二段落 〈 第四場面 御坂峠 〉
井伏氏は、その日に帰京なされ、私は、再び御坂に引き返した。それから、九月、十月、十一月の十五日まで、御坂の茶屋の二階で、少しずつ、少しずつ、仕事を進め、〈 あまり好かないこの「富士三景の一つ」と、へたばるほど対談した 〉。
「あまり好かないこの「富士三景の一つ」と、へたばるほど対談した」について
Q26「この「富士三景の一つ」」とは何のことか。
A26 御坂峠から望む富士の姿
Q27「あまり好かない」のはなぜか。
A27 あまりにも注文どおりの景色で、その通俗性が鼻につくから。
Q28「富士」は「私」にとってどのような存在と言えるか。
A28 世間の価値観や通俗的な芸術観を象徴し、自分の前に立ちはだかるもの。
Q29「この「富士三景の一つ」と、へたばるほど対談した」とはどういうことか。(80字以内)
A29 御坂峠から望む富士の姿を、たんに通俗的な景色にすぎないと嫌悪するのではなく、
正面から向き合って、自分の価値観と照らし合わせその意味を考え続けたということ。
Q30「この「富士三景の一つ」と、へたばるほど対談した」という表現からどういうことがわかるか。(100字以内)
A30 通俗的な価値観や既成の世界観を、ただ嫌悪して反発するのではなく、
まっすぐに向き合い自分の感覚とつきあわせることで、
新しい表現を模索していこうとする前向きの姿勢が「私」に中に生まれていることを表す。
Q31 第二段落の各場面における「富士」が、「私」にとってどのようなものとして描かれているか、整理しなさい。
A31 A1 御坂峠 あまりの通俗性を「軽蔑する富士」
↓
B 三つ峠 世俗の人の真心に触れた「いい富士」
↓
(A2)御坂峠
↓
C 甲府 結婚を決意させてくれた「ありがたい富士」
↓
A3 御坂峠 へたばるほど対談する相手として「対峙する富士」
二段落は、滞在している御坂峠から移動して、また戻ってくるという場面設定になっています。
移動した先で、世俗を生きる人たちとふれあい、自分の気持ちに変化が生まれます。
「御坂に来た時の自分」と「今の自分」との対比、その変化をもたらす原因となった出来事を読み取りましょう。
ちなみに、音楽の形式で「A→B→A→C→A」といった構造になっているものを「ロンド形式」とよびます。
太宰も意図的にこうの構成を用いているはずです。主題Aに繰り返しもどってくることで、主題Aがより味わい深いものになっていきます。