4月9日 エリザベス女王の夫であるエジンバラ公フィリップ殿下死去
享年99歳
国葬にはせず、遺体の公開もしない。バッキンガム宮殿の前への献花は避け、慈善団体に寄付をするように呼び掛ける
99歳で大往生だけど、やっぱり女王陛下は寂しくて悲しくて・・・お気持ちをお察しいたします。人生の大半をエジンバラ公と一緒に過ごされて来たのですからね。
今、マスコミでは「エジンバラ公」という称号を使わないのでしょうか?
「女王の夫フィリップ殿下」という言い方になってますよね。
確かにそれは正しいのですが・・・・「王配殿下」ではありますけど。
ただ、彼が生まれた背景や育った環境を見るとそれこそすさまじいものがあります。
ギリシャ王室に生まれながら、革命で亡命を余儀なくされました。
ドイツ系の血を引いていた為、戦後のイギリスから嫌われてしまったのです。
亡命生活を支えてくれたのは、叔父さんの「マウントバッテン公爵」で、彼のおかげでエリザベス王女と知りあい、見事に彼女のハートをとらえて結婚に至ったわけです。
血筋的にはヴィクトリア女王の玄孫になり、ヴィクトリア女王の夫であるアルバート公の子孫でもあるのに、エリザベス王女と結婚した時、アルバート公と同じように「ロイヤルコンソート」の称号を得ることが出来ませんでした。
「ロイヤルコンソート」というのは「共同統治者」という意味らしいのです。
ゆえにただの「王配エジンバラ公爵」になり、常に女王の一歩後ろを歩かなくてはならなくなってしまい、それで随分傷ついたらしいです。
要するにドイツ系の血を引いていることが理由だったのですね。
さらに、本来は女王の姓は「ウインザー・マウントバッテン」になる筈ですが、それも許可されず、ずっとウインザーのまま。
怒ったエジンバラ公が交渉の末、やっとチャールズ皇太子から「マウントバッテン・ウインザー」を名乗ることが出来るようになりました。
軍隊出身で、子供達には厳しいお父さんというイメージがあります。
チャールズ皇太子が結婚する頃、末っ子のエドワード王子などは運動系が苦手でエジンバラ公とあまりうまくいってなかったようなエピを聞いたことがあります。
というか、チャールズ皇太子は忙しい母と厳しすぎる父のせいで偏屈になり、その傷を癒してくれたのがマウントバッテン公爵だったんですよね。
アンドリュー王子もまた厳しい父に反発していたようですし。
女王陛下としては随分気をもむ時期もあったでしょう。
それにエジンバラ公はかなりの失言家でしたし。
日本には昭和天皇が亡くなった時に、本来は女王が来るべきところエジンバラ公が一人でいらしたところに、微妙な日英関係を感じたものです。
それでも血筋も王族、顔つきも振舞も全てが立派な王族。
そんな彼が晩年に見たのがハリーとメーガンだなんて・・・悲しすぎますよね。
心からご冥福をお祈りします。