「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

1枚の写真 58年前 ドバイの渡し船

2020-02-05 16:38:44 | 2012・1・1

UAE(アラブ首長国連邦)のドバイに30年以上にわたって住む日本人女性の槇島公さんから電話を頂戴した。槇島さんは先年、僕らが1962年、新聞社の移動特派員としてUAEを取材したさい同行のKカメラんがが撮影した写真を「Dubai 1962」として現地で出版された方だ。2009年、Kカメラマンの撮影した写真の展示会が開かれ、僕らも招かれたが大変な盛況だった。今、その写真はドバイの博物館に寄贈されている。

槇島さんの話は僕が58年前の取材で、現地で知り合った日本の個人貿易商が手漕ぎの渡し船で行く姿のスナップ写真(上)を博物館に寄贈してもよいかということであった。(下)の写真は2009年、再訪した際写したものだが、今は手こぎボートなどなくモーター付きの舟がひっきりなしに桟橋を往き来していた。

ドバイの海は奥まった湾である。北九州市の洞海湾に似ている。58年前、僕らは一夜ダウ船(伝統的なアラブの舟)を雇って湾の奥部の首長の王女別邸の夜景を撮影したが、トビウオがが撮影の邪魔になったのを今でも覚えている。ドバイといえば今や超高層の五つ星のホテルが林立する近代的な観光都市だが、半世紀前には二階建て12室しかないホテルが一つしかなかった。僕の撮った1枚の写真がドバイの歴史を語る一助になれば光栄の限りだ。


改めて武漢三鎮作戦 WHO事務局長はまずは前線視察を

2020-02-05 06:39:46 | 2012・1・1
新型コロナウィルス感染の拡大について緊急事態宣言を出しているWHO(世界保健機関)のテドロス事務局長が中国への渡航や貿易についての制限は不必要だ。そんな提言をしたことはないと述べたという。中国では昨日、一日当たりの感染者が3000人をこえ、わが国でも新たに横浜沖のクルーズ船の乗船者10人が陽性と判明した。こんな事態なのに、WHOのトップの認識は大丈夫なのか。

小ブログは先月26日、流行初期の段階で「武漢」という久しぶりに聞く地名から日支事変初期の昭和13年10月の武漢三鎮作戦を想い出し一文した。僕は小学校2年だったが、学校の勝利の提灯行列に参加した。子供だったので、”サンチン”という音の響きの面白さがあって覚えているのかも知れない。しかし、今回改めて調べてみたら、この作戦で日本側だけで戦死者79500人、病死者900人も出し,支那軍は195000人もの遺棄死体を出している(ウィキペデイア)。

武漢三鎮の戦いは、ほとんどの日本人の記憶から失われているが中国ではそうでないかもしれない。習近平はコロナウィルス撲滅を戦争に譬えて、国家を挙げて戦っているとのたまわっている。WHOのテドロス事務局長の発言は理解できないでもないが、習近平は戦争だといっているのだ。事務局長はまずは前線の武漢を視察したほうがよい。