水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

誰が「反知性」なのか

2016年02月29日 | 日々のあれこれ

 

  国語の教員が入試問題を作成するとき一番大変なのは、何から出題するかだ。
 駿台の霜栄先生が、模試の問題をつくるために三省堂に行き、選書の棚をなめるように見続ける … 、ある日自分と同じような妙な動きの人がいたと思って顔を見たら同業者だった、という話をされていた。
 自分も、そろそろ入試問題を決めなきゃという時期には、なめるように書店の棚を見渡す。
 これなんかいいなあと思う文章は、常にストックしているつもりだが、ついもっといいのはないかと探してしまう。最近は小説を担当することが多いので、どんな小説を読んでてもその目線はどこかにある。
 本校の入試に用いる作品を探しながら、同時にセンター試験に出そうなものも探す。
 昔、堀江敏幸さんの作品で問題をつくった翌年、センターで出たのは一番接近した経験かもしれない。

 十数年前、内田樹『おじさん的思考』を読んだとき、これは問題の宝庫だなと思い、すぐ作った。
 幾星霜を経て、内田先生がここまでビッグな存在になるとは当時は思わなかった。
 そんな内田先生の文章が東大の二次試験に出る。時代も変わった。
 その文章についての批判をいくつか見かけた。
 「悪文だ」「論旨が明確でない」「根本的に間違った内容だ」 … 。

 内田先生は、今や論壇の売れっ子だ。
 今の日本がおかれた情勢に関するご発言は、いわゆる「左翼的」で、最近ではSEALSのデモを賞賛したり、安倍政権を批判したりされている。
 長年触れてきた内田先生のお考えと、何かつながってないんじゃないかなと不思議に感じるときはある。
 だからといって、「左翼だ」「バカだ」「すべておかしい」とは思わない。
 もちろん、すべて正しいとも思わない。
 そのへんは自分の身体の感覚との関係性で判断できるようになるといいよねという、東大で出た文章は、それなりに理解できた。

 評論家、文筆家とよばれる方の、「理解できない」「ヤツの思想はおかしい」「こんな文章を東大が出すなんて、バカなんじゃないの」という言説をみかけた。
 でも、そういう言い方をする方を「かしこい」とはとても思えない。
 あと、やはり入試問題というものがわかっていない。
 出題された文章が、内容として「正しい」かどうかなど、問われていないのだ。
 大体、誰もが納得するような内容の文章であったなら、それ自体文章としての存在意義がない。
 評論文である以上、一般論、通念とは異なるなんらかの内容を含むのは当然だ。
 ある人はその意見に賛成だろうし、立場を異にする人も当然いる。
 自分が納得できない文章を入試に出すなというのは、おかしな話だ。

 何を言っているのかわからないと書いている人もいたが、それは読解力が足りないだけだ。
 今回の文章は難しくない。
 今回の内田先生の文章よりも、もっとわかりにくいのは、過去にいくつも出ている。
 なぜ話題にされるかと言えば、内田先生が目立つ方だからだ。嫉妬もあるだろう。
 全く同じ内容が、目立たない大学で、無名の著者の文章として出題されていても、話題にならなかったと思う。
 反響が大きかったということは、それだけ「知性とは何か、反知性とは?」という問題提起力が大きい文章だということでもある。東大の先生も、出題しがいがあったことだろう。
 川東に何が出たなんて、誰も話題にしてくれないものなあ。

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「富嶽百景」の授業(10) 三段落 第三場面

2016年02月29日 | 国語のお勉強(小説)

 

 三段落〈 第三場面 御坂峠 〉 

 

 十月の半ば過ぎても、私の仕事は遅々として進まぬ。人が恋しい。夕焼け赤き雁の腹雲、二階の廊下で、一人煙草を吸いながら、わざと富士には目もくれず、それこそ血のしたたるような真っ赤な山の紅葉を、凝視していた。茶店の前の落ち葉を掃き集めている茶店のおかみさんに、声をかけた。
 「おばさん! あしたは、天気がいいね。」
 自分でも、びっくりするほど、うわずって、歓声にも似た声であった。おばさんはほうきの手を休め、顔を上げて、〈 不審げに眉をひそめ 〉、
 「あした、何かおありなさるの?」
 そうきかれて、私は窮した。
 「何もない。」
 おかみさんは笑い出した。
 「お寂しいのでしょう。山へでもお登りになったら?」
 「山は、登っても、すぐまた降りなければいけないのだから、つまらない。どの山へ登っても、同じ富士山が見えるだけで、それを思うと、気が重くなります。」
 私の言葉が変だったのだろう。おばさんはただ曖昧にうなずいただけで、また枯れ葉を掃いた。


 場面  場所  御坂峠
      時   夕暮れ時
     人物  私 おかみさん


Q41「不審げに眉をひそめ」たのは、なぜか。
A41 突然、興奮した声で話しかけてきた「私」の真意がわからなかったから。

   私   仕事が進まない 人恋しい
      ↑
 おかみさん 理解者 やさしい

 

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