その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

楠木 建 『ストーリーとしての競争戦略』 (東洋経済新社)

2011-05-05 22:56:59 | 
一橋大学の先生が書いた競争戦略の本ですが、分かりやすくて面白く、私の実務感覚にもフィットし、かつ新しい視点を投げかけてくれます。「これっだ!」と思わず膝を叩きたくなるような経営書です。

筆者の主張は、優れた競争戦略とは、個々の打ち手(「誰に」「何を」「どうやって」提供するのかという個別要素)ではなく、そうした要素の間にどのような因果関係や相互作用があるのかを重視し、打ち手をつなぐ「流れ」と「動き」をストーリーとして語ることのできる競争戦略です。ですので、要素にすぎないアクションリストでなければ、経営のテンプレート(フレームワーク)でもなく、成功事例の目立つ所だけ注目したベストプラクティスでもありません。更に、ビジネスの人・モノ・金の流れを示す「ビジネスモデル」を示すチャートとも少し違って、戦略ストーリーの絵には「動画的に」因果関係や時間軸の要素が入って行きます。

本書ではこのストーリーとしての競争戦略の概要を紹介したのち(第1章)、既存の競争戦略の基本論理である業界構造の分析、競争ポジショニング(Strategic Positioning)、組織能力(Organizational Capability)をおさらいします(第2章)。そして、戦略ストーリーを支える5C(Competitive advantage, Concept, Components, Critical core, Consistency)を(第3章)、特にそのキーとなるConcept(4章)とCritical core(5章)について詳細に胆を解説してくれます。一つ一つの指摘、解説が腑に落ちるもので、非常に納得感の高いものです。

特に、興味深かったのは、クリティカルコア(戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素)の説明です。このクリティカルコアのポイントの一つとして「一見して非合理に見える」ということがあります。良く良く考えれば合理的な要素でも一見非合理に見えるがゆえに、競合他社は、真似しないし、クリティカルコア抜きのベストプラクティスとしての真似は他のアクションプランや組織能力との整合性が取れないので、上手くいかないわけです。スターバックスの直営方式での出店へのこだわり、アマゾンの物流センターへの投資などがその事例です。

一読して思うことは、当たりまえのことですが、後は如何に、本書を踏み台にして、どこまで自分や企業が考え抜けることができるか?です。ゴルフの教本を100冊読んでもゴルフは上達しません。本書を如何に自分で消化し、引き付け、応用するか?優れた経営戦略はなかなか真似できないものであるがゆえに、本書を読んで、優れた経営戦略が作れるようになるわけではないというのが、現実の難しさであり、面白さだと思います。
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