世間は皇室の祝い事に浮かれ気味ですが、私はここ数日、仕事に引張りまわされて身動きが出来ない状況です。
平たく言えば、自分の時間が無いという……。
昨夜は風呂に入ってウトウトし、お湯を飲んで目が覚めたという、擬似溺れまで体験しました。
でもジャズぐらいは聴いていたいということで、本日の1枚は――
■Lee Konetz With Warne Marsh (Atlantic)
モダンジャズ期の白人ジャズと言えば西海岸派と相場は決まっているようで、しかし実はジャズの本場はニューヨークにも、優れた白人ジャズメンがいたのです。
モダンジャズ創成期のビバップからハードバップに進化する過程においては、その筆頭がリー・コニッツであり、盟友のウォーン・マーシュでした。
この2人は、ご存知のとおり、レニー・トリスターノ(p) という頑固おやじの弟子として、ビバップの白人的解釈に取り組んだ挙句、やっぱりジャズは黒人のもの!? という本質に目覚め、極めてユニークなスタイルを完成させた天才です。
このアルバムは、そんな2人を中心に、同じレニー・トリスターノの薫陶を受けた同志を集め、ドラムスとベースには当時バリバリの黒人ミュージシャンを入れた、当に彼等が志向していたであろう演奏を収めています。
録音は1955年6月、メンバーはリー・コニッツ(as)、ウォーン・マーシュ(ts)、ロニー・ボール(p)、サル・モスカ(p)、ビリー・バウアー(g)、オスカー・ペティフォード(b)、ケニー・クラーク(ds) という、最強の布陣です――
A-1 Topsy
カウント・ベイシー楽団のオリジナルヒット曲で、心躍るリズムがキモの楽しいメロディが、多くのカバーバージョンを生んでいます。
ここでは地味なベースのイントロからテーマメロディが2人のサックスで吹奏された瞬間、パッと開放的になるアレンジが素晴らしく、サビでのアルト&テナーサックの絡みもたまりません。
アドリブパートでは、先発のリー・コニッツが内向的にソロを煮詰めていき、ここぞっという瞬間に外へ向かって突っ込むという、得意技の冴えを聴かせます。
次いでオスカー・ペティフォードがモダンジャズの基本に忠実なベースソロで場を繋ぎ、いよいよ登場するウォーン・マーシュが独特の脱力フレーズを連発しながら、それとは逆というテンションの高さを披露するのです。
さらにそこにリー・コニッツが乱入しての絡み合いは、全く意味不明のスリルです!
そして実は、この演奏で聞き逃せないのが、ビリー・バウアーの巧みなコード弾きによる伴奏のギターです。ピアニストが参加していない所為もあって、その合の手の上手さには、ゾクゾクさせられます♪
A-2 There Will Never Be Another You
リー・コニッツがお馴染みのテーマメロディをいきなり吹き始め、リズム隊がハッと気づいて追いかける展開が、まず素敵です。
リー・コニッツはもちろんチャーリー・パーカー(as) を信奉しているのですが、師匠のレニー・トリスターノは、そういうフレーズを吹かないように厳しく戒めていたそうです。
その所為か否か、ここでは問題のパーカー・フレーズを自己のフィルターを通して何とかしようという意図がミエミエですが、チャーリー・パーカーの作り出したものを余人が何とかしようという大それた目論見が上手くいくはずも無く、結果的にビバップ丸出しになっていますが、そこが非常に魅力です。
しかしウォーン・マーシュは意外にハードなツッコミで、脱力してフワフワなのに芯が強いという、本当に不思議なフレーズを連発しています。
そしてオスカー・ペティフォードのベースソロを経てクライマックスは2人のサックスが執拗に絡み合う、当にシロシロショウになるのでした。
A-3 I Can't Get Started
抜群に上手いビリー・バウアーのギターによるイントロから、ミディアムテンポでリー・コニッツがテーマを変奏していきます。
それはもちろん、鋭い感性に裏打ちされているのですが、実は私の耳はビリー・バウアーのギターの虜になっています♪
途中から入ってくるウォーン・マーシュの浮遊感に満ちたテナーサックスも快感ですが、それを現世に繋ぎ止めているのがビリー・バウアーという構図でしょうか、とにかく最高です♪
A-4 Donna Lee
A面最後はビバップの代表的な定番曲です。
まず幾何学的なテーマメロディがスピード感満点に吹奏され、2本のサックスのユニゾンを煽るリズム隊が躍動的です。
したがってアドリブ先発のリー・コニッツは、淀み無い流れの中にテンションの高いツッコミを入れて全体のペースを作り出し、サル・モスカのピアノも極めてバド・パウエル(p) に近いノリを聴かせています。
そしてウォーン・マーシュが、その音色自体に泣きを含んで大熱演! 脱力感と鋭いツッコミの両立は、ウェイン・ショーター(ts) と共通、なんて言うとお叱りを受けそうですが! 私はこの人が大好きです♪
B-1 Two Not One
さてB面は彼等の師匠であるレニー・トリスターノが書いた、クールビバップの名曲からスタートです。
アップテンポで抑揚の無いテーマもさることながら、不思議な緊張感に満ちた展開は考え抜かれたモードとコードの両立から生み出されたものでしょうか? 全く元ネタに気づかせないのは流石です。
肝心のここでの演奏は早いテンポで強靭なビートを送り出す黒人コンビに対し、独自のノリとフレーズを駆使して挑むリー・コニッツ&ウォーン・マーシュ、さらに絶妙なコードワークで伴奏するビリー・バウアーが最高です。
またサル・モスカのピアノからは、師匠の影を払拭しようとする努力が覗えて、憎めません。
全体に最後までスピードが落ちない展開が素晴らしいと思います。
B-2 Don't Squawk
オスカー・ペティフォードが書いたレイジーなブルースで、まず作者がお手本を示すベースソロでペースを設定しますが、それをものともしないウォーン・マーシュの脱力テナーサックスが、強烈です。
ハードバップ的な観点から聴けば噴飯物なんですが、この浮遊感は唯一無二の素晴らしさで、虜になると抜け出せません。
ですから続くサル・モスカのピアノは、当たり前過ぎてイマイチというか、ブルースの様式美だけを追ってしまった感があります。
するとリー・コニッツが絶妙のフォローというか、涙こらえて心で泣いてというフレーズで抜群のブルース解釈を聴かせてくれるのです♪ それはアート・ペッパー(as) ほど扇情的ではなく、またソニー・ステット(as) ほど饒舌でもありませんが、確実にリスナーの心に響く名演だと思います。
B-3 Ronnie's Line
ここでピアニストがロニー・ボールに交代して、自らが書いた快適なビバッブ曲を演奏します。とは言っても、明確なテーマメロディは無く、最初っからリー・コニッツのアドリブだけで成り立っているような雰囲気で、リー・コニッツ自身も軽い気持ちなのか、禁断のパーカー・フレーズを出しまくっています。
しかしウォーン・マーシュは自分のスタイルに固執しています。短いながらも妥協が無く、ラストテーマのユニゾン部分でも完全にリー・コニッツをリードしているのでした。
B-4 Backgrownd Music
アルバムの締め括りもまた、悪食の快感のような、トリスターノ派特有の変態ユニゾンによるテーマメロディが聞かれます。
作者はウォーン・マーシュなので、アドリブパートも手馴れたような雰囲気になっていますが、その緊張感の無さが逆にリラックスしたジャズの魅力になっているようです。
なにしろケニー・クラークのブラシの響きが快適ですし、オスカー・ペティフォードも王道のビートを弾き出していますから、既成のビバップから逃れて進化しようとする白人ジャズメンも、いつしか黒人のグルーヴに飲み込まれてしまう、それが素敵な演奏になっています。
ということで、これはA面がスタンダード、B面がオリジナルという上手い編集もさることながら、捨て曲無しの名盤だと思います。
もちろん一般的なモダンジャズ=ハードバッブを予想していると肩透かしですが、これだって立派なモダンなジャズ! 如何にも白人的な背伸びした部分と黒人的なコテコテなところが絶妙に融合した、当時としては最先端のブッ飛んだ演奏だったと思います。
そしてリー・コニッツとウォーン・マーシュは以降、ここに提示されたスタイルを基本に活動を続けていくのですから、演じたことに後悔も間違いも無かったのでしょう。
個人的には初めて聴いた時には違和感がありましが、同時にゾクゾクするスリルも感じ、ジャズ喫茶の帰りにレコード屋に直行してゲットした1枚です。
ただし原盤製作のアトランティックという会社は、どうも音がイマイチですし、オリジナル盤と言えども、盤質そのものが良くないという欠点を、個人的に感じていますので、ここはCD鑑賞が良いかもしれません。もちろん私はCDも買って、愛聴しています。