★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

ワーム

2017年10月20日 21時14分54秒 | 徒然(つれづれ)
「今日はなんて暖かい日なんでしょう! 上田君、英語に直して」
 桃地先生が僕を当てる。
 教育実習の桃地先生は、アイドルには敵わないが、クラスの女子が束になっても勝てないくらい美人だ。
 先週初めて授業を受けて僕はファンになった。僕だけじゃない。クラスの男子の半分くらいがそうだった。
「ホワット・ア・ワーム・デイ・トゥデイ」
 僕は自信満々に答える。
 今日のために珍しく例文を予習して来たのだ。
「惜しいなあ、ちょっと発音が違ってるよ」
 先生は黒板に英文を書きながら言った。
 Whatの発音だろうな。ホとワの中間くらいの音だけど、結構難しいんだよな。
「ホワッ、ホアッ、ワッ・・・」
 僕は何種類かのWhatを、口に出して言ってみる。
「それじゃなくて、暖かいが間違ってるわよ」
 先生は黒板のwarmを指差す。
「ワーム・・・?」
 僕は言う。
「ワームじゃなくてウォームでしょう。このaはオと発音するのよ」
 ウォの形に尖らせた先生の口がキスを連想させる。
「ワームだと虫になっちゃうじゃない。それもミミズとかヒルとか毛虫とか、気持ち悪い虫ね」
「じゃあ、気持ちいい虫ってなんですか?」
 先週は監視役の先生がいたが、今日はいないのをいいことに、ガキ大将の大山がチャチャを入れる。
「そうね、たとえば蝶とかバッタとかカマキリとかね。そういうのをインセントというの」
「でも、蝶はいいけど、バッタもカマキリも気持ち悪いですよ」
 クラス委員の麻紀が言う。
 僕にしてみたら、蝶だろうがなんだろうが、虫はすべて気持ち悪い。
「ごめん、ごめん。ワームとインセントの違いは気持ち悪いかいいかじゃなくて、足があるかないかなのね。もう少し詳しい分類があるかもしれないけど、それは生物の先生に聞いてね」

 ちょうどその時終業のチャイムが鳴った。
 その日は土曜日で、僕たちは急いで帰る準備をして教室を出た。
 僕と大山は真っ直ぐ海岸へ向かった。
 海は暖かい春の日差しの中で、キラキラと輝いていた。

 波止場に着くと、大山は親父さんの漁船に乗り込んで、釣竿を二本持ってきて、一本を僕に渡す。
 晴れた土曜日は、波止場で釣りをするのが僕たちの日課になっていた。

 僕たちは海岸の砂と泥が混じったあたりで餌のゴカイを探す。
 十数匹のゴカイを、転がっていた缶詰の空き缶に入れて波止場へ戻る。

 僕たちは定位置に座り、釣り針にゴカイをつける。
「ジス・イズ・ア・ワーム」
 大山がゴカイを指差して言う。
「ホワット・ア・ワーム・デイ・トゥデイ」
 僕は言いながら釣竿をしならせ、釣り針を遠くへ投げた。 

           (了)
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二十歳の原点

2017年10月20日 00時28分03秒 | 徒然(つれづれ)
 高野悦子の「二十歳の原点」と奥浩平の「青春の墓標」は、大学時代の私たちにとって、一種の青春の指標みたいな書籍だった。
 まわりの連中が読んで話題にしているのを見て、私も取りあえず読んでみた。

 当時の私にはピンと来なかった。
 とにかく暗い。
 その暗さは著者が無理やり追求した暗さに思えた。
 大学生活の明るい側面に敢えて背を向けた、どこかアウトロー的な雰囲気がどうにも共感できなかった。
 反面、自分の刹那的な能天気さが、悪いことのようにも感じた。

 時代が違っていたからだろう。
 私たちの時代には、両著の背景の学生運動は終焉を迎えていた。

「二十歳の原点」は京都が舞台なので、見聞きした場所や地名がやたらと登場する。
 ジャズ喫茶「しあんくれーる」は、本来ならジャズに興味を持ったり、ジャズ喫茶の退廃的な雰囲気に憧れて訪れるべき場所なのに、「二十歳の原点」の暗いイメージが先行して、学生時代には、ついぞ行くことはなかった。

 高野や奥と同世代で、彼らと同じように学生運動に身を投じ、悩んだ学生のほとんどが、大学を卒業すると熱が冷めたように、「いちご白書をもう一度」ではないが、「もう若くないさ」と言い訳して、普通の社会人となっていった。
 そのことを踏まえて読み直すと、ふたりとも純粋であったがために、早まってしまったようだ。
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