会津の重ちゃん日記

日常の出来事、地方紙の記事、街中散策して見聞したことを発信。

下町散策 住吉神社・若松特別地域気象観測所

2014-01-22 18:05:33 | 地域情報
2014年1月22日(水)曇 2.2℃~-4.0℃

秀長寺に隣接して住吉神社がある。西側には応古川が流れており南山の材木が運ばれてきていた。この川原や点在する農家などが戦場になったのだろ。隣接の秀長寺の秀長寺古戦場の碑」などのように境内に小さな標柱「会津藩戦勝地跡」があり、大勝利だった材木町の戦いが偲ばれる。

住吉神社
天照寺境内にあったという。至徳元年(1384)芦名直盛が会津繁栄のために農工商の守護神である住吉神社の勧請を発願し、簗田盛胤に命じて京都に上らせ、将軍足利義満より許されて大阪住吉大社の分霊を材木町の川原に勧請し奉鎮したのをもって創始とする。祭神は、底筒男命・中筒男命・神功皇后を合祀した。

鎮座地:福島県会津若松市材木町1丁目10−13

祭 神:住吉三神
底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)表筒男命(うわつつのおのみこと)・息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)【神功皇后】この四神を総称して住吉大神と云っています。
        
末 社:秋葉社・神明社・八幡社・稲荷社・菅原社

神社の案内版には、北朝の後小松天皇の名と年号が記してあります。
会津藩主(七代) 葦名直盛公の命により鎌倉から当地に来て移住していた簗田盛胤は上京し足利将軍義満公より会津四郡並び隣国まで商人の司となることを許され帰国にあたり大阪住吉大社の御分霊をこの地に勧請して新たに市場を開くことがあれば自ら烏帽子、直垂を着して商人等を従い当神社に詣で市神祭を行い商法の式を定めたという。
これは、正月十日会津若松十日市の始祖なり。
元は簗田市と云って大町に於いて俵引きなどを行った。

住吉神社の北側には会津藩の酒蔵「清美川」があった。その跡地に若松測候所の庁舎があり気象観測をしていた。今は若松特別地域観測所となり福島気象台で管理している。経緯は下記の通り。

若松測候所の前身である猪苗代測候所は大正12年2月磐梯山の火山のため
地震観測と翁島にある高松宮別邸に対する天気予報の提供を主業務 として
猪苗代町から土地の寄贈を受け、福島測候所会津出張所として発足しました。
 若松測候所は、東北、東京両電力会社の賛意と会津若松市や福島県関係機関の
協力もあって昭和27年末正式に設立が決定、昭和28年7月15日より業務を
開始しました。なお、猪苗代測候所は同日に廃止になりました。

 平成22年10月より無人化となり、若松特別地域気象観測所として気象観測を
継続しています。 自動観測による気象データは、NTT回線で福島地方気象台に
送信されており、 気象台では24時間体制で監視しています。 若松の気象データを
お知りになりたい方は、どうぞ気象台までお問い合わせください。