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黄 聖一 ・和佐田道子 共著
出演俳優紹介 ドラマの成立ち
実際の歴史との関係
興味深い内容がいっぱい詰まった一冊です
それは厳しい きついお姑さんだったそうでございます
在きってのしっかり者
一段高い畳の上から台所へ続く土間を見下ろし 火鉢の前に座って あたりを睥睨しているような
嫁からすれば 恐ろしくてたまらない存在だったと
けれどいかなしっかり者でも年齢と病気には勝てず
遂に寝付くようになったのでございます
お嫁さんは―と言いましても もう五十
男手の無い戦争中の事でございます
そんな中 離れを寝たきりになった姑の座敷として お嫁さんは自分だけで世話をしていたのでございます
そうして お姑さんは亡くなりました
あれだけのお屋敷 家柄であるのに 葬儀はひっそり行われ・・・
それでも 姑の死体を見た者から 妙な噂が流れました
肌の色もまっとうでなく あれは餓死した人間だ 見る影もなくやつれていたと
後を継ぐ子のいなかった事が 辛抱し続けてきた お嫁さんのタガを外してしまったのでしょうか
亭主は戦争に行ったきり
もう うるさく言う人間のいなくなったお嫁さんは いつしか悪い男を引き入れて
昼間から酒を飲み 騒ぎ
雨戸も昼を過ぎなくては 開けない
何とも妙な人間 輩が出入りするようになり
お姑様が元気な頃は あれだけご立派だったお屋敷も荒れて行きました
それから それから 昼になく 夜になく 悲鳴が上がり
お嫁さんの姿は見えなくなり 金目の物を持ち 悪い男もいなくなりました
男は駅で声をかけてきた相手に こう言ったそうです
「あ・あんな化けもんの出る気味悪い家いられるけぇ」
お役所が連絡したのか 縁続きの者が屋敷を見にやってきました
入り口の重い引き戸を開けると そこに逃げ遅れたようなミイラ化した鼠の死体がありました
恐い物見たさでついてきた近所の者達が雨戸を外して行きます
畳にはじっとり黒い黴が生え
立派だった庭も雑草ばかりがほこり
黒い蛇がかたまってうねりながら動いている
鎌首を持ち上げた様子は侵入者である人間を見張っているようです
なんとも言えぬ嫌な匂いがしたそうです
人々が座敷を開け放しながら 廊下を進んで行くと
離れに 行方不明だったお嫁さんが お嫁さんだったものの死体がありました
ほぼミイラ化しており 目を見開いた形相は{恐怖}の表情を浮かべておりました
そう お姑様の死んだ座敷です
屋敷を相続した人は ここには住めぬ
このままにもしておけぬ―と 屋敷を手放そうと考えたのも 無理ない事であったのです
ところで その不気味な屋敷の噂を聞き 村の若い者達が肝試しにひと晩泊まり込んだのだとか
日が暮れて間も無く 「ひぃぃぃぃ~~~っ」悲鳴が響きました
「出してくれ 出せ 出せ~~~っ」
誰も外から錠など下ろしておりません
村の者がおっかなびっくり助けに押しかけると
髪が真っ白になり人相変わった三人が 涎を垂らして すっかり気が変になっておりました
天井に婆ァがいる
婆ァが追いかけてくる
婆ァが蛇になった
許してくれ
悪い事しねぇ
来る 喰われる
彼らは そんな言葉を繰り返しておりました
屋敷を取り壊しに入った大工 職人達も事故続き
そんな噂を耳にして 映画を撮りに 撮影隊が下見に来られました
撮影隊を出迎えたのは 天井からぶら下がった人の胴ほどもある黒い蛇
それは恐ろしいまでに大きな口でありましたそうな
それだけで一同は目を回して倒れ
次に目を開けると 天井から白髪乱した老女が 覆い被さるように迫って来るそうな
彼らは撮影機材もそのままに這這( ほうほう)の態(てい)で帰っていったそうにございます
やがて恐れて屋敷に近付く人間はいなくなり
相続した人も 屋敷をどうこうする事は諦めたようにございます
そこで仕事をしようという人間がいないのですから どうしようもありません
一度だけ 戦争が終わり復員兵の若者が そこへ昼寝に行きました
相当に肝の太い男だったと見え 彼はそこで眠り込み 夢を見たそうです
「ほらほら おかあさん お粥ですよ 食べて下さいな 出来たてですよ 火加減も気をつけて 教えられた通りに作りましたよ」
湯気立つ熱いお粥をさましもせず 木匙で そのまま床にある老女の口に無理矢理入れます
ある時は得体の知れぬ黒いどろどろした液体を無理矢理飲ませます
「お元気になっていただきたくて 蛇の生き血を絞りましたの 」
そんな仕打ちが繰り返され弱りに弱って老女は死んだ
その枕元で「やれやれ やっとくたばったかい
しぶとい婆さんだったよ」ぽんと死体を蹴飛ばして行く
それから自堕落な嫁は性質(たち)の良くない男を引き入れ 爛れた生活を送る
死んだ老女は動けぬ体に恨みと呪いを蓄えていた
体は死んで消え 自由になった恨みと呪いが 嫁に襲いかかる
恐怖・・・・
しかし嫁は屋敷を出られなかった 悪霊となった姑が出さなかったのだ
死んで鼠となった魂さえ閉じ込められた
昼になく 夜になく 屋敷は恐怖の記憶を再現する
屋敷の中には・・・・おぞましい念がこもっている
やがて過疎化が進んだ山の中腹にある村に住人はいなくなり いなくなり
その呪われた屋敷ばかりが 現在も朽ちず残っているという
そういう話なので ございます
どうぞ この山を登っていかれるなら その屋敷には入られませんように
時々 その道を登って行って 戻らぬ人間が いるのです