マックスの寝たきりの暮らしが続いています。
昨年の春、15歳を越えた頃から顕著な老化現象が見られ、何回も危篤状態に陥った。
昨年は、何回か娘達を呼び寄せたりもしたが、その都度奇跡的な生命力で復活した。
その時は、それから一年以上も生き延びるとは思えなかったのです。
しかし、寒い冬さえ無事に乗り越え16歳の誕生日を迎え生き続けています。
この冬は認知症気味で、雪の降る夜中にさえ何回も吠えて起こされ、散歩をしていた。
散歩の距離も徐々に短くなり、そして転びやすくなってハーネスを付け上から引いて身体を支えて歩いた。
なんとか、家から100メートルほどの駅まで歩いていたのがそれもできなくなり寝たきりの生活に。
今はハーネスも、リードも、首輪さえも必要無くなり生まれた時の姿のまま。
表のシャッターの前に毛布を敷いての暮らしが続いています。
虫よけに家具屋さんから、赤ちゃん用の「蚊帳」を買い求めて被せています。
昨夜は2時頃に鳴く声で目覚め、マックスのところに行き、おしめとペット用シーツを交換。
そして、水を口元に持っていくと、しばらくその水を飲み再び寝る体制に。
蚊帳をそっと掛けて、枕に頭を載せて上げて、疲れた身体で再び眠りに落ちた。
マックスの介護用品です。
ペット用のシャンプーと、除菌ウエットティッシュは娘が買ってきてくれました。
下の用も自分では、ままならなくなり「おむつ」の暮らしになってからしばらくになります。
それでも、排尿、排便はその都度鳴いて知らせる。ええ、夜中でもです。
波は多少あるものの、朝晩の食事もしっかりと摂り続けている。
枕に、頭を乗せた状態で寝たきりなので、食事の際は枕をはずし、左手で首を支える。
そして、右手でプラスチックのスプーンに載せた食べ物を口に運ぶ。
赤ちゃんに食べさせるように「はい、アップーン」なん言いながら食べさせるのです。
マックスは3歳の時に致死率の高い法定伝染病の「レプトスビラ」に感染。
獣医さえ、諦めて死亡後の解剖の話しさえ口にしていたのが奇跡の復活。
奇跡の復活の陰には、半ば諦めて泣いているスベルべを横目に献身的に看病した妻と娘の力が有った。
16キロから12キロにまで体重が減少し、一口も食べ物を口にしなかったのに、一カ月以上も経ち、
大好物の鶏肉の一片を口にしてから、奇跡の復活劇を見せてくれたのでした。
そして、今も奇跡的な生命力で生き続け、命の大切さ、尊さを教えてくれる毎日です。
生き物は、命ある限り頑張って生き抜く。生きなければならないのだと教えられる思いの日々。
正直なところ、超多忙な農作業の合間の看病は大変です。
そして、日々衰えが激しくなる中で、安楽死の考えも二回ほど本気で考えました。
でも、今はこうして必死に生きる姿を見て、最後まで見取ろうと覚悟を決めています。
やがて、そう遠くは無い我が身にも来るであろう、老いゆく姿です。
黙って、嘆かずに淡々と老いていく。生老病死は世のならい、そんなものだと教えられるような日々。
年を取る、老いていくってそんなものだよと、マックスに教えられるような日々が続きます。
がんばって介護してくださいね。
マックス君~~♪
御家族の沢山の愛情の中で幸せですね
三年前 15才で逝った 愛犬がいました
夏の盛りでしたので とにかくハエが来ない様にと犬にとって迷惑だったかな、 ハーブの防虫効果のある物を撒いたりその時は必死でした。
まだまだ良い時間を共有できますように
静かに遠くから、見守っています。
励まして頂けるだけで有難く、また頑張れる気がします。
介護が辛いとは言っても、それまでの濃密なマックスとの時間を思ったら何でも無いです。
ある意味、トーちゃんとマックスは、トーちゃんとカーちゃんよりも寄り添っていましたもの(笑)。
今朝も三時頃に起こされ、それから目が冴えて眠れませんでした。
マックスはおしめを取り替え、水を飲ませたら静かに眠りに入っています。
昔は犬なんて放し飼いが当然で、それでも事故なんて有りませんでしたね。
きっと、犬も人間も今の社会の様なストレスの無い暮らしをしていたのでしょう。
それと、飼う人間の幼稚化でしょうか、ペットに対して無責任な人も多くみられます。
犬でも猫でも飼うのであれば、それなりの覚悟が無いと出来ないと言うのが持論です。
33回忌を終えた亡母はほとんど亡父が一人で介護をしていました。
13回忌を終えた亡父は妻が主体で介護をしてくれました。
今はスベルべが主体でマックスの介護ですが、親に出来なかった事をしているような気持ち。
今までの罪滅ぼしの様な気持にさえなります。
あ、またマックスが鳴き出しました、行ってみて上げます。
近付いて匂いを嗅いだマックスはミミ母上に「ウー」なんて叱られていました。
あれが、今生の別れってやつだったのでしょうか。
さっきも「ほら、アップーン」なんて夕食でした。
なんだかスプーンになれて、上手に食べるようになったみたい。
本当に命の大切さ、神秘さを噛み締めさせてもらうような日々が続きます。