玄冬時代

日常の中で思いつくことを気の向くままに書いてみました。

人材の枯渇か

2021-05-10 11:19:17 | 憲法

この国の憲法は硬性憲法と云うそうだ。つまり、国会で2/3以上、国民の過半数というレベルの高さによる改正の難しさのことであろう。

しかし近頃はファションのように改憲を口にする人が多い。

いつからこうなったのか。これこそアベのレガシーであろう。

一国の首相が平気で、しかも日常的に「改憲」を口にする。それは世界標準でかなりの異様な光景な筈だ。

人々が慣らされたのか、その以前にマスコミが口を封じられたのか、全く不思議なことである。

2005年版の自民党憲法草案はざっと読むと全く喰えない内容ではないと思う。

ところが2013年版となると、反吐が出るような時代錯誤感、まるで戦前に逆戻りである。

これに諾々と了承した石破も信用ができなくなる。ワクチンの数すら攫めない河野も如何なものか。

自民党の中にはもう少しまともな人がいると思うが、内部で潰されているのか、未だに八紘一宇という人もいるようだから、人材が底をついたのかもしれない。

 

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世界は一つにならない

2021-05-07 11:26:45 | あれこれ

今では廃れてしまったようだが、わたしたちの若い頃は「エスペラント語」とかいって、世界が一つになると期待していた。

あれから半世紀、実際は全く変わらずだ。二〇〇〇年からこの国の若い人の中には『戦後』は消滅したのかもしれない。

数年前、或る教育者がこう言った。「驚いたよ、最近の若い学生と言ったら、戦後とは、湾岸戦争の戦後だと云うんだよ!」「まさか・・・」と思ったが、どうも越えられない大きな世代差があるのではないか。

若い世代はコロナ禍で何一つ有効な施策を打てない自民党を許しているのだろうか。

自民党は世襲の旧支配層出身者の子孫ばかりだ。誰もこれといって強く望んでいない憲法改正をしたがる。

それよりも、まず雇用の回復や福祉の拡充だよ。今や小さな政府は行き詰まっている。

特に今回のコロナ禍で如何に公的な分野での民間化や合理化が恐ろしい結果を招くか分かった筈だ。

それに、今の大学の学費は高すぎる。これでは貧乏な家庭の子弟の将来性は真っ暗だ。

そう言う問題に対処するのは、庶民の幸せをまず第一に考える政治が必要だ。

その為には、旧来型の利権本位の政治家を排除し、幸福な市民生活を造るための政治家が求められている。

是非、若い人には自ら政治への道を選んで欲しい。

 

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第二の堤防の決壊か

2021-05-06 11:10:11 | ブツブツ

辺見庸の言った「1999年の堤防の決壊」のように、近ごろ、右傾国家法案の何かを企んでいるのか。

1999年には一連の右傾化法案が多数決の採決で生まれた。

周辺事態法・盗聴法(通信傍受法)・国民総背番号法(改正住民基本台帳法)・国旗国歌法である。

この時テレビで騒いでいたのはミッチーとサッチーの喧嘩だった。

また、マスコミを使って国民の目を眩ますのか、3年振りに和歌山の富豪の事件を急に立件し始めた。

たぶん「国民投票法」の多数決採決の成立を目論んでいるのだろう。このコロナ騒ぎに懲りない人達だこと。

こういうタイムリーな動きは「公安」という官庁部門なのかもしれない。今の政権は、公安政権もしくは警察政権とも言えるのではないか。

そう言えば、内閣官房のS副長官、国家安全保障局のK局長。ちょうど助さん格さんだね。

とすると、真ん中は令和の水戸黄門、いや、どうも就任後の実像はとても黄門様に及ばない。神奈川の越後屋さん程度のようだ。

このままコロナのオリンピックで医療崩壊を起こしたら、越後屋さんを降ろすどころか、その選挙すらできなくなれば、これが事実上の緊急事態条項になってしまう。まさかそれを狙っているのかな、…。

「赤木ファイル」が残っていたとか、既に隠滅されていたと思っていたが、検察に押収された証拠資料に残っていたので財務省も残した訳だ。近頃アベさんの復活行動が鼻に付くので警告の意味でスガ官邸がチョロったのではないかと思っている。検察というのは、所詮権力機構の一つだというのを8年間のアベ・スガ自民党政治は教えてくれた。此の不信感は消えない、…。

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晩年のバック・ミュージック

2021-05-05 11:21:38 | 音楽

いつも周りには音楽が流れている。それぞれ気分や生活の行動で変える。

40歳ぐらいの時に、このままいくと死ぬ間際にビートルズを聴くのか?ちょっとうるさいかな、…

フォークか?それともPOPSか?歌謡曲か?ふとそんなことに少しだけ悩んだ。

そのうちに仕事の関係でクラシックに触れる機会ができた。初めは嫌だったけど、これが知り始めると奥が深くて、いまだに深い深い。

これで今わの際の音楽はクラシックで決まりと思っていたが、最近そうでもなくなった。

どうでも良くなった。今わの曲はその時の気分で何でも良いんだ。少なくともお経よりは良い。

最近は、大瀧詠一と伊東ゆかりを聞いている。いつコロナ変異種が襲ってくるかわからない、湘南の片隅で、ドキドキしながら、…。

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みっともない、…

2021-05-04 10:45:16 | 憲法

前の安倍首相はよく「みっともない憲法」又は「みっともない前文」と言っていた。

2006年1月、斎藤貴男のインタビューで、読売新聞の朝倉敏夫論説委員長が「現憲法の前文は米国の政治文書を貼り合わせた代物で、あんなみっともないもの、そのままでいい筈がない…」と答えている。

「みっともない」とは、どちらが先に言い出したのかな?それとも改憲論者の常套文句なのか?

1946年2月13日、GHQから吉田外務大臣、白洲次郎らに憲法草案が交付された。それは英文だった。

2月23日に幣原首相は天皇に拝謁し、その憲法草案の説明をした。それは日本語訳されていた。

第1条「皇帝は象徴にしてまた人民の統一の象徴たるべし、彼はその地位を人民の主権意思より受け、これを他の如何なる源泉よりも承けず」となっていた。

偶々、天皇は、2月12日に、松本烝治の憲法案の説明を受けていた。それを聞いて、第1条「大日本帝国は万世一系の天皇 此の憲法の条章により統治す」を提案された。

昭和天皇はGHQの憲法草案をどういう思いで聞いたのであろうか。

その後、6・8枢密院で審議された時には天皇も臨席した。8・24衆議院(賛成421・反対8)、10・6貴族院可決、 10・7成立。11月3日に現在の憲法が制定、公布された。

戦後の支配層はGHQの監視の目を逃れ乍ら、やっと現在の憲法を作成していった。その努力を汲んであげたい。

憲法を「不磨の大典」とするのは過去の失敗からも良くない。しかし、現在の自民党草案では現憲法の文章表現レベルに達していない。たぶん知識人や支配層の方々は納得しないだろう。

【参照文献:斎藤貴男『ルポ改憲潮流』岩波新書、木下道雄『側近日誌』文芸春秋、田中浩『戦後日本政治史』講談社学術文庫、ほか】 

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