瞬間芸であるジャズに作り込みは厳禁! というのがイノセントなジャズ者の本音でしょう。
あくまでも自然発生的なもので勝負して欲しい! つまりアドリブ命を貫いた者こそが、一流のジャズメンである!
これは真実だと思います。
しかしガチガチに作り込まれた中から、どうやって自己をアドリブで表現していくか? これを成し遂げられた者もまた、一流だと私は思います。
平たく言うと、手錠や鎖で拘束されたマジシャンが水中や火中から脱出する、そのスリルを楽しむことに似ています。
本日はそんな1枚を――
■The Mad Hatter / Chick Corea (Polydor)
フュージョンブーム爛熟期に発表された傑作盤です。
リーダーのチック・コリアはもちろん、永遠の名盤「リターン・トゥ・フォーエバー」でフュージョンの可能性を知らしめた張本人ですが、決してその道一筋では無く、正統派モダンジャズから極めてハードロック的な演奏まで完璧にこなす実力者なので、新譜が出る度に、リスナーは次は何をやらかしたのか、ハラハラドキドキさせられるのです。
で、結論から言うと、このアルバムは作り込みの集大成! 録音は1977年11月、メンバーはチック・コリア(key)、ゲイル・モラン(vo)、ジョー・ファレル(ts,fl)、ハービー・ハンコック(key)、エディ・ゴメス(b)、スティーヴ・ガッド(ds) を中心に、ブラス&ストリングが加わっています。そしてタイトルどおり、「不思議の国のアリス」をモチーフにしておりますが――
A-1 The Woods
生ピアノと各種シンセサイザーを操った多重録音曲で、ジャズ者には完全に???でしょうが、プログレとか聴き慣れている、ロックからジャズに入って来た者には、何ほどのことも無いはずです。
むしろ心の準備が出来るというか、ジャズを越えたチック・コリアの生ピアノとストリングスの調べが、妙に心地良いのでした。
A-2 Tweedle Dee
ビアノとストリングスが不協和音の対決の中から、独自の美意識を求めて彷徨う、短い曲ですが、これが後の布石として重要な部分を含んでいます。
A-3 The Trial
これまたジャズとは言えない演奏で、オペラ調のゲイル・モランの歌、変態クラシック調の妙なメロディが???
A-4 Humpty Dumpty
と嘆いていると、お待たせしました! チック・コリア流儀の4ビートジャズが展開されます。もちろんジョー・ファレルのテナーサックスはハードスイングの塊ですし、スティーヴ・ガットは何時ものスイングしないシンバルを最小限に止め、スネアとタム、バスドラのコンビネーションでポリリズムを叩き出しています。
またチック・コリアとエディ・ゴメスにとっては手馴れた展開とあって、余裕が感じれますが、スティーブ・ガッドが張り切るので油断出来ない雰囲気が横溢しています。
ただし新主流派と呼ばれた往年のモード系ジャズとは違い、新感覚の軽さが表出しており、このあたりがガチガチのジャズファンから、やっぱりフュージョン……! と貶されたりもしました。
でも、ズバリ痛快ですよっ♪
A-5 Prelude To Falling Alice
A面最後は、またまたストリングスとゲイル・モランのコーラスがメインで、アドリブの無い短い演奏ですから、モダンジャズを期待するファンには幻滅なんですが、B面に繋がる大切な布石になっています。
B-1 Falling Alice
で、そのB面は厳かなストリングとゲイル・モランの幻想ボーカルからスタートします。もちろん、完全にA面ラストのイメージを引き継いでおり、さあ、それがどう展開されていくのかなぁ? と思っていると、チック・コリアが十八番のラテンリズムでシンセのソロを披露します♪ もちろんバックのスティーブ・ガッドも容赦無く斬り込んできますし、ブラス&ストリングも目一杯入ってきます。
そしてその頂点で登場するのがジョー・ファレルの電撃テナーサックスで、モード全開のハードなソロは完全なるジャズの降臨です。
さらに最後にはゲイル・モランのボーカルがテーマを歌い上げ、このあたりプログレ風の展開でもあり、はたまたAORでもありますが、やはりフュージョンどっぷりのお約束なのでした。
もちろんラストにはチック・コリアが生ピアノで彩りを添えています♪
B-2 Tweedle Dum
そして続くこの曲は、またまたストリングとゲイル・モランの幻想コーラスという短い繋ぎですが、チック・コリアとエディ・ゴメスの素晴らしいデュオから再びストリングが入って……。
B-3 Dear Alice
続くこの曲は、最初からチック・コリアの生ピアノとエディ・ゴメスの鬩ぎ合いにスティーヴ・ガッドが乱入する白熱のトリオ演奏が、最高という名演です。
もちろん基本はラテンビートですから、ブラスやゲイル・モランの歌、さらにジョー・ファレルのフルートまでもが参加しての大盛り上がり大会! スティーヴ・ガッドのドラムスもセカンドラインを強調して、ますます熱を帯び、ビシバシ攻めてきます。実際、リアルタイムでこの演奏を聴いた時のトリハダの感触は、今も忘れていません。スティーヴ・ガッド生涯のベストテンに入る熱演だと思います。
あぁ、チック・コリアのラテンモード全開の生ピアノ! これも当然、最高ですよっ♪
B-4 The Mad Hatter Rhapsody
さらに一転して、これまたラテングルーヴに満ちたクライマックスに突入していきます。
曲はキメだらけの仕掛けが施されていますが、ここではチック・コリアのシンセ対ハービー・ハンコックのエレピという楽しい勝負が満喫出来ます。
まず最初はチック・コリアが各種シンセの特性を存分に活かしたソロを展開すれば、その背後ではハービー・ハンコックがファンキーで躍動的なコードとオカズを入れてくるんですから、たまりません。スティーヴ・ガッドとエディ・ゴメスも控えめながら、厳しいビートを送り出しています。
そしてハービー・ハンコック! 何時までも終り無い山場を求めて、ひたすらに弾きまくるエレピの潔さ! バックで炸裂するラテン系のブラスリフも強烈です。
しかし最後には予定調和の大団円が待っていますから、ここをどうやって収めていくかがチック・コリアの手腕と言うべきか、スティーヴ・ガッドの爆発的なラテンビートを呼び込んでの楽しさの極北から、お約束の結末まで、あまりにも鮮やかな作り込みになっているのでした。
ということで、これは通して聴かなければ、その真髄が楽しめない作りになっています。何故ならば、ジャズ者には無用と烙印を押される短い演奏が、後にキメのリフとなって再登場したり、全体の流れの中こそ唸る仕掛けが随所に隠されているからです。
その意味で、アナログ盤のAB面分断聴きよりも、CDによる一気聴きを方が楽しめると思います。
そしてチック・コリアは、このアルバムを境に作り込みを止め、4ビートも含めたアドリブ主体の演奏に一時回帰していくのですが、個人的にはもう1枚位は、同じ傾向の盤を作って欲しかったような……。