★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

10円で十分だったんだ

2017年10月10日 07時21分49秒 | 徒然(つれづれ)
 保育園に通っていた頃には、すでに友達というコミュニティが存在し、帰宅してから私たちは、親にもらった小遣いの10円玉を握り締めて、近所の駄菓子屋という社交場に集まり親交を深めていた。

 10円で買えるものはいろいろあったが、そのすべてを買えるわけではないので、日々何を買うか悩みに悩み抜いたものだ。
 私のお気に入りは当て物だった。
 一等賞は副賞の玩具が付いた甘納豆の大袋、二等、三等と下がって行き、末等のスカは甘納豆の小袋だった。
 私たちは10円で大きな夢を狙っていたのだ。
 今の競馬好きは、その頃の射幸心の発露の影響かもしれない。

 子供心に10円というのは、自分の意思で使える最大限の金額だったような気がする。
 その頃の私たちはそれを貯めて、50円、100円にしようとは露ほども思わなかった。
 それをいかに有意義に消費するかが問題だったのだ。
 貯めこんでしまうと、もっと貯めようとか、使うのがもったいなくなるものだ。
 10円あれば今日欲しいものが買える。
 明日はまた明日の10円がある。
 
 子供の私にはそれで十分、それで十全だったのだ。
 
 
 
コメント
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