会津の重ちゃん日記

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会津の名庭 可月亭

2014-01-25 16:56:05 | 地域情報
2014年1月25日(土)曇 4.8℃~-6.8℃

 下町の名庭として有名な可月亭は年間多大の費用をかけて維持されている。しかし私邸であるので公開はされていない。
この可月亭については会津風土記やその後の会津若松市史関係書には詳しく記載さていない。
 2011年12月に歴史春秋社より発刊された「会津若松城下絵図」に鍋三・星野三郎治家の庭園として記載されていたので引用します。
星野家は伊勢国の出で、葦名家の家臣であったが、葦名氏の滅亡後は南会津、楢原に住み土地の郷頭となった。文禄2年(1593年)蒲生氏郷の鶴ヶ城築城に際し、材木搬出のため材木町に居を構え材木商を営み財を成した。江戸時代初期には鋳物製造、さらに酒造業を営み成功した。寛保元年(1741年)鍋宗が独立、喜左衛門光忠の長男光博が鍋三本店を継いだ。天保2年(1831年)鍋嘉本店星野家が分家して星野三家となる。
 鍋三・星野三郎治家の庭園は御薬園、攬勝亭、と並び会津三庭園の一つに数えられる。元は葦名氏の重臣の庭と言われ、のち遠州流の目黒浄定により改修された。御薬園と同じ池泉回遊式で中心部に心字の池を配し、磐梯山や青木山、大戸岳などを借景とする。東から月が登ると池に綺麗に映ることで名付けられた。時の藩主も鷹狩りや馬揃えの帰りなどに休憩所として利用した。
 十数年前までは「清滝」の銘柄で酒を造っていたが現在は廃業した。

  ⇒可月亭への交通
西若松駅より徒歩で5分程度。
福島県会津若松市材木町