Sixteen Tones

音律と音階・ヴァイブ・ジャズ・ガラス絵・ミステリ.....

福島ノラ牛物語

2017-03-23 09:19:24 | 読書
伊坂 邦雄 彩流社(2017/3).

原発事故直後,避難区域を闊歩する牛達のテレビ映像を記憶している.そんな牛のなかの一頭を主人公にした小説.動物達が会話する「ジャングルブック」「荒野の呼び声」「黒馬物語」日本製では「川の光」の流儀である.

サブタイトルは「原発事故を生き残った牛たち」だが,牛達の敵は人間である.繋がれたまま取り残された牛達は人間が避難した後,餓死する.牛舎を解放されたおかげで,人間のいない野山でのびのびと暮らす牛達には,殺処分指示が下される.
この小説の主人公の若い雄牛ちび太 (後にハナキルと呼ばれる) で,原発事故のおかげで去勢を免れる.山場は主人公が麻酔銃で撃たれながらも殺処分から逃れ,怪我をして,イノシシに助けられ,回復するまでのくだりである.

このようにイノシシやカラスが主人公を助けるが,この脇役たちは個性不足.かってラジオで聞いたヤン坊ニン坊トン坊では,善良だが気まぐれなカラスのトマトさんが登場し,子供たちをハラハラさせたが,ああいう面白さには欠ける.
動物同士の会話の描きかたもぎこちない.
最初に人間の子供との交流がある.原発事故後のこの子供達や,もとの飼い主の消息が語られるが,牛たちとの接点がストーリーを左右することはない.

いちど自由を知ったら人間に飼われることには耐えられない.この地域に居れば処分される.というわけで,ラストではこのハナキル牛が若い雌牛とともに数頭の子牛を率いて放射線で汚染された地域から外へと旅立つ.
牛や,その他の動物たちが汚染区域で暮らし,汚染された食べ物を食べて,しかも元気はつらつとしているのが不可解.たしかにカラスの雛の数とか,イノシシの流産・早産などのデータがハナキル牛の耳に伝聞として入ってくる.しかしそれだけでは「旅立ち」に説得力不足である.

著者は「希望の牧場」の獣医.
この牧場は浪江町にあるが,牧場種は殺処分指示に反対して,汚染され経済価値を失った牛たちを自費で世話し続けているとのことである.小説中ではハナキル牛が避難区域で牛たちが残っている牧場を行脚する場面があり,ここをモデルとした牧場も登場する.

例えば寝ていた牛が立ち上がるまでの一挙手?一投足の書き方など獣医さんならでは.だからこそ,動物たちの健康に対する放射線の影響に言及が少ないのが不満.影響は晩発性・遺伝的・確率的だが,それゆえに人間よりライフサイクルが短い動物ではわかりやすいのではないだろうか.

図書館で借用.

☆☆★
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reading

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