「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

コタコタ.インドネシア(11)テマングン 萬邦大和大結の碑

2020-06-25 17:50:10 | 2012・1・1

中部ジャワの山間の静かな小さな町である。ジョクジャカルタかあ67キロ、マランから15キロ。インドネシア独立戦争時の激戦地の一つである。戦後二代目の在日大使(参謀長)として在勤したバンバン.スゲン氏の生誕地である。街の郊外の小高い丘の上にはバンバン.スゲン氏の銅像が激戦地を指さして経っている。この丘の下の記念館に「万邦大結」と刻まれた石碑が保存されいる。敗戦直後、この町に駐屯していた第48師団、磨大隊が記念に刻造したものだ。石碑は独立戦争で行方不明だったが,戦後30年経って発見され、戦友たちによって再び保存されることになった。

そのバンバン.スゲン氏の末弟のプルノモ氏が平成の時代まで自宅を改造して「寺子屋」という日本語塾を開いていた。プルノモ氏は戦争中、日本軍が造った郷土義勇軍(PETA)の兵士で独立後はインドネシア国軍で少佐まで昇進したが9.30事件に連座し、郷里で、日本時代学んだ日本語を若者たちに教えていた。プルノモ氏の晩年,二回,トマングンを訪れる機会があり軍歌を共にたったが、”ラストサムライ”を名乗る根っからの日本好きだった。(写真はトマングンの英雄墓地)


コロナ専門家会議の廃止と流行の新しい波

2020-06-25 06:41:56 | 2012・1・1

新型コロナ.ウィルス対策に大車輪で活躍していると思っていた「専門家会議」が廃止され「有識者会議」の文科会に変更になると昨日、西村康稔経済開発担当相が記者会見で明らかにした。これと時うを同じようにして脇田隆宇「専門家会議」議長(国立感染症研究所所長)が他の委員と共に日本記者クラブで会見”専門家会議の提言は政府の政策決定と誤解あれていると政府批判ともとれる発現した。

「専門家会議」はコロナ騒ぎが始まった2月以来、緊張事態宣言発動や停止など政府の重大政策前には召集され、安倍晋三総理の国民向け記者会見の前には必ず「専門家会議」を招集し、会見の序言には”専門家会議”の意見を聞いて”と発言していた。

昨日東京では感染者数が55人と5月3日以来の高い記録、全国でも99人と再び3ケタに迫りそうだ。小樽のカラオケ店では9人が陽性と判明,クラスタ―(患者集団)ではないかと心配されている。たしかにコロナ禍も初期のクルーザー船当時とは対応も変化し複雑化してきた。感染症主体のの専門家では対応できなくなってきたのかもいれない。然し、あまり機構や体制いじりはどんなものか。2011年の東日本大震災直後の民主党菅直人内閣のウロチョロぶりが想い出される。