夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「緑の国に住む人は・9」

2007-07-14 16:14:49 | 自作の小説

形勢逆転を狙い 男をたらしこめ と言われてたバージンがいる
恋の経験すらない女は悩んだ
彼女がとった行動は随分突飛なものだった
シャワーを浴びている男に背後から裸で抱き付く

大抵の男なら落とせたに違いない
が!幸か不幸か 彼女が練習に選んだ相手は変わり者だった

「非常に有難いが このまま目を閉じていよう 君の姿を見なければ 後で互いに 妙な思いをしないですむ
振り向いて見たり触ったりしては
自制に自信がないのでね

僣越だが こんな行為を強制する人間を信じてはいけない」

日頃軽薄な男
と思っていた相手の言葉に 孤独だった娘の心は崩れた

柄にもない行動への緊張と
そのしなやかな体はバス・ルームに崩れ落ちる

男は太い息をもらした
相手が誰かは壁の鏡でおよそ判っていた
緊張して近付く表情も

政争などとは無縁な若い男は フェミニストであり 女性にこんな行為すらとらせる人間に怒りを感じていた
ダーラ・ファティマ その肢体をバスタオルで包んでやり寝台に横たえて照明を落とす
事が事だけに人は呼べなかった

ダーラのおよその生い立ちは というよりこの国の重要人物に近い人間のことも 入国する前に情報を得ていた一郎だが

その用意周到さは物書きとしての資料集めの一端なのかもしれないが
幼馴染みと妹を政情不安な国へ連れていく上での用心でもあった
一郎は将来の人の心の動き その萌芽を見ている

案じてもなるようにしかならない部分もあるが
どうにかできることがあるのであれば!

彼はまだ若く内側の心は熱い男でもあるのだ
数時間してダーラが薄暗い部屋で目を覚ました時 窓際の椅子に腰掛け 外を眺めている一郎は言った

「もしも自由の身になれるなら 自分がどうしたいのか考えてみるといい
人生は一度きりしかないんだ
あなたのご両親は縛られた不幸な生き方を願うだろうか」

静かだが響く豊かな声で語りかける
声も言葉もダーラの心に沁みた

「朝まで安心して眠るといい その方が君を仕掛けた人物も企みは成功したと安心しよう」

「あなたは何故 そんなに優しくいられるのです」

「僕には妹がいる 敬愛する母がいる 彼女達に理不尽な強制 威嚇などあれば我慢できない
それを黙認した相手すら 殴り倒してやる」

こういう一郎の言動・・・

ダーラは ただ自分を恥じた
相手は自分がはかったよりも幾重にも深く広い人間であったのだ

数日後 出会頭に一郎が サラディンを文字通り 一撃で沈め「逆らえぬ立場の人間を利用し辱めるのが 理想の国を造ろうという人間のすることなのか? 黙認した時点で貴方も同罪だ
卑怯者の仲間だ
恥を知れ」

それはこの国の言葉で言われた
驚く周囲を尻目に 「内務大臣に暴行したんだ 逮捕でも銃殺でも好きにすればいい これこそ あんた達の待ってたチャンスだろう?部屋で待っている」

立ち去ろうとする一郎に サラディンは尋ねた「何故 罠に嵌まろうとする」

「そりゃ僕が馬鹿な日本人だからさ」

一郎は明るく笑った

事件は宮殿から国中を駆け抜けたが
サラディンは何も言わなかった
言えなかったのだ

密かにダーラの母ジョイスを愛しており そのジョイスが 学者であるダルファン・リューを愛してダーラという娘を得た後 ダルファンが オルクの母についた一派に謀殺され 体が弱かったジョイスが病死してからは ダーラの成長を見守ってきたカリク・シャラディクは ダーラとじっくり話し合い その思い込みの誤解をといてやった

「だから敢えて敵が存在するというなら それはオルク側になる
どうやってか一郎はそれを知っていてオルク派についているサラディンに怒ったのだろう オルクがろくな王にならないことは 目に見えているのに
サラディンは大事なモノが見えてない 」

「では私は敵に利用されて」
あんな恥ずかしい真似をしたのに
一郎は何も それには触れなかった
そして本当に「殴り倒して」くれたのだ

ダーラは胸が熱くなった

「いい人間かどうかが大事だ」
王弟でもあるカリクは そう繰り返した