1962年11月、新聞社の移動特派員として湾岸地域を歴訪の途次、首都マナーマに5日滞在した。バ―レーンはペルシャ湾に浮かぶ本島と周辺の23の島からなる、奄美大島ほどの小さな立憲王国である。当時は1972年の独立前、英国の保護国だったが、周囲の湾岸首長国に比べて先進国の感があった。
バーレーンは古くから真珠の生産地として知られ、1930年代初め御木本が人工真珠を売り出す前は世界一であった。それに湾岸地域では初めて1931年石油が発掘されている。そのためか、筆者の訪問時には超高層ビルこそなかったが、他の地域より近代化は進んでいた。しかし、英国籍以外の外国人は英国人専用のホテルに泊れず差別された。イスラムの掟が厳しく禁酒が徹底していて筆者を困らせた。
真珠が終わり石油資源も制限があり次の手を模索中である。