「今日はなんて暖かい日なんでしょう! 上田君、英語に直して」
桃地先生が僕を当てる。
教育実習の桃地先生は、アイドルには敵わないが、クラスの女子が束になっても勝てないくらい美人だ。
先週初めて授業を受けて僕はファンになった。僕だけじゃない。クラスの男子の半分くらいがそうだった。
「ホワット・ア・ワーム・デイ・トゥデイ」
僕は自信満々に答える。
今日のために珍しく例文を予習して来たのだ。
「惜しいなあ、ちょっと発音が違ってるよ」
先生は黒板に英文を書きながら言った。
Whatの発音だろうな。ホとワの中間くらいの音だけど、結構難しいんだよな。
「ホワッ、ホアッ、ワッ・・・」
僕は何種類かのWhatを、口に出して言ってみる。
「それじゃなくて、暖かいが間違ってるわよ」
先生は黒板のwarmを指差す。
「ワーム・・・?」
僕は言う。
「ワームじゃなくてウォームでしょう。このaはオと発音するのよ」
ウォの形に尖らせた先生の口がキスを連想させる。
「ワームだと虫になっちゃうじゃない。それもミミズとかヒルとか毛虫とか、気持ち悪い虫ね」
「じゃあ、気持ちいい虫ってなんですか?」
先週は監視役の先生がいたが、今日はいないのをいいことに、ガキ大将の大山がチャチャを入れる。
「そうね、たとえば蝶とかバッタとかカマキリとかね。そういうのをインセントというの」
「でも、蝶はいいけど、バッタもカマキリも気持ち悪いですよ」
クラス委員の麻紀が言う。
僕にしてみたら、蝶だろうがなんだろうが、虫はすべて気持ち悪い。
「ごめん、ごめん。ワームとインセントの違いは気持ち悪いかいいかじゃなくて、足があるかないかなのね。もう少し詳しい分類があるかもしれないけど、それは生物の先生に聞いてね」
ちょうどその時終業のチャイムが鳴った。
その日は土曜日で、僕たちは急いで帰る準備をして教室を出た。
僕と大山は真っ直ぐ海岸へ向かった。
海は暖かい春の日差しの中で、キラキラと輝いていた。
波止場に着くと、大山は親父さんの漁船に乗り込んで、釣竿を二本持ってきて、一本を僕に渡す。
晴れた土曜日は、波止場で釣りをするのが僕たちの日課になっていた。
僕たちは海岸の砂と泥が混じったあたりで餌のゴカイを探す。
十数匹のゴカイを、転がっていた缶詰の空き缶に入れて波止場へ戻る。
僕たちは定位置に座り、釣り針にゴカイをつける。
「ジス・イズ・ア・ワーム」
大山がゴカイを指差して言う。
「ホワット・ア・ワーム・デイ・トゥデイ」
僕は言いながら釣竿をしならせ、釣り針を遠くへ投げた。
(了)
桃地先生が僕を当てる。
教育実習の桃地先生は、アイドルには敵わないが、クラスの女子が束になっても勝てないくらい美人だ。
先週初めて授業を受けて僕はファンになった。僕だけじゃない。クラスの男子の半分くらいがそうだった。
「ホワット・ア・ワーム・デイ・トゥデイ」
僕は自信満々に答える。
今日のために珍しく例文を予習して来たのだ。
「惜しいなあ、ちょっと発音が違ってるよ」
先生は黒板に英文を書きながら言った。
Whatの発音だろうな。ホとワの中間くらいの音だけど、結構難しいんだよな。
「ホワッ、ホアッ、ワッ・・・」
僕は何種類かのWhatを、口に出して言ってみる。
「それじゃなくて、暖かいが間違ってるわよ」
先生は黒板のwarmを指差す。
「ワーム・・・?」
僕は言う。
「ワームじゃなくてウォームでしょう。このaはオと発音するのよ」
ウォの形に尖らせた先生の口がキスを連想させる。
「ワームだと虫になっちゃうじゃない。それもミミズとかヒルとか毛虫とか、気持ち悪い虫ね」
「じゃあ、気持ちいい虫ってなんですか?」
先週は監視役の先生がいたが、今日はいないのをいいことに、ガキ大将の大山がチャチャを入れる。
「そうね、たとえば蝶とかバッタとかカマキリとかね。そういうのをインセントというの」
「でも、蝶はいいけど、バッタもカマキリも気持ち悪いですよ」
クラス委員の麻紀が言う。
僕にしてみたら、蝶だろうがなんだろうが、虫はすべて気持ち悪い。
「ごめん、ごめん。ワームとインセントの違いは気持ち悪いかいいかじゃなくて、足があるかないかなのね。もう少し詳しい分類があるかもしれないけど、それは生物の先生に聞いてね」
ちょうどその時終業のチャイムが鳴った。
その日は土曜日で、僕たちは急いで帰る準備をして教室を出た。
僕と大山は真っ直ぐ海岸へ向かった。
海は暖かい春の日差しの中で、キラキラと輝いていた。
波止場に着くと、大山は親父さんの漁船に乗り込んで、釣竿を二本持ってきて、一本を僕に渡す。
晴れた土曜日は、波止場で釣りをするのが僕たちの日課になっていた。
僕たちは海岸の砂と泥が混じったあたりで餌のゴカイを探す。
十数匹のゴカイを、転がっていた缶詰の空き缶に入れて波止場へ戻る。
僕たちは定位置に座り、釣り針にゴカイをつける。
「ジス・イズ・ア・ワーム」
大山がゴカイを指差して言う。
「ホワット・ア・ワーム・デイ・トゥデイ」
僕は言いながら釣竿をしならせ、釣り針を遠くへ投げた。
(了)