水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

気品

2013年01月18日 | 学年だよりなど

 人の気品はいかなるところから生まれるのか。どうすれば気品のある人になれるのか。答えは意外に簡単だった。実力テストに出した評論文に書いてあった。「進路だより」新年号に載せてもらった。

 

 「そのとき、私は一人一人のインディアンにみられる、静かなたたずまいと『気品』のようなものがなにに由来するのかが分かった。それは太陽の息子ということから生じてくる。彼の生活が宇宙論的意味を帯びているのは、彼が父なる太陽の、つまり生命全体の保護者の、日毎の出没を助けているからである」(『ユング自伝Ⅱ』の一節。河合隼雄「イメージの心理学」より)

 自分たちは太陽の子供であると信じるインディアンたちは、日々の祈りによって太陽の運行を手助けしている。それは、この世に生きる人々たちみんなのために、太陽が無事運行されることを願う行為でもあった。
 先日実力試験に出した文章である。
 「自然科学の知」しか信じることのできない私たち現代人は、自然や宇宙の摂理を解明すればするほど、自分たちひとりひとりの卑小さを実感せざるをえなくなる。
 一方「神話の知」を生きるインディアンは、自分の存在価値を実感しながら生きることはできるという文章だった。
 そして、インディアンたちには「気品」がある。
 他の人たちのために何かをしているという自負が「気品」を生む。
 他人のために何かをしようという思い、そして自分はそれを果たしているという自負。
 人の気品は、そういうところから生まれるのだ。
 自分のためではなく、「他人のために」という思い。
 気品のある人をめざしてみませんか。

 

 自分の利益になることだけをしたいと考えている人に気品が感じられない理由がよくわかった。

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東京デスロック「東京ノート」

2013年01月17日 | 演奏会・映画など

 東京のある美術館。
 2024年のある日のロビーは、たくさんの来館者でにぎわっていた。
 なぜなら、ヨーロッパの名画が続々と集まってきていたからだ。それを観るために、そしてそれを観るという目的を利用して恋人たちのデートの場所になり、久しぶりに兄弟が集まる待ち合わせの場所になり、また予期しない出会いを演出する場にもなっていた。
 そんな一日の様子をたんたんと切り取った「東京ノート」というお芝居は、平田オリザ氏の代表作である、なんてね。
 『幕が上がる』を読んでからにわか勉強してみたが、お芝居の世界の方々にとっては、もはや古典的とも言える現代演劇(あっ、パラドキシカルになった)作品であろう。
 はじめて出かけたこまばアゴラ劇場は、駒場東大前をおりて路地を数分歩いたところにある小さな劇場だ。
 会場につくと、靴を脱いで二階にあがる。普通教室二つ分くらいの広さだろうか、一面にふかふかのカーペットがしかれ、ベンチシートが中央に二列、両サイドに一列ずつおいてある。
 正面に向かって置かれているのではなく、美術館のロビーを模して作られたものであることは予想できた。
 ご自由にお座りくださいとの案内にしたがい、壁際によりかかってカーペットに腰をおろす。
 お客さんは50人くらいだろうか。もう少しいたかな。芝居が始まる前にはけっこう窮屈な感じだったが、灯りが落ち音楽が変わると、お客さんだと思っていた人の何人かが立ち上がって話し始める。
 となりにいたお姉さんも、タイミングをみはからって立ち上がり、「町田の出身です~」とか言いながら、そのロビーを歩き始めた。
 自分も立ち上がって台詞を言いたい衝動のかられたけど、がまんした。
 ロビーで繰り広げられる普通の会話を、たまたまその場に居合わせて聞いている状態になる。
 ときに二組の会話が同時に進行するが、脚本では上下二段で書かれているようだ。
 ほんとに日常的な会話が、不自然なくらい自然に続く。
 そのなかに「ヨーロッパってこれからどうなるのかな」「戦争避難でどんどん絵画が日本に送られてくるんだって」「平和維持軍に行くことにしたんだ」という会話がすうっと入ってくる。
 たとえば、一昨年の3月。たとえばフランスのある都市。小さな美術館のロビーで、たまたま出会った二人が「久しぶり!」「奇遇ね」って会話してて、その流れのなかで「放射能って、こっちにまではこないわよね」「友達の友達がジャポンに留学してるんだ」みたいな会話をしていたこともあるだろう。そんな光景もうかんできた。
 ヨーロッパで戦火が続く状況下での、日本の一風景。
 世界の大事件とはまったく関係なく一人一人には人生のドラマがあり、微妙なところではその大事件の余波をうけて生きざるを得ない人生の一面が、交錯しながら描かれていく。
 「大笑いして最後にほろっと泣けて」みたいな作品や、幽霊がでたりエスパーが現れるようなお芝居ばかり観てきた自分にはきわめて新鮮だった。
 絶叫もしないし、歌わないし踊りもしない役者さんの演技が、そして何でもない一言が時々泣きそうになるくらいしみてくる。上手な役者さんて、こんなにいるんだ。
 行ってみてよかった。名作と言われるのもさもありなんと思う。『幕を上がる』のさおりさんやユッコやガルルや中西さんにも見せてあげたかった。

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友の叫び

2013年01月16日 | 日々のあれこれ

 朝日新聞の「声」欄に、旧友が投稿した文章が載った。

 ~ 五輪より原発事故の分析を 高校教員 五ノ井平吉
 東京五輪の招致活動が始まった。震災から復興した姿を世界に示し、感謝を伝えたいとのことだが、福島第一原発事故に対する東京電力の責任はいまだうやむやであり、多くの避難者は忘れ去られることへの不安を感じている。 また、双葉郡内に除染廃棄物の中間貯蔵施設を設置することが提案され、地域の人たちの心情はいかばかりであろう。同じ県内にいても推し量ることなどできない。
 さらにサテライト校という劣悪な環境で希望を捨てず、困難に立ち向かう生徒に、全身全霊を傾けて指導に当たっている仲間たちのことを思うと、東京で「震災から復興した姿を世界に示す」ことに対して強い違和感をおぼえる。福島の原発なくして発展することはなかった東京ではないのか。あの、3・11直後のおぞましい恐怖を忘れてしまわれたのか。
 東北で聖火リレーや競技の一部を行う計画もあるらしいが、私たちが求めるのはお祭り騒ぎを被災地に持ち込むことではない。まずは原発事故についての冷静で真摯な分析であり、悲惨な事故が再び起こらないよう未来に向けて対応することだ。 ~


 会津に住む彼と地震の直後に電話で話した時に、地震そのものによる被害はたいしたことはないが、放射能への恐怖感は並大抵のものではないと嘆じていたのを思い出した。
 関東圏に住むわれわれも、言い知れぬ恐怖をいだいていたではないか。
 このまま暮らしてていいのか、せめて娘達だけでも関東を脱出させるべきなのか、だとしたらタイミングはいつか、水は飲めるのか、魚は食べていいのか、武田邦彦先生と池田信夫先生のどっちを信用したらいいのか … 。そしてこの不安には終わりがあるのか、そんなことを考えながら、ときおり電気の来ない日々を過ごしていたではないか。
 のどもと過ぎて、ロンドン五輪の余韻にひたり、その勢いで東京にも来るといいね、と思考停止して望んでいる場合ではなかった。それはそれ、これはこれではない。
 五ノ井さんが言うように、福島は全然どうにもなってないのだから。

 大阪の体罰事件があった高校の入試中止を、橋下市長が指示したのは、正しい判断だと思う。
 部活を停止する、顧問を交代するなどの対策で、一定の変化は生まれる。
 しかし、在校生や保護者、OBの反応を漏れ聞く限り、それで本質は変わらない。
 何より、学校という組織が、そんな簡単に変化できないことを、みなさんよおくわかっているはずではないか。
 部活って何? 体育科ってほんとに必要? という根本的な議論にすすまなければほんとはいけないのだ。
 福島原発があんなになってさえ、すでに原発についての頭を使うエネルギーを随分われわれは減らしてしまった。
 たかだか学校の部活でおきた問題なんて、すぐに過去のものになる。
 「受験生には責任はない」という意見は当然ある。
 それはあたりまえで、われわれ教員、教育行政、地域の大人に責任があるのはまちがいない。
 だからこそ、「今あの学校に君たちを通わせるわけにはいかない、別の道を用意するから、そっちでがんばってほしい、ごめんなさい」と大人は言うべきだ。

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鈴木先生

2013年01月15日 | 演奏会・映画など

 学校の先生が主人公の映画と言えば、まず「ザ中学教師」が思いうかぶ。もう20年も前の作品だろうか。長塚京三扮する中学教師は、「埼玉プロ教師の会」の主張する教師像を具現化した作品だった。
 直接のモデルになったのは、当時川越市立中学校に勤務されていた河上亮一先生である。今や鶴ヶ島市の教育長になられた河上先生が、映画の中では屋台のおでん屋のオヤジを演じていたのもなつかしい。
 クラスにいじられタイプの生徒がいる。放課後のそうじ中に、女子達にいびられて嘔吐してしまうシーンが冒頭だった。で、いろいろあって、いろんな事件もあって、長塚先生の指導や苦悩も描かれて、それなりに解決していく。冒頭でいじられていた生徒も、クラス対抗駅伝の選手を務めたりして少し男らしくなっていく。最後のシーンは、放課後の教室そうじ。あいかわらず女子にからかわれているその男子だが、女子のリーダー的なからだの大きな子の胸をむぎゅっとさわって逃げていく。「お、おまえ、何すんだよ … 」とあっけにとられる女子の顔。
 ローゲーからボインタッチという、中学生男子の成長ぶりをここまでみごとに象徴するシーンはなかなかつくれないよなと当時感心したおぼえがある。
 プロ教師とは、生徒を正しく管理できる教師である。そういう教師の指導のもとで、子ども達は成長することができるというメッセージがこめられた作品でもあった。

 「告白」「嫌われ松子の一生」「北のカナリアたち」など、主人公の職業が先生である名作は数々あるが、先生の教師性そのものを正面から描いた映画として、この「鈴木先生」は金字塔と言いたいくらいよかった。
 「ザ中学教師」に比べると、こどもの成長よりも教師自身の成長が描かれている。
 長谷川博己演じる鈴木先生は、30歳前後ぐらいの設定だろうか。ちょっとおれのマネしてるようなメガネをかけたスラっとした若者で、でも他の先生とのやりとりもおちついているので、ペーペー感はない。
 ぺーぺーでないどころか、自分なりの教育方針を確立していて、それが正しいかどうかを実験するのが自分の教育実践であるという、大人びた思想をもっている。
 「学校の先生は、不良の指導に時間を費やしすぎている。そのせいで、まじめに生活している普通の生徒たちがないがしろにされている。そういう子たちの中にも、どう生きたらいいかわからずに悩んでいる子はたくさんいる。そういう子をしっかり指導したい」という認識も、冷静で実に大人だ。いまふうに言うとクールだ。
 同時に、かわいい教え子との淫らに妄想にときどき浸ってしまう煩悩を、なんとかふりはらおうとする一面があるのもリアルだ。
 テレビドラマとして10話放映され、第11話としてつくられた映画化された本作では、勤務校の卒業生が事件を起こす。
 卒業生が鈴木先生のクラスの子を人質にとって立てこもる事件は、鈴木先生の思想を、いや教師としてのありようといっていいかな、それがゆさぶられるような事件だった。
 それを、教え子とともに乗り越えることで、またひとまわり成長するという、まことに正統派の作品だ。
 鈴木先生がHRでこんなふうに語る。
 「先生は、先生を演じているんだ。みんなも生徒を演じてみるといい」
 これは、まさに「プロ教師の会」の主張ではないか。
 教師は教師という役割を仕事として果たし、生徒は生徒としてふるまう。
 あたりまえといえばあたりまえの姿なのだが、そのように自分が何を演じるべきなのか、演じるためにどういう力が必要なのか、それを理解し身につけていくのが学校なのだろうなとあらためて思う。テレビも見ておけばよかったなあ。

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1月15日

2013年01月14日 | 学年だよりなど

 学年だより「かけがえのない時」

 「高校時代という貴重な時間を大切にしてほしい」的な話を、入学式なんかで聞いたりするものだが、それを語る大人ほどには、みなさんは本気で感じてないと思う。
 でも、部活の試合で負けたあとの帰り道や、友達と馬鹿話してるだけの放課後の教室や、あまり接点のなかったクラスメイトと急に意気投合したときや、帰りに食べたラーメンがなぜかいつもよりおいしかった時や、文化祭のあと突然風が冷たく感じた瞬間やら、なんでもない具体的なその瞬間が、かけがえのないものに思えた時はないだろうか。
 ちなみに「かけがえのない」は「掛け替えのない」と書く。そこに掛けてあるものを失ったなら、他に掛けるものが見つからない、つまりかわりになるものが存在しないほど大切だという意味だ。
 別に高校時代だけが大事ってわけじゃないでしょ、とみなさんは思うかもしれない。
 しかし、何十年も生きたわれわれから見ると、わずか十数年しか生きていない今のみんなにとっての一年、一ヶ月、一週間、一日は、やはりまぶしいほど大切に見える。
 そのかけがえなさは、当事者には自覚しにくいのも事実だ。
 しかし、何かやりたいことを見つけたとき、やるべきことをやろうとしたとき、仮にそんなにやりたくないことであっても、それにのめり込み、打ち込んだ時には、費やした時間への愛おしさを感じることができるのだ。みなさんにもそんな時を過ごしてほしいと思う。


 ~ 私は、何ものにもなれない自分に苛立っていた。
 本当は何かを表現したいのに、その表現の方法が見つからない自分を持て余していた。
 もう少し勉強すれば、地域で一番の進学校にも行けたのに、通学の長さを理由に、行きやすいいまの学校を選んだ自分が嫌いだった。
 演劇は、そんな私が、やっと見つけた宝物だった。 (平田オリザ『幕が上がる』講談社) ~


 なんとか地区大会を勝ち抜き、県大会に臨むにあたり、さおりは、台本を書き換えた。
 映画やドラマで描かれる「高校生らしい高校生」なんて、現実にはいないと思ってた。
 いっしょに芝居に取り組んできた目の前の仲間達こそが現実の姿だとの思いをこめた。


 ~ 私たちは、舞台の上でなら、どこまでも行ける。どこまででも行ける切符をもっている。私たちの頭の中は、銀河と同じ大きさだ。 … どこまでも行けるから、だから私たちは不安なんだ。その不安だけが現実だ。誰か、他人が作ったちっぽけな「現実」なんて、私たちの現実じゃない。 ~


 書き換えた台詞、そこに込めた思いは客席に十分伝わっている思えた。
 県大会の舞台が終わる。幕が降りた瞬間、今まで聞いたことのないような拍手が聞こえてくる。
 反対側の袖でガッツポーズをする役者が見える。ユッコと中西さんが抱き合うのが見える。
 後輩の男子部員が、自分のとなりで泣いている。かけがえのない時間だった。

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ニューイヤーコンサート

2013年01月13日 | 日々のあれこれ

 東邦音大さんを会場に、南古谷地区の小・中学校、高校、一般の音楽愛好者が一堂に会するこのイベントも、すっかり定着している。
 今年は、「マードックへの最後の手紙」「サザンオールスターズメドレー」を演奏させていただいた。
 単独の団体としては毎年トリをとらせていただいているが、その役目を果たすことができたのではないかと思う。
 コンクールとかより、こっちの方が上手な気がする。

 ご声援いただいたみなさま、ありがとうございました!

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物語

2013年01月12日 | 日々のあれこれ

 急にお休みになった先生の代打ちで、あるクラスで一コマ授業をする。
 一つ読み進めた問題演習は本田和子先生の文章で、こんな一節になるほどと思った。


 ~ 私どもは、事象を「物語」として、つまり因果関係的に一貫性を持った意味のまとまりにおいて把握することに、あまりに慣れすぎている。というより、それ以外には事象を受け止めるすべを知らないのだ。(本田和子『異文化としての子ども』)


 大人と子どもの違いは何か。
 何らかの事象を理屈で説明しきれないと、なんか気持ちわる~い感じになるのが大人。
 わけわかんなくて平気なのが子ども。
 誰かが何かをしでかしたときに、理由とか動機とかわかった方が気持ちいいでしょ? と問うと、みんなウンウンとするので、みんなそれは大人なんだよと話す。でも小学校の時とかの、わけもなくはしゃいでいた感覚も覚えてる? というとそれもわかるという。
 自然科学の知を信じて疑わない現代人は、ものごとには必ず原因と結果があると考える。
 でも、そうでないときもあるよね、大人=子どもの発展形というわけでは決してないんだよ、それはちょうど近代が前近代の発展形ではないのと同じようにね、とお手本のような現代文の授業をしてみた。

 大阪の体罰事件で、これこれこういうことがあったからこうなった、という物語を、たとえばマスコミはつくっていて、われわれもあらたな情報を得るたびに、物語を書き換えては納得しようとする。 
 体罰を行った先生の科は弁護のしようもないが、わかりやすい物語をつくって、その先生だけを悪者にしてまゆをひそめているだけではいけない。とくにわれわれ同業者は自省的にならねばならないと思う。

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週末

2013年01月11日 | 日々のあれこれ

 あっという間に週末だ。
 新人戦がすでに遠い過去になったように感じる。
 明日の練習で「マードック」をもっとちゃんと思い出してもらい、「サザンメドレー」の突貫工事をして、あさっての本番に臨まねばならぬ。
 なかなか余裕のない日々だが、ありがたいことではないか。

 年末に観た「グッモーエビアン!」の冒頭にでてきたことば。
 なんかいいので、どこかに使おうと思ってたけど、なかなかふくらまないので、とりあえずメモしておきます。

    あなたが生まれた時、あなたは泣いて、
   周りは笑っていたでしょう。
   だからあなたが死ぬ時は周りが泣いて、
   あなたが笑っているような人生を歩みなさい。(ネイティブアメリカンの言葉)

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もうすぐ …

2013年01月10日 | 国語のお勉強

 センター試験まであと一週間ちょっとか。
 去年の今頃は、聖子メドレーとか練習する一方で、センターどうなるかなあとどきどきしながら暮らしていたような記憶がある。とても「なるようにしかならないよ」的に開き直ってはいなかったはずだ。
 ここを読んでる受験生がもしいたら、あとしばらく、最後まで悪あがきと言われるくらいやりきってほしいと思う。
 「もうやること残ってない」なんて言える受験生はほとんどいない。
 ほとんどの子は、まだまだいくらでも詰め込める。
 ただ、本番直前ではあるので、たとえば単語集を最初からやり直そうなんてのはもちろんだめで、センターの過去問なり、実戦問題なりをやりながら、足りないところをみつけて補っていく方法しかない。
 部活でいえばコンクールの直前に、課題曲、自由曲の通しをやって、録音してだめなところをチェックして、そこをなおしていく、みたいな勉強をするしかないだろう。
 先週の週刊朝日に、「これからでも50点あがる勉強法」という記事があって、いくつかの参考書や問題集が紹介されていた。
 現代文で推薦されていたのは、たしか出口先生と船口先生のご本だった。的確な推薦だとは思う。
 ただし、直前のこの時期に、この先生の本を読んだからといって、すぐに効果はないだろう。
 今時点で現代文で思うように点がとれない人は、一週間やそこらで点はあがらない。
 いや、一週間もあれば、上がる方法を教えることは本当はいくらでもできるのだけど、それを受け入れることのできる体質ではなかったのだ。
 だからこの時期は、問題に慣れ、時間の感覚を失わないようにするくらいがいいと思う。
 うかつに解き方をかえると、最悪の事態になることもある。
 もっといえば、現代文はときどき「えっ?」という問題も出る。予備校の模試で毎回満点に近かった人が、本番のセンターだけ大失敗したという例はけっこうある。
 それなんかは本人の責任ではないから、大滝理事長がおっしゃるように「それも人生です」と受け止めればよい。
 現代文については、普段の模試と同じくらいとれれば御の字の感覚で臨むべきだろう。
 本番だけいい点をとる計算は、こと現代文に関してはしない方がいい。
 古文、漢文については、現代文よりは上がる可能性が高い。
 古文は単語。それから文法は出ることは決まってるのだから、取りこぼしがないように。
 和歌もぜったいからんでくるけど、これは勉強しだしたらきりがないので、もうやらない。
 和歌は必ず本文との関係性で解くという一点のみを頭においておこう。
 今年の漢文は、よめないなあ。
 去年と同じくらいのレベルなんじゃないかな。
 ふつうに力をつけて来た子にはちょろいけど、だからこそ、一問ミスったなんてのがけっこうひびく。
 2問のミスで15~18点減になるところが漢文のこわいところだ。
 これも、過去問でまだやってないのがあったら、それを一日一題は解いて感覚を失わないようにしたい。
 漢文については、予備校さんの問題で練習してまったく問題ない。

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1月9日

2013年01月09日 | 学年だよりなど

 学年だより「幕が上がる」

 美術部も任され、初任者研修もある吉岡先生が演劇部に来られるのは、週に一回ぐらいだった。
 それでも、来てくれた時の部員の上達ぶりは目を見張るものがある。身体の動かし方、変な顔のアドバイス、芝居の本筋とは関係なさそうな一言を口にし、しかし言われた子はそのあと上手くなる。「上手くなったって言うか、自由になっ」ていくのだった。
 もちろん、それはさおり、ユッコ、ガルルたち部員に素質があったことも大きい。
 6月の公演を成功させたあと、吉岡先生は部員達を集め、改まった表情で「いまのみんなの実力だったら、県大会どころか、関東大会を狙える」と話しはじめる。

 ~ 「 … 私は、みんなもちょっとは知ってると思うけど、大学でずっと芝居やってて、けっこうのめり込んで、いま思うと、よく単位も教職も取れたと思うけど、五年かかって卒業して、 … 後悔はしてないけど、でも怖い世界だっていうのは、よく知ってるつもりです。
 楽しいうちはいいけど、やっぱり大変だし、いややっぱり楽しいんだけど、楽しすぎて人生変えちゃうかもしれないし、そんなの責任持てないしね。
 だからブロック大会まで行くっていうのは、私のエゴみたいなもんで、でも、こんな素材を前にして、私が少しだけ手伝わせてもらったら、って言うか、これからは少しだけじゃなくて、手伝いでもなくて、本気で指導させてほしいんだけど。いままでは、片手間でやっていてごめんなさい。本気でやらせてください、演劇部。本気でやって、ブロック大会まで行こう」 ~


 夏休み。初めての校外合宿は、東京に出て代々木の青少年センターに行くことになった。昼間はその施設のスタジオで練習し、夜は下北沢や池袋へ芝居を見にでかける。
 ぎゅうぎゅう詰めの小屋で汗をかきながら芝居を観た帰り路、参宮橋の駅を降りて、吉岡先生はちょっとだけ回り道をするね、ほらと言われて歩道橋から見上げた部員たちの目に飛び込んできたのは、せまるようにそびえ立つ新宿副都心の高層ビル群だった。都会だ。
 「きれいですね … 」と涙ぐむ一年生を、さおりは笑いながらも、気持ちはわかる気がした。
 部員たちが一瞬暑さを忘れ、肩を寄せ合ってビルを見上げる。
「東京で銀河は見えないから、そのかわりだよ」と空に手をひろげた吉岡先生は美しかった。
 役者ではなく作・演出を担当することになったさおりは、合宿までに台本を完成させていた。
 自分の書いたセリフが声になっていくのを聞きながら、ああずっと演劇をやっていたいなと思う。
 夜なかなか寝付かれず、夜も小さな灯りのついている談話コーナーにふらっと行ってみると、ユッコがソファに寝転んで台本を読んでいるのに気づき、驚いた。ユッコもさおりに気づく。


 ~ 私はユッコの横に座った。ユッコはそのままの変な姿勢で、
「ありがとう」
 と言った。
「え、なにが?」
「言いたい台詞ばっかりだよ」(平田オリザ『幕が上がる』講談社)

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