ご日程
両陛下
1月7日・・・天皇陛下・愛子内親王 → 昭和天皇例祭
皇嗣家
1月7日・・・両殿下 → 昭和天皇例祭
佳子内親王 → 昭和天皇例祭山陵の儀
1月10日・・・殿下 → 日本動物園水族館協会会長、同専務理事、同事務局長ご報告・懇談
両殿下・悠仁親王 → JICA横浜 海外移住資料館 開館20周年「常設展」および「企画展(雄飛ふたたび-沖縄移民の歴史とウチナーンチュの絆)」視察並びに日系人との懇談
1月11日・・・佳子内親王 → 「第40回日本伝統漆芸展」を見る
JICAの資料館で館長が「お手柔らかにお願いします」と悠仁殿下にいい、殿下はにっこり笑って「よろしくお願いします」と答えていらっしゃいました。
するどい質問が多々くるようで、悠仁殿下のブラジル移民への関心はとても強いなと思いました。
英王室は今、ヘンリー王子の「スペア」という暴露本によって、動揺していると思われます。しかし、今のところ、王室の広報は何のコメントも出さず静観のみ。それが面白くないのか、さらにインタビューを受けるという負の連鎖が。
本を読んではいませんけど、大体の内容として
自分が生まれた時、チャールズ皇太子が「後継ぎとスペアが出来てこれで自分の仕事は終わった」と言った
チャールズ皇太子が「お前は私の子じゃないかもしれない」と言った。
メーガンと結婚する時、兄のウイリアム王子が反対して、暴力を振るった
2003年まで母は生きていると思っていた
アフガニスタンでは25人を射殺。チェスの駒のように思った
麻薬を使い、ナチスの制服を着た。ナチスの制服に関してはそれを着たらと提案したのはウイリアム王子だった。
王室への恨みつらみが書かれているのですが。どう考えても洗脳されているような?
「お前はカウンセラーからカウンセリングを受けすぎて変になっている」とウイリアム王子が言ったそうですが、私もそう思います。
ヘンリー王子が生まれた時、皇太子夫妻の不仲説はまだ出ていたなかったと思います。
ただウイリアム王子があまりにダイアナとそっくりな金髪だったのに対して、ヘンリーは赤毛でした。
一体誰に似て赤毛なんだろうと思ったのは確かです。
不仲説が出てきた頃、チャールズが生まれたばかりのヘンリー王子を見て「なんだ、まだ男か」「赤毛じゃないか」と言ったとされるのは覚えています。
でも「後継ぎとスペア」なんて本当に言ったのかな。
ダイアナ妃は、長幼の序を重んじて教育をしていたらしいです。
自由にやってるようで、本当は躾がとても厳しかったと言われています。
ウイリアムは将来、国王になる子、ヘンリー王子は公爵として兄の補佐に回る子としてきちんと区別していたと言われています。
偶然なのかわかりませんが、アンドリュー王子が奔放な生活をしてスキャンダルまみれになっており、またヘンリーがこういう状態というのは、「第二皇子」という立場はそんなに卑屈なものなのだろうかと思わざるを得ません。
日本では維新前まで、天皇の嫡子以外は全てお寺に入れられ「法親王」と呼ばれていました。還俗は許されず、五摂家より格下の扱いを受けていました。
幕末から明治にかけて皇族復帰したのはそういう法親王達なのです。
そして戦前まで、宮家の嫡男は後を継ぎ、次男は華族になります。
華族の嫡男は後継ぎ、次男以下は平民です。
これまたたまたまなんでしょうけど、近世において「兄弟」を持ったのは昭和天皇と、平成の天皇、そして今上です。
昭和天皇の1歳違いの秩父宮はそれこそ「スペア」として存在はしたけど、昭和天皇に男子が生まれるとその役割も変わり、また兄より早死にしてしまいます。高松、三笠は年齢のせいかのか「兄弟」の絆が強かったとはあまり思えませんでしたが。
明仁天皇の場合、常陸宮は弟でしたが体が弱く、子にも恵まれず・・ヘンリー王子のような感情は持ちようがなかったと思います。
そして今上と秋篠宮の場合ですが、幼い頃は仲のいい兄弟でした。
しかし、子育ての仕方が常識とは違っていました。
長男は将来天皇になるので甘く育て、次男は将来気楽な立場になるので厳しく育てる
というもの。普通は逆じゃないの?と私は小さい頃から思っておりました。
おかげで常に「浩宮様は慎重で優秀」「礼宮様はやんちゃ」というイメージが出来上がり、
礼宮はどんなに鬱屈したかなと感じます。
ひげを蓄えてみたり、金のブレスレットをしてみたり、自分なりに自己アピールというか、いわゆる「やんちゃぶり」を発揮していたわけです。
しかし、礼宮には「学問」がありました。
学習院で好きな勉強が出来なかった時は自分で同好会を作って、将来妻になる人を選び、大学院に進学してからは大好きな生物学に傾倒。
早めの結婚と学問への傾倒が秋篠宮を卑屈にさせなかったと見えます。
一方の浩宮ですが、週刊誌が色々持ち上げても実際は留学もお飾りだし、友達もそんなにいなかったと思われますが、それは皇后が全部フォローしていたんですね。
でも結婚してからは、優越感は一時の事で半分の年月をコンプレックスと共に生きて来たと感じています。
ヘンリー王子は軍隊にいた事がアイデンティティを支えていたのですが、それを取り上げられ、今は単なる「メーガンの夫」です。
そして今上は、最初こそ「ハーバード大出の妻」を得たと喜んでいたものの、今では内心、それらのプライドは砕け散っているでしょう。
彼は妻と一緒になって秋篠宮家に嫌がらせする事でしか、快感を得る事の出来ない可哀想な人間になり果てました。
限りなく王室を攻撃するヘンリー王子は、兄が結婚、そして後継ぎに恵まれ今のスペアがシャーロット王女でその次も控えているという事で、ますます自分の存在価値がないような気になっているのでは。
だったら静かにフロッグモアコテージで「ロイヤルデューク」として暮らせばよいものを、メーガンにたきつけられて仕返しに走っているんです。
今上もまた、自分に男子がいない事を早々に認め、弟と甥を大事にすればよいものを、一人では生きていけない娘を案じるあまり、「天皇にすれば全て解決するかも」なんて思っているのかもしれません。
どちらにせよ、王室、皇室を公のものと思わず、自分の「家」と小さく考えた末の結果なのです。
ヘンリーはメーガンと別れ、子供達とも別れなければ一生イギリスに帰る事は出来ないし、このままでは家族を失い、嫌われて一生を送ります。
今上も皇后を「廃」しない限り、心の平安を取り戻す事は出来ず常に心に後ろめたいものを抱えながら死ぬまで過ごす事になるでしょう。
どちらも不幸です。
ウイリアム皇太子夫妻も秋篠宮夫妻も、「兄弟」を切り捨てることで生きていかなくてはいけません。
秋篠宮はさらに誹謗中傷にも耐えなくてはならない。
その辛さはいばらの道ですね。