インドネシア人の友人から手紙を貰った。中に日本語で書かれた手紙が
二通入っていた。友人の手紙によると、彼が現地で世話をした日本人か
らの礼状だと思うが、意味が解らない。文面を教えてくれ、という内容で
ある。二通のうち一通の書出しには"拝復”と書いてあるところからみて
友人の英文の手紙の返事に対する返事だと思う。友人はまったく日本語が
解らない。
"国際化”が言われて久しいが、このような日本人はまだ多い。唯我独尊
というか甘えというかー。通訳の真似事をしていた時、平気で日本語の名
刺を渡す日本人が多いのに閉口した。せめて自分の名前ぐらいローマ字で
添書して貰いたい。相手のことなど配慮しないのである。
通訳泣かせは,長々と一方的にしかも日本人だけにしか通じない諺などを
得意げに話す御人だ。バイリンガルな通訳だって即座に対応できるもので
はない。逆におかしなのは”私の英語はプアーでして”と話す人の英語が
けっしてプアーではないことだ。
国際マナーはある意味では相手への配慮だと思う。言葉の問題ではなく心
の問題だと思う。インドネシア語で”dari hati ke hati"という言葉がある。
”心と心”という意味である。上記の手紙にしても謝意を表するのならば
絵葉書に”terima kasih"(有難う)と一言書いて送るほうがよほど気がきい
ているし、誠意が通じる。
二通入っていた。友人の手紙によると、彼が現地で世話をした日本人か
らの礼状だと思うが、意味が解らない。文面を教えてくれ、という内容で
ある。二通のうち一通の書出しには"拝復”と書いてあるところからみて
友人の英文の手紙の返事に対する返事だと思う。友人はまったく日本語が
解らない。
"国際化”が言われて久しいが、このような日本人はまだ多い。唯我独尊
というか甘えというかー。通訳の真似事をしていた時、平気で日本語の名
刺を渡す日本人が多いのに閉口した。せめて自分の名前ぐらいローマ字で
添書して貰いたい。相手のことなど配慮しないのである。
通訳泣かせは,長々と一方的にしかも日本人だけにしか通じない諺などを
得意げに話す御人だ。バイリンガルな通訳だって即座に対応できるもので
はない。逆におかしなのは”私の英語はプアーでして”と話す人の英語が
けっしてプアーではないことだ。
国際マナーはある意味では相手への配慮だと思う。言葉の問題ではなく心
の問題だと思う。インドネシア語で”dari hati ke hati"という言葉がある。
”心と心”という意味である。上記の手紙にしても謝意を表するのならば
絵葉書に”terima kasih"(有難う)と一言書いて送るほうがよほど気がきい
ているし、誠意が通じる。