場の人なら、藤野さんぐらいしっかりしてる子は絶対にいる。
中学生でも、きちっと考えてきちっと話せる子はいるのだ。
大人でも、だめな人はだめ。
こんな中学生はいないだろと言ってしまう心の貧しい人には、この小説は楽しめないだろう。