OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

秋になれば人形の家

2019-09-20 19:24:37 | 歌謡曲
人形の家 / 弘田三枝子 (日本コロムビア)
 

売れっ子だった歌手が何故か急にスランプに陥るのは、そりゃ~所謂「大人の事情」もあるんでしょうが、そんな裏側なんて一般社会のファンには知る由もなく、ただただ、なんでかなぁ……? と思うばかりじゃ~ないでしょうか。

例えば弘田三枝子の場合は昭和30年代後半の十代だった頃は洋楽ポップスの日本語バージョンを溌剌と歌いまくり、健康的なルックスと明るいイメージは人気の証でもあったんですが、昭和40年代に入ると、それまでのファン、殊更サイケおやじを含む子供時代からのファンを置き去りにしたが如くジャズの世界へ入ったようで、それは彼女も大人になったという事なんでしょうが……。

ですから昭和42年から翌年秋にかけての「渚のうわさ」「枯葉のうわさ」「涙のドライヴ」「渚の天使」「可愛い嘘」と続いた橋本淳&筒美京平の黄金コンビが提供していたシングル曲が、その素晴らしい出来栄えとは裏腹にセールスは伸び悩んでいたようで、個人的にはテレビの歌番組に出演する回数も以前よりは減っていた記憶があります。

ただし、サイケおやじは前述した5曲は何れも大好きで、歌謡界は熱狂的なGSブームに沸いていた中にあっても決して劣るものではなかったと今は思うんですが、リアルタイムじゃ~、地味という感じは確かにありましたですねぇ……。

だからでしょうか、その後、しばらく新曲も出なくなり、「弘田三枝子」という名前さえテレビやラジオから消えかけていた頃、突如として流行り始めたのが本日掲載のシングル盤A面曲「人形の家」で、それが昭和49年の夏の終わり頃でした。

そして秋から冬にかけての大ヒットは皆様ご存知のとおりなんですが、それと同時に話題沸騰となったのが彼女のイメージチェンジで、ジャケ写のケバイ印象は如何にも昭和元禄真っ只中ではありますが、なによりも驚かされたのが所謂ダイエット!?!

サイケおやじの記憶違いかもしれませんが、「ダイエット」なる言葉を初めて知らされたのが弘田三枝子の「人形の家」と同義語的な感じだったような気がします。

さて、肝心の「人形の家」は作詞:なかにし礼&作編曲:川口真が手掛けたドラマチックな歌謡ポップスというのは説明不要ではありますが、川口真が巧みにパクったのはシャンソン歌手のジャック・ブレルが世界的にヒットさせ、各国でカバーバージョンも多数作られた「行かないで / If You Go Away」でしょうか、曲調もサビメロもクリソツですよねぇ~~。

川口真は欧州ポップスからの影響が大きい作編曲の手法を得意にしていますが、ほとんど出世作とされる弘田三枝子の「人形の家」からして、それが証明されていると言えば、例によってサイケおやじの独断と偏見としてお叱りは覚悟しております。

しかし、やっぱりこの「人形の家」は弘田三枝子の卓越した歌唱力とセンスがあればこそ、ルックスもイメチェンした彼女ならではの表現は完全にテレビ向きでもあり、レコードで聴いてもグッと迫ってくる魅力に溢れていますよねぇ~~♪

この後の弘田三枝子は以前にも増してド派手な活躍を公私ともに繰り広げた(?)事は、あらためて述べるまでもありませんし、近年は激やせして、なんだか成形美容が目立つような風貌になっていますが、サイケおやじはやっぱり彼女の歌が今も大好きです。

そして毎年、今頃の季節になると、この「人形の家」が聴きたくなるのでした。
 
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これがイーグルスじゃ~ないかっ!

2019-09-19 16:01:29 | Rock
The Broadcast Collection / Eagles (Go Faster = DVD)

1970年代ロックの主流のひとつだったウエストコーストロックを牽引したバンドの代表格がイーグルスである事に異論は無いと思います。

それは1972年のデビュー時から直ぐにブレイクしつつも、今や歴史的名盤アルバムとなった「ホテル・カリフォルニア」を出した時でさえ、このバンドが常に様々な問題を抱えながら、前向きであろうとした結果と云えば体裁は良いかもしれませんが、殊更彼等のファンならずとも、それまでの時期に公式のライブ盤が発売されなかったのは悔しい気持ちじゃ~ないでしょうか。

ですから、その頃のステージや放送用音源から作られたブートが幾つも流通し、今日ではネットでも気軽に接する事が可能になったのは、それに違法性があろうとも、素直に嬉しくなって何が悪いんだぁ~~!?

と思わず居直ってしまうほど、1970年代のイーグルスは魅力のあるバンドだった事は今更言うまでもないはずです。

そこで本日ご紹介のDVDは、1973年と1974年の放送用映像が収録された待望のプレゼント ♪♪~♪

1973年3月10日、オランダのフォールブルグ「ポップガラ・フェスティバル」で収録

  01 Take It Easy
  02 Tequila Sunrise
  03 Saturday Night
  04 Peaceful Easy Feeling
  05 How Long
  06 Certain Kind Of Fool
  07 Outlaw Man
  08 Witchy Woman / 魔女のささやき
  09 Out Of Control
  10 Keep On Tryin'
  11 Early Bird / 早起き鳥

 デビューアルバムがヒットし、続く2ndアルバム「ならず者」の制作を終えた直後と思われる時期の欧州巡業から、オランダでのライブステージをテレビ用に録画した映像が上記の演目です。
 当時のメンバーはグレン・フライ(g,vo,key)、バーニー・レドン(vo,g,b,etc)、ランディ・マイズナー(b,vo)、ドン・ヘンリー(ds,per,vo) というデビュー期からの4人組で、演じているのは当然ながらカントリロックがド真ん中、と書きたいところなんですが、アコースティックな演奏よりは意表を突かれるようなハードロックに踏み込んでいるイーグルスには、ちょいと驚かされるかもしれません。
 しかし、それとてイーグルスの前向きな姿勢でありましょう。
 で、とにかく冒頭からの「Take It Easy」「Tequila Sunrise」「Saturday Night」の3連発はメンバーが椅子に座っての所謂シットダウンショウで、ドン・ヘンリーもシンプルなパーカッション(アコギのボディ?)を叩いていますが、何故かランディ・マイズナーがほとんど画面に映らないのは、これ如何に?
 それでもイーグルスならではのコーラスハーモニーはたっぷりと楽しめますし、エレキもアコギもマンドリンも使い分けの歌伴をやってくれるバーニー・レドンのプレイも見逃せません。
 また、この時点では発売前の2ndアルバム「ならず者」に収録の新曲「Saturday Night」では、ドン・ヘンリーのボーカルに寄り添うグレン・フライのサイドコーラスがイイ感じ ♪♪~♪
 こうしていよいよバンドスタイルの正統派カントリーロックをスタートさせる「Peaceful Easy Feeling」では、やはりバーニー・レドンのギターソロがありますから、これぞっ! 我々に最もイーグルスを感じさせてくれる演奏かと思いますし、さらにロケンロールに接近した「How Long」は、この時まで未だレコーディングしてなかった、本来は彼等の盟友とも言うべきジョン・デヴィッド・サウザーの持ちネタで、これは2007年頃にようやくイーグルスも公式録音を残すわけですが、ここでの楽しい雰囲気は、まさに本領発揮のライトな名演で、嬉しくなりますよ ♪♪~♪
 ところが、続く「Certain Kind Of Fool」「Outlaw Man」という、これまた発売前の2ndアルバム「ならず者」に収録された新曲では、グッと演奏がヘヴィになり、後者ではドライヴしまくるランディ・マイズナーのベースが物凄く、ほとんどリードベース状態ですし、グレン・フライのギターもアメリカンロック王道のラフなアドリブに突っ込んだコードストロークとくれば、ドン・ヘンリーのドラムスがビシバシという、これってグランド・ファンクの後追いかよぉ~~!?
 そんなふうに思っていたら、なんとっ!、次に演じられるミディアムテンポの「Witchy Woman / 魔女のささやき」ではグレン・フライとバーニー・レドンのギターが対決したり、さらに激しいハードロックが繰り広げられる「Out Of Control 」では、同時期に人気を争うようにブレイクしていたドゥービー・ブラザーズっぽいギターとハーモニーコーラスの持ち味がイーグルスに伝染したかのような感じで、それがそのまんま「Keep On Tryin'」に流れていけば、とにかくグレン・フライは嬉々としてギターを弾きまくっていますし、ランディ・マイズナーが大ハッスルしてベースを唸らせれば、ドン・ヘンリーもシンプルなビートで煽りまくり、バーニー・レドンがファンキーなカッティングで応戦するするという、これはもう、アッと驚くなんとやらっ!
 しかし、ちゃ~んとイーグルスらしい、ハイトーンも駆使したコーラスワークの魅力もきっちり入っていますから、ご安心下さいませ。
 そして大団円は、バーニー・レドンがバンジョーを弾きながら歌う、これしかないの「Early Bird / 早起き鳥」ですから、たまりません。あぁ~~、このヘヴィなカントリーロックは重心の低いドン・ヘンリーのドラミングがあってこそ、完全にスタジオバージョンとは似て非なる味わいが横溢した名演と思うばかりです。
 ただし、ここまでのライブは若干、彼等のステージ運びが上手くないというか、MCもウケていない雰囲気ですし、まあ、それもまた1970年代ロックのナチュラルな姿勢だったとすれば、なんとも懐かしくなりましたです、はい。

★1974年7月19日、LAで収録

  12 Peaceful Easy Feeling
  13 過ぎた事 / Already Gone
  14 地獄の良き日 / Good Day In Hell
  15 銀の糸と金の針 / Silver Threads & Golden Needles (feat. Linda Ronstadt)
  16 ならず者 / Desperado (feat. Linda Ronstadt)
  17 もうおしまい / It Doesn't Matter Anymore (feat. Linda Ronstadt)
  18 Midnight Flyer
  19 21才 / Twenty One
  20 懐かしき'55年 / Ol' 55
  21 Your Bright Baby Blues (feat. Jackson Browne)
  22 Looking Into You (feat. Jackson Browne & David Lindley)
  23 James Dean
  24 Doolin' Dalton/Desperado Reprise
  25 Take It Easy

 さて、ここからは今や「お宝」の映像を沢山残してくれたアメリカの人気テレビ番組「Don Kirshner's Rock Concert」から、イーグルスが3rdアルバム「オン・ザ・ボーダー」を発売した直後の演奏で、しかもリンダ・ロンシュタットジャクソン・ブラウン&デヴィッド・リンドレーがゲスト参加しているという豪華版 ♪♪~♪
 そして説明不要とは思いますが、この当時のイーグルスにはデビュー以来の4人に加えて新メンバーのドン・フェルダー(g) が入ってのトリプルギター編成という、つまりはカントリーロックとアメリカンハードロックの幸せな結婚が模索探求されていた頃でしたから、ファンの間でも、またサイケおやじも、イーグルスが最も良かった時代という認識は共有されるんじゃ~ないでしょうか。
 そのドン・フェルダーはバーニー・レドンの昔のバンド仲間だった事からの紹介という経緯があったようですし、グレン・フライも加入には大賛成したと云われていますが、今となっては、あれやこれやの因縁やトラブルがつきまとっていく真相がドン・フェルダーの暴露本で明かされているんですから、ここでファンが大喜びのライブを披露しているイーグルスの勇姿には尚更の感慨が……。
 しかし、それはそれとして、とにかくやっぱりこの頃のイーグルスは最高で、まずは冒頭の爽やか&哀愁のカントリーロック「Peaceful Easy Feeling」でツカミはOK!
 そして前述の新作アルバム「オン・ザ・ボーダー」からアップテンポの「過ぎた事 / Already Gone」とハードロック路線の「地獄の良き日 / Good Day In Hell」では、早くもライブの現場におけるドン・フェルダーの大活躍というか、ギタリスト専業の強み(?)を発揮するが如きオカズもソロパートもファンキー&ロッキンな味わいを堂々と表出し、バーニー・レドンとの息もしっかり合っている事は映像からも見て取れると思いますし、「地獄の良き日 / Good Day In Hell」でやってくれるスライドの妙技はデュアン・オールマン直伝という伝説が眩しいばかりです。
 こうしてステージは最初のクライマックスと申しましょうか、いよいよリンダ・ロンシュタットが登場 ♪♪~♪
 皆様ご存知のとおり、イーグルスはその結成の経緯に、メンバーが彼女のバックバンドとして集められたという逸話があり、しかしながらサイケおやじの知る限り、公式レコーディングにはイーグルスの面々が全員揃ってバックを務めた音源が残されていない様ですから、ここでウエストコーストロックが最高に上り調子だった1974年という時期の共演がライブ映像で堪能出来るのは幸せの一番星!
 まずはリンダ・ロンシュタットが十八番の「銀の糸と金の針 / Silver Threads & Golden Needles」ではメンバー全員が自ら楽しんでいるような実にイイ雰囲気のカントリーロックが披露され、続いてはイーグルスのみならずリンダ・ロンシュタットもレコーディングして堂々の持ちネタヒットにした「ならず者 / Desperado」が歌われるんですから、たまりません ♪♪~♪
 あぁ~~、まさにウエストコーストロックの黄金期に胸が熱くなりますよ。
 さらに「もうおしまい / It Doesn't Matter Anymore」はバーニー・レドンのアコースティックギターを伴奏に、しんみりと彼女が弾き語りですからねぇ~~♪
 偽りなくウルっとするのはサイケおやじだけでしょうか。
 そしてステージ中盤は「Midnight Flyer」「21才 / Twenty One」と続くブルーグラス色も強い軽快なカントリーロックの二連発で、ランディ・マイズナーが気持ちよさげに歌えば、バーニー・レドンはバンジョーでノリまくりですから、観客も大喜びで、もしかしたら現地では、こ~ゆ~イーグルスが一番に求められていたのかもしれません。
 しかしグレン・フライがピアノの弾き語りで歌い始める「懐かしき'55年 / Ol' 55」こそ、哀愁とソウルフルな味わいが胸に染み入る名曲にして名演で、これぞっ! イーグルスのもうひとつの大きな魅力だと思いますねぇ~~♪ なによりもメンバーが各々にリードとコーラスハーモニーを分け合い、殊更ランディ・マイズナーのハイトーンボイスとドン・ヘンリーのハスキーなボーカルの対比などは唯一無二、この「翳り」こそがイーグルスの大きな個性のような気がします。
 それは続いて登場するジャクソン・ブラウンにも通底する感じでしょうか、瑞々しい中にも憂いが滲むようなメロディと歌詞の語感がサイケおやじは好きなもんですから、この両者の共演を当時の映像で拝めるだけで感激してしまいます。
 で、肝心の演目「Your Bright Baby Blues」は後に自身のアルバム「ブリテンダー」に収録される地味な曲ではありますが、イーグルスがバックを務めるとなれば、その味わいは格別ですよ ♪♪~♪ 正直、何度でも観たくなります ♪♪~♪  ちなみにここでのスティールギターはバーニー・レドンでしょうか、アコースティックギターのスライドはドン・フェルダーで、ツボを外していません。
 またジャクソン・ブラウンがピアノで弾き語る「Looking Into You」のバックでバイオンリンを弾いているのはデヴィッド・リンドレーで、あんまり歌詞の中身は理解出来ないんですが、なかなか説得力があって、歌が伝わってきます。
 そしてステージは佳境に突入、痛快R&Rの「James Dean」ではドン・フェルダーとバーニー・レドンのツインリードが泣きまくり、グレン・フライのボーカルはクールで熱いもんですから、客席も楽しさいっぱいという羨ましさで、実はサイケおやじも学生時代に入れてもらっていたバンドで、この曲をやっていたんですが、やってる方も楽しいんですよ、上手い下手は別にしてですけど 、へっへっへっ ♪
 ですから、続く哀愁のメドレー「Doolin' Dalton/Desperado Reprise」ではドン・ヘンリーもグレン・フライも力んだ歌いっぷりが憎めないところで、映像による絶妙のクサイ演出は観てのお楽しみ、憎めませんよ。
 こ~して迎える大団円は、出演者全員が登場してのお約束「Take It Easy」ですから、もはや素直にノルしかないでしょう ♪♪~♪

ということでトータル2時間ほどの映像は画質も時代を考慮すれば許容範囲だと思いますし、音声は一応ステレオミックスで低音域もしっかり処理されています。また、当然ながら「all regions」ですから、国内のプレイヤーやPCで再生出来ますよ。

で、肝心のイーグルスは既に述べたとおり、1973年後半からドン・フェルダーを入れてのトリプルギター編成となり、同時に持ち前のコーラスワークも健在でしたから、なんだかライバル関係のように一部のファンから注目されていたドゥービー・ブラザーズに音楽性を接近させたのか? なぁ~んて思い込みもあったわけですが、ここに収められた両方のライブギグを比較すれば、前半の1973年の演奏の方がヘヴィでハードな音を出していますし、デビュー期のカントリーロック路線をハードロック化しようとする狙いでトリプルギターに編成替えしたのだとしたら、後半の1974年の演奏からは意想外とも云える柔軟さが伝わってきて、なんとも複雑な心持ではあります。

しかし本音じゃ~、どっちも好きなんですよ、サイケおやじは。

また、今となっては良く知られているように、イーグルスは1974年後半あたりからバンド内の人間関係の縺れが表面化し、また悪いクスリの蔓延もあったそうで、ついには翌年末にバーニー・レドンが脱退し、それを契機にバランスが崩れたイーグルスはグレン・フライとドン・ヘンリーの勢力争いとか、ランディ・マイズナーの反発&脱退、ドン・フェルダーの孤立、そしてバーニー・レドンの後釜に入った目立ちたがり屋のジョー・ウォルシュとプロデューサーであるジム・シムジクの関係等々、超メガヒットのベスト盤「グレイテスト・ヒッツ」と世紀の名盤「ホテル・カリフォルニア」の大成功とは裏腹のドロドロしたものが充満していたのですから、世の中は難しいものです……。

ですから、特に1974年春のイーグルスが本当に素晴らしく感じられたのは自然の成り行きなんでしょうか。

そんなこんなを想いつつ、このDVDを鑑賞するのも感慨深く、しかし、そ~した知りたくも無い話を知らなかった頃にアナログ盤のブートで音源だけ聴いてシビレていた素直な自分が、懐かしくもあります。

と書き連ねながら、どうか皆様には虚心坦懐に鑑賞されます事を願うばかりでございます。

失礼致しました。
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目の前、真っ白…

2019-09-18 19:19:32 | Weblog

本日は定期健診で眼底検査を受けたら、今でも回復が遅れて、目の前が真っ白……。

今日は特にクスリが効いたというか、スマホを見るのも辛いので……。

これにて失礼させていただきます(__)

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レオン・スペンサーは何処へ

2019-09-17 20:30:49 | Soul Jazz
Bad Walking Woman / Leon Spencer (Prestige)

今となっては、その全盛期に、全く我が国のジャズマスコミやジャズ喫茶から締め出されていたプレイヤーが少なくなかった現実の中で、本日ご紹介のLPを1972年に出したレオン・スペンサーも、そ~したオルガン奏者のひとりでありました。

もちろん、やっていたのはソウルジャズそのものでしたから、コルトレーンが神様になっていた当時の日本のジャズ喫茶じゃ~、無視されて当然の音楽性とはいえ、ちょうどその頃からジワジワと勢力を拡大していたロックジャズや未だクロスオーバーと呼ばれていたフュージョンが侮れない流行となれば、そこで注目を集めていたミュージシャンが参加しているレコードが漁られるのは自然の理、まさに未知との遭遇が求められていたように思います。

で、このLPにおけるサイケおやじのそのポイントからのお目当てはヒューバート・ロウズ(fl) やジョー・ベック(g)、ソニー・フォーチュン(as) という、ちょうどその頃にクロスオーバーを牽引していたレーベルだったCTIの諸作やマイルス・デイビスのバンドで一躍注目され始めた面々でしたので、肝心の主役であるレオン・スペンサー(org) 以下、ヴァージル・ジョーンズ(tp)、バズ・ブラウナー(fl) 、デイブ・ハバード(ts)、メルヴィン・スパークス(g)、アイドリス・ムハマッド(ds)、バディ・コールドウェル(per) 等々の参加している他のメンバーについては知っている人もいれば、名前ぐらいしか……、という感じで、まあ、正直に言わせていただければ、関心は無いに等しかったんですよ。

ところがそんな気分で針を落としてみたら、これがいきなり自分の感性にジャストミート ♪♪~♪

ソウルもロックもブルースもジャズもゴスペルもラテンもゴッタ煮の美味しい闇鍋なんですねぇ~~ ♪

しかも収録全曲がレオン・スペンサーのオリジナルとクレジットされていながら、どっが聞いたことがあるよなぁ~~、これって! というニンマリ感もたまりません。

A-1 Hip Shaker
 ミディアムテンポのシャッフル系ソウルジャズで、デイブ・ハバードの正統派タフテナーやレオン・スペンサーのハードバップがモロ出しのオルガンが、それこそたっぷりのブルースフィーリングを提供してくれますが、メルヴィン・スパークスとアイドリス・ムハマッドが打ち出してくるタテノリファンキー(?)なリズム&ビートが快適過ぎて、クセになりそうな演奏です。

A-2 Down On Dowling Street
 初っ端からブルース&ソウルなオルガンが導く、これまたミディアムスローのブルースインストでありながら、メルヴィン・スパークスのギターソロはジョージ・ベンソンがグラント・グリーンをやっているような似非モダンな感覚があり、同時にペンタトニック多様気味ところはブルースロック!? しかし続くレオン・スペンサーのオルガンのアドリブは本人が喚きちらして歌うが如きシャウト入りですから、その対比の真っ黒さがニクイばかりです。

A-3 In Search Of Love
 一転して、今度はストリングスオーケストラが入ったラウンジ系のソフトなボサロックと申しましょうか、アレンジはビリー・ヴァー・ブランクとクレジットされていますが、どことなくイナタイ雰囲気の中、ここでいよいよフルートのアドリブソロが聴かれますが、これをヒューバート・ロウズと思いたいサイケおやじの思惑とは離れたところで、バズ・ブラウナーのクレジットが一緒にあるのは気になるところです。
 また、ここでのボサノバっぽいリズムギターはジョー・ベックなんですが、レオン・スペンサーのオルガンも含めて、これをソウルジャズと括るのは、まあ、ど~でもいいか ♪
 気持ちイイ~ですからねぇ~~ ♪

A-4 If You Were Me And I Were You
 これまた最初っからストリングスやフルートが絡んでくる軽妙洒脱なモダンジャズなんですから、前半の黒っぽさは何処行ったぁ~~~!?
 それでもグビグビと淀みなく弾き続けるレオン・スペンサーのオルガンプレイには迷いが無いようで、中盤以降は相当にアグレッシブなフレーズ展開をやってくれるのは、それも新しい感覚の追求なんでしょうかねぇ~~!?
 本当に摩訶不思議な気分にさせられてしまいます。

B-1 Bad Walking Woman
 まさにアルバムタイトル曲だけあってホーン&ブラスセクションも入ったファンキー&グルーヴィンな演奏で、メルヴィン・スパークスのリズムギターも心地良く、レオン・スペンサーのオルガンも王道路線 ♪♪~♪
 もっと長くやって欲しかったですよ。

B-2 When My Love Has Gone
 なんだか知っていたような曲タイトルではありますが、粋なストリングスとメロウムードが滲み出るオルガンの存在感が胸キュン系のメロディを紡いでくれるのは高得点 ♪
 コンガが絶妙なアクセントのリズム隊、またモード風味のアドリブに踏み込んだりするレオン・スペンサーのフュージョン感覚が意外にイケている気がします。
 
B-3 When Dreams Start To Fade
 これまたソフト&メロウな演奏でジョー・ベックのアコースティックギターによるリズムカッティング、膨らみのあるストリングスのアレンジ、そしてメロディ優先主義のオルガンに専心するレオン・スペンサーがニクイばかりではありますが、おそらくはヒューバート・ロウズと思われるフルートが手の込んだアドリブを披露しているあたりはジャズ者も納得するしかありません。
 だからだでしょうか、後半ではレオン・スペンサーもプログレのオルガンみたいな世界に入る瞬間までも聞かせてくれるのは、果たしてこれがソウルジャズ?

ということで、これはプレフュージョン的な演奏が目立つ内容かもしれません。

しかし、サイケおやじにはレオン・スペンサーの演奏からソウルジャズの土台が確かに感じられますし、それが決して新しくないのに、前を向いているムードがジワッと伝わってくるんですが、いかがなものでしょう。

この当時残されたレコーディングはプレスティッジに幾つかあるんですが、個人的には「CTI~ Kude」レーベルに吹き込んでいたら、相当に面白いアルバムが作られたように思います。

ちなみに後に知ったことではありますが、レオン・スペンサーはルー・ドナルドソン(as) のバンドに入って、この売れっ子リーダーのブルーノート諸作にレコーディングを残していますが、そこでもグルになって盛り上げていたドラマーのアイドリス・ムハマッドが、このアルバムでも強い印象!

うむ、演目によってはラウンジ系BGMにもなりかねないトラックから、それでもジャズソウル味が失せないのは、そんな盟友関係(?)があるんでしょうかねぇ~~。

ということで、レオン・スペンサーも日本じゃ~あまり知られることのなかったオルガン奏者だったんですが、近年は隠れ人気があるらしく、CD復刻されたアルバムも幾つかあるようです。

最後になりましたが、掲載したLPのジャケ写は小さくて判別も難しいとは思いますが、これが実物大となれば、そこにはびっしりと「イイ尻」がねぇ~~♪

CDが出ていたとしても、こ~ゆ~愉しみがありますから、アナログ盤LPの良さは不滅と思うばかりです。
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バーニー・ケッセルの快楽のボッサ

2019-09-16 20:06:11 | Jazz
Guitarra / Barney Kessel (RCA Camden)

  A-1 B.J.'s Samba
  A-2 Meu Irmao
  A-3 Malibu
  A-4 On The Riviera
  B-1 Lison
  B-2 Freeway
  B-3 From My Heart
  B-4 Swing Samba
  B-5 Amelia

俗に「フレンチボサ」とか「イタリアンボサ」とかいう言葉がレコード業界(?)にあるぐらいですから実際、欧州産のボサノバ物は人気があるらしく、というよりもボサノバというブラジル産のモダンジャズの魅力は世界共通の快楽だとすれば、アメリカのジャズミュージシャンが欧州でボサノバ物のレコードを作ったとしても、何ら違和感は無いはずです。

また、言うまでもなく、ボサノバが世界に流布したのはスタン・ゲッツ(ts) がこのジャンルを大ヒットさせた事がきっかけとすれば、例えばバド・シャンク(as) とか、殊更ハリウッド周辺で活動していたスタジオセッションも普通にやれるジャズ系の白人ミュージシャンが、その高い音楽性やテクニックを見込まれて、ど~にも即席に作ってしまったようなBGM的ボサノバ風味のレコードも現在まで沢山知られているのですから、超一流のジャズギタリストであり、また西海岸のセッションプレイヤーとしてもトップクラスだったバーニー・ケッセルが渡欧していれば、そこでソレモンのアルバムを吹き込んでいたとしても、それは時代の要求だったと思うばかりです。

しかし問題(?)は、そ~ゆ~レコードが我が国では軽く扱われていたというリアルタイムの現実で、本日ご紹介のバーニー・ケッセルのLPが世に出た1970年に日本で発売され、売れていたのかは判然としません。

極言すれば、これはリアルジャズではないっ!

という一言で片づけられてしまうほど、中身は実に快楽的なんですねぇ~~ ♪

拙ブログで度々書かせていただいたように、そうしたレコードは日本じゃ~名盤扱いにはならない事は、殊更当時のジャズマスコミやジャズ喫茶等々のマニア性の高い現場では常識だった感があります。

それでも何かのハズミ(?)に、このアルバムの中の1曲でも耳にすれば、思わずグッと惹き込まれることは請け合い! 
 
と、サイケおやじは激オススメなんですよ。

とにかくA面ド頭「B.J.'s Samba」はバーニー・ケッセルのオリジナルとされていますが、軽快なラテンビートにノリまくって紡ぎだされるテーマメロディの既視感的聴覚の快楽は、つまりどっかで聞いたことがあるような美味しいメロディの良いとこ取りでしょうか、バックのハモンドオルガンも所謂ラウンジ感覚が満点という気持ち良さ♪♪~♪

そして主役のバーニー・ケッセルは初っ端から十八番のリックを大盤振る舞いで、歌心に満ちたアドリブを繰り広げるもんですから、約4分ほどでフェードアウトされてしまうのが本当に勿体ないかぎりで、しかしだからこそ、アルバムは絶対に間違いないっ!
 
思わずそんな確信を抱いてしまうのはサイケおやじの独断と偏見ではありますが、続く「 Meu Irmao」が、これまたアップテンの快演で、おぉ~、このテーマメロディは、あれかなぁ~~♪

なぁ~んてことを思わせてしまう演奏メンバーはバーニー・ケッセル(g) 以下、カルロ・ペス(g)、アントネロ・ヴァヌッツィ(org)、ジョバンニ・トマソ(b)、エンゾ・ルツェッラオ(ds,per) 、チロ・チッコ(per) とされていますが、サイケおやじはイタリア語をほとんど知らないので、日本語読みは全くの我流とお断りしたところで、しかし彼等はなかなかの実力者だと思います。

なによりも、こ~したラテン~ボサロック調のボサノバ風ジャズを快適に演じてしまうセンスには脱帽ですよ♪♪~♪

また、収録曲のクレジットを確認して驚かされたのが、なんとっ! 本場ブラジルのソングライターが書いた名曲が全く入っておらず、バーニー・ケッセルの4曲以外は参加メンバーやイタリアの音楽関係者からの提供だったらしい、その心意気や、良し!

ですから、バーニー・ケッセルが作曲し、アップテンポで演じられた「On The Riviera」がレイモン・ルフェーブルやミッシェル・ローランでお馴染みの「シバの女王」にクリソツというニンマリ感はたりませんし、特にB面収録の各曲が後にリー・リトナーがやったブラジリアン・フュージョンっぽい味わいに近くなっているのは、目から鱗でありました。

ということで、これは徹頭徹尾快楽的なアルバムでして、実は告白すればサイケおやじは1970年代末頃からの一時期、集中的にバーニー・ケッセルのレコードを漁っていた頃に何の気なしに出会った1枚だったんですが、そんな理由ですから、掲載の私有盤はカナダプレスであり、しかしオリジナルはイタリア盤という事実が確かにあります。

それと冒頭に述べたとおり、このアルバムは日本じゃ~決してチヤホヤされる事なんか微塵もなかった当時も今や夢とでも申しましょうか、我が国のリスナーの意識改革があったようで、近年は完全なる人気盤にっているそうですよ。

当然ながら、しっかりCD化もされているので、楽しくオシャレな演奏が欲しくなっている皆様には、ぜひとも聴いていただきたい個人的な愛聴盤なのでした。
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被災からの道すがら

2019-09-15 20:43:14 | Weblog

先日の台風で被災した千葉の親戚の家に手伝いに行ってきました。

なんとか今日は電気が復旧したものの、水道は濁っているし、周辺の家の中には屋根や壁が壊れて、明日からの雨に対処する手段も不足している状況は、本当に悲惨です。

こんな事は自然災害では普通と言われれば、それは納得して諦めるしかないんでしょうが……。

ボランティアの人達の頑張り、あるいは工事関係者や自衛隊の仕事の手際の良さに感謝しつつも、とにかく今は出来る事からやるしかないと思うばかりです。

あぁ、人の情けが身に染みます。

感謝!

 

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今でも菅野邦彦のライブ盤にシビレっぱなし

2019-09-14 20:07:18 | Jazz
ライブ! / 菅野邦彦ライブ (Nadja / Trio)

  A-1 Menica Moca (10月7日:福岡市「ケリー」での録音)
  A-2 Wave / 波 (10月8日:熊本市「ソワレ」での録音)
  A-3 Sweet And Lovely (10月9日:鹿児島市中央公民館での録音)
  B-1 Summertime (10月10日:名瀬市中央公民館での録音)
  B-2 For Once In My Life (同上)
  B-3 Blues (同上)

菅野邦彦は天才と称賛されるジャズピアニストとして昭和30年代後半から今も元気に活動していますが、しかし一般的なジャズファンにそれが認知されたのは、おそらくは昭和40年代後半になってから、殊更昭和48(1973)年に発売された鈴木勲のリーダー作「ブロー・アップ(Three Blind Mice)」に参加してからだと思います。

実際、このLPは録音が素晴らしいという評価もあってか、当時のジャズ喫茶でも日本人ジャズとしては鳴らされる事が多かったようですし、もちろん収録された演奏もウケた事からジャズ関係の表彰も様々獲得した人気盤となれば、菅野邦彦にも注目が集まるのは当然でしょう。

そして、その流れから以前=昭和43(1968)年に録音&発売されていた菅野邦彦の初リーダーアルバム「フィンガー・ポッピング(takt)」の存在が再確認されながら、現実的には既に廃盤だった事から、直ぐに再発はされたんですが、それまでの間、新たに菅野邦彦に魅了されたファンの渇きを癒してくれたのが、昭和49(1974)年に発売された本日掲載のLPでした。

と、以上は例によってサイケおやじの独断と偏見ではありますが、リアルタイムでは、このライブ盤こそが菅野邦彦の本領に触れた最初の個人的な感慨でして、正直なところ、録音状態は決して素晴らしいとは言い難い状況ではありますが、演奏はジャズの本質に迫る楽しさと粋なフィーリングに溢れているんですねぇ~~ ♪

実はこのLPに収録の演奏はタイトルに偽り無しの生粋のライブであり、しかも発売前年の昭和48(1973)年10月に敢行された自らのレギュラーグループを率いての九州巡業において、地元のファンが非公式に録音した音源から選ばれたトラックが使われたという真相が、なかなか良い方向に作用したとしか思えない仕上がり!?

このあたりの経緯や状況は、当時鹿児島に在住していたらしいジャズ愛好家の中山信一郎氏が付属解説書に詳しく書いており、リアルタイムでの九州地区のジャズを取り巻く環境やファンの熱意等々が今や歴史的資料としても興味深く読めるところでしょう。

そこには菅野邦彦のキャリアや音楽性ばかりではなく、人柄や信念までも身近に感じられるままに書かれていると思えば、このアルバムに収録された各トラックが少なからぬ時間のテープに残された音源の中から選び抜かれた理由にも自ずと納得されると思います。

演奏メンバーは菅野邦彦(p)、本田栄造(b)、高田光比古(ds)、小林庸一(per) というカルテット編成ながら、ライブの現場における熱気さえも自然に捉えられたイイ雰囲気は、録音の良し悪しを問題にしない音楽的な膨らみ(?)がサイケおやじには感じられるほどです。

なにしろA面ド頭に収録されたセツナチズム溢れるボサノバの人気曲「Menica Moca」からして、録音のバランスは決して良好とは言えず、主役である菅野邦彦のピアノが若干引っ込んだ感じではありますが、マイナーキーの原曲メロディーを活かしきったアドリブの歌心やリズム的快楽度は相当にハイテンション ♪♪~♪

続く、これまた有名なボサノバ曲「Wave / 波」がボサノバのリズムじゃ~なくて、チャカポコの4ビートで演じられるのも意表を突くジャズ的なセンスとしか思えないほど、ここでの菅野邦彦は歌心とダイナミックなノリで出色のアドリブを披露していますし、バンドメンバーが一丸となってのグルーヴも好き嫌いはあるにしろ、やっぱり楽しさに満ちています。

いゃ~、このアルバムの中では最長の14分を超える演奏時間が短く感じますねぇ~~ ♪

ですから、付属解説書によれば不調だったとされる鹿児島での「Sweet And Lovely」にしても、それを知らなきゃ~逆に幾分の攻撃的な姿勢が滲んだラフな演奏と感じられますし、その執筆者の中山信一郎氏が何故に「不調」と記したのか、ちょいと興味が……ですよ。

そのあたりは現在まで定説になっているとおり、菅野邦彦のピアノスタイルはエロル・ガーナーフィニアス・ニューボーンあたりからの影響下に云々という、まさに当時はジャズの主流になっていたマッコイ・タイナーやハービー・ハンコック等々のモード系のイケイケ&思索的なスタイルとは一線を画する「OLD WAVE」であり、実際にアルバム全篇で例の「ビハインド・ザ・ビート」や「両手ユニゾン弾き」という前述した巨匠の秘技が出る場面が確かにありますが、基本姿勢はジャズならではスイング&ドライヴ感を常に大切にしたプレイじゃ~ないでしょうか。

時にはウィントン・ケリーっぽくなるあたりもイイ感じ♪♪~♪

ですから同じ会場で録られた演奏だけで纏められたB面の集中的な楽しさが格別なのはムベなるかな、所謂グルーヴィな味わいも滲ませる「Summertime」、ジャズファン以外にも広く知られているヒットメロディの「For Once In My Life」では前半のスローな展開からテンポアップして盛り上げる後半の楽しさ、そして熱狂の拍手の中で続けて入っていく即興的な「Blues」に至っては、本当にジャズを聴いている快楽が横溢しまくる雰囲気が、たまりません ♪♪~♪

このあたりの感覚は、実は当時の日本のジャズファンの中では賛否両論が確かにあったとサイケおやじは思っているんですが、それは特に長くジャズを聴いているマニア&コレクター諸氏にとっては、シリアスさに欠けると受け取られていたようですし、軽く扱うのが真剣勝負でジャズを鑑賞する態度と決めつけるが如き姿勢が、例えばジャズ喫茶に集うジャズファンの中には少なからずあったと感じています。

まあ、今となってはちょいと信じられない話かもしれませんが、ジャズ喫茶の中には日本人がやっているジャズのレコードは鳴らさない方針の店さえあって、それは日本人と外人じゃ~、リズムやビートの感覚&感性が違うから、極言すれば日本人のジャズは偽物だから聴くだけ野暮とまで決めつけられていた現実が確かにありましたですよ……。

サイケおやじにも、そのあたりの感じは理解出来るところもあります。

しかし、だから日本人が演じるジャズは全部ダサイなぁ~んてこたぁ~~、絶対に無いでしょう。

好きなものは好きっ!

と堂々と言えるのが恥ずかしいとしたら、見栄だけで時には自分じゃ~理解不能なジャズを聴くなんていう時間の浪費と精神衛生の悪化を招く愚行を、ねっ!

菅野邦彦のピアノを楽しむのに、そんな理屈なんて不必要!

それがジャズの本質のひとつだと、殊更このアルバムはサイケおやじに訴えかけてきたんですねぇ~ ♪

告白すれば、リアルタイムの昭和49(1974)年以来、相当長い時間、このアルバムに針を落としていた現実がサイケおやじにはあり、それが平成に元号が代わったある日、ほんの不注意からレコード盤そのものを割ってしまった不覚は痛恨でした……。

それが2年近く前、偶然にもオリジナル盤を知り合いからプレゼントされながら、借りているトランクルームに置きっぱなしにしていたというバチアタリは全くサイケおやじの不明の至り、深い反省と感謝の念を心に刻み、昨夜はこれを自宅に持ち帰り、じっくりと聴きながら拙文をしたためている次第です。

あぁ~~、やっぱり好きなものは好きですよ、特にこの菅野邦彦のライブ盤がっ!

最後になりましたが、冒頭述べたとおり、ここに収録の音源は現地のファンが私的に録音したものですから、製品化するにあたってはトリオレコード関係者のプロの技があってこそだと思います。また、この「Nadja」というレーベルはトリオレコードが立ち上げた自主制作音源を専門とする、つまりはインディーズということだそうで、だからこその自由な雰囲気が横溢した、如何にもジャズらしい作品が世に出たのかもしれません。

それと付属解説書によれば、この巡業中の音源には、まだまだ優れた演奏が残されているらしく、何時かはそれも公にされる事を強く望んでいます。

うむ、もしかしたら以前に発売されたというCDには入っているんでしょうか?

そんなこんなを気にしながら鑑賞するこのアルバムは、ますます楽しさが増幅するのでした。
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覚悟のほど

2019-09-13 19:45:58 | Weblog

特段の連絡は無かったんですが、やはりあの台風の後ですから、借りているトランクルームに来ています。

おぉ~~、良かった、やっぱりなんでもないよぉ~~、と喜んではみたものの……。

実際に中の様子は、節操無く様々なブツを置きっぱなしにしてきたもんですから、自分以外の人がこれを見たら、どこに何があるのか、即座には分らんでしょう。

つまり、つまりですよ、サイケおやじが死んで後、これはど~~なるんだろうなぁ~~?

もちろん、ほとんどは捨てられてしまうか、誰かに押し付ける他はないのかと、思わず終活の衝動が沸き上がっている次第です。

うむ、とにかく未聴・未見のブツだけでも、早急に鑑賞しなければ、死んでも死にきれないと覚悟を決める他はありません。

なんとかなれぇ~~。

 

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金田一さんの歌ですよね

2019-09-12 19:38:00 | 歌謡曲
糸電話 / 古谷一行 (VAP)

当然ながら往年のアナログレコード盤は「音」だけしか伝えてきませんから、例えば誰が歌っているかは、そこに付随記載されているクレジットを確認しなければ分からないという、それもひとつの楽しみがあります。

それは、ふと耳にした素敵な歌を聴かせてくれていたのが意外な人物だったとか、つまりは楽曲や歌声のイメージが歌手その人の存在感と重ならないという違和感が逆に魅力的?

という驚きが愉しみに変わる時、あぁ~、音楽って、やっぱりイイなぁ~~ ♪

本日ご紹介の「糸電話」という1曲も、サイケおやじにとっては全くその好例のひとつで、歌っているのが掲載のジャケ写のとおり、テレビ版金田一耕助を当たり役とした古谷一行なんですから、結論から述べさせていただければ、作詞:山川啓介&作曲:伊勢正三が提供した柔らかくも繊細な心情を表現した歌詞とメロディを、これまた絶妙な内気さで節回す古谷一行の声質が、ほとんど役者としての本人のイメージと重ね合わせられなかったのがサイケおやじの第一印象でした。

なにしろ最初に聞いたのが仕事関係者某氏宅で、隣室から密やか(?)に流れてきた、この素敵な歌は誰が?

という興味深々の好奇心が、所謂蟠りとなってのしばらく後、それは昭和59(1984)年の事だったんですが、まさかそれが当時TBS系列で放送されていた古谷一行主演による人気シリーズ「金田一耕助の傑作推理」のラストテーマ曲で、しかも歌っていたのが既に述べたとおり、金田一耕助 ≒ 古谷一行その人だったんですから、その真相にサイケおやじはクリビツテンギョウ!!

そしてレコード店で現物シングル盤に出会ってみれば、やっぱりジャケ写は金田一耕助なんですから、違和感と驚きの痛快さは、なんともたまらんものがありましたですねぇ~~~♪

で、肝心の楽曲「糸電話」は、やっぱり不思議と心が和む胸キュンフィーリングが滲み出てくる仕上がりで、それは青木望のアレンジの落ち着きがあればこそ、古谷一行の丁寧にして繊細な歌声&歌心が尚更に強い印象を与えてくれると思います。

何かの機会がございましたら、皆様にもお楽しみいただきたい、ある意味では痛快な裏切りが楽しめる名曲にして名唱なのが、古谷一行の「糸電話」であり、う~ん、流石に金田一耕助は、ねっ!
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再会のブル~スは楽し ♪

2019-09-11 16:25:41 | Winter Family
Back In Beaumot / John Winter & Uncle John Turner (thunderbolt)

  A1 Made In The Shade
  A2 They Call Me Lazy
  A3 Family Rules
  A4 Ooh Pooh Pah Do
  A5 Drivin' Wheel
  B1 Alons Dancez
  B2 Struggle In Houston
  B3 You're Humbuggin' Me
  B4 Just A Little Bit
  B5 Rainin' Breakdown

これも先日ご紹介したジャッキー・アイヴォリーのLPと同時に入手した十把一絡げ盤の1枚でして、もちろんその動機はジャケ写のジョニー・ウィンターとアンクル・ジョン・ターナーのツーショットに他なりません。

これまでも度々告白してきたとおり、サイケおやじはジョニー・ウィンターの大ファンでありながら、実はこの1994年まで、全く掲載のブツの存在を知りませんでしたので、これって、もしかしたらブート?

かもしれないなぁ~~、と思いつつも、勢いでゲットしたのは、アンクル・ジョン・ターナーが無名時代からの盟友としてジョニー・ウィンターを支えたドラマーであり、正式なレコード契約が成立した1968年以降、1970年まで一緒にバンドを組んでいた履歴を知っていたからです。

おぉ~~、あのウッドストックの大熱演!!

そして、ジョニー・ウィンターと別れた後、今度はこれまたセミプロ時代のスティーヴィー・レイ・ヴォーンとバンドを組み、皆様ご存知のとおり、この若き天才ギタリストがジョニー・ウィンターの目にとまって以降の出世街道は、アンクル・ジョン・ターナーの存在が大きかったという推察は易いと思います。

で、裏ジャケに記載のデータやライナーを確認してみると、録音されたのは1981年のテキサス州はボーモントで、セッション参加メンバーはジョニー・ウィンター(g,hmc)、アンクル・ジョン・ターナー(vo,ds) 以下、マーク・オコーナー(p)、ジョン・マカァフィー(b)、マイク・ジョンソン(b)、アラン・ヘインズ(g)、ブリット・リード(g)、クライド・レッドビーンズ(accordion) 等々が起用されていますが、特筆すべきはリードボーカルが決して本職ではないアンクル・ジョン・ターナーが全篇で歌っているという現実であり、ギタリストもジョニー・ウィンターの他に2名が弾いているらしいというのでは、なんとも不安が……。

しかし、実際に針を落としてみれば、これがなかなか和みのブルースロック大会と申しましょうか、アンクル・ジョン・ターナーのホノボノとしてオトボケ調のボーカルがイイ味出しまくりで、つまりはそれだけバックの演奏パートが楽しくも安定したグルーヴに満ちているんですねぇ~~♪

ジョニー・ウィンターも全篇で快調の弾きまくりですし、おまけに「They Call Me Lazy」では久々にブル~スハ~プまで披露してくれるんですから、たまりません♪♪♪

で、気になる他2名のギタリストの存在なんですが、サイケおやじには何処にいるのか、明確に判断しかねるところでして、そ~言われてみれば、ジェシー・ヒルのR&B名作ヒット「Ooh Pooh Pah Do」と続く「Drivin' Wheel」に参加しているように思えないこともないんですが、ギターソロに関してはジョニー・ウィンターだと素直に感じられても何ら問題ないような気がしますし、このアルバムの魅力は、そんなこんなの些末な事を考える必要性が無いところと思います。

実際、件の「Ooh Pooh Pah Do」にしても初っ端から酔っ払い度数の高いコール&レスポンスからノリノリのブルースロックグルーヴが全開で、ギターソロも炸裂しまくってますからっ!

こ~ゆ~調子がアルバムをブッ通して繰り広げられているんですよっ!

しかもトラック毎の演奏時間が、ほとんど2~4分という短さですから、モタレるなぁ~んて事はありません。むしろ、もっともっと聴いていたいなぁ~~~、という欲張りな物足りなさが、このアルバムの一番の長所と書いてしまえば贔屓の引き倒しかもしれませんが、サイケおやじは好きです♪♪~♪

で、最後になりましたが、このセッションが録られながら、何故に大きな話題にもならなかったのか、まあ、それはサイケおやじの勉強不足ではありますが、当時のジョニー・ウィンターは大手レコード会社のコロムビア~ブルースカイからの契約を終えていたようで、公式リーダー盤の発売状況を振り返ってみると、1980年の「レイジン・ケイン」以降レコード会社を移籍し、アリゲーターから1984年出した「ギター・スリンガー」までの間に謎(?)の空白期があるんですよねぇ~~~。

現実的には、この間のライブ音源も残っているので、全くの活動休止という事じゃ~なかったと思えば、ますます様々な勘繰りも可能ではありますが、軽く考えれば、久々に旧友との再会セッションを楽しんだ記録の様でもあり、本来ならばジョニー・ウィンターをリーダーにした新録が企画されながら、所謂大人の事情で……、みたいな流れから、この楽しいアルバムがひっそりと出されていたのでは???

ちなみに掲載したサイケおやじの私有盤はイギリスプレスと思われますが、こんなに堂々とジョニー・ウィンターとアンクル・ジョン・ターナーが登場しているジャケ写のアメリカ盤なんてあるんですかねぇ~~?

それは非常に気になりますよ。

ということで、これがブートであろうとも、あるいは所謂デモ音源集であろうとも、全く普通に聴ける音質ですから、ブルースロックに興味の抱かれる皆様にはオススメの1枚です。

ただし、収録時間は、30分以下ですから、そこんとこはご了承下さいませ。

まあ、それゆえに聞き飽きはしないはずと思うのみです。
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