◎間違えられた男
出だし、工藤栄一のような逆光でヒッチコックが登場して、本当の話だと前置きする。とぼけた顔を見せないのがいいよね。
それはさておきベラ・マイルズ綺麗だな。親不知を抜くのに借金しないとっていう肝心の話のときに、人間の歯と顎の進化の話にもっていって、ベラの美しさがその進化の結晶だといってまぐあいに入る巧さといったらない。筋立ての全部がここにあるじゃんね。
で、ヘンリー・フォンダはベース奏者なんだけど、全編にわたってベースが流れる。不気味な感じで効果的だ。気が利いてる。
たしかに1956年作だからのんびりした展開ではあるんだけど、ついつい見入っちゃうのは演出の巧さだね。
うまさといえば、ヘンリー・フォンダの静かな慌てぶりがうまい。ベラ・マイルズもそうだけど、おさえた感情の演技は観ていて気持ちがいい。邦画だったら叫びまくって焦りまくって怒鳴りまくって感情むきだしで、だんだん鬱陶しくなって嫌気がさしてくる。
もうひとつ、カメラワークだけど、保釈されるときに、カメラは通路から監視窓越しに撮ってて、ヘンリー・フォンダが名前を呼ばれてふりかえるやすうっと引く。すると小さな窓のフレームが画面いっぱいになって、そこへフォンダの目が迫り、声の聞こえた方を見るんだけど、このとき両目はクローズアップになる。さすがに、うまいな。
カメラワークはもうひとつへ~っておもうことがある。当時はよくある演出なのかもしれないけど、ヘンリー・フォンダが家に帰ってきたとき、玄関に入るのをカメラは追って中に入るんだけど、このとき、フォンダはドアを開けて中に入り、開けたドアを閉める演技だけする。そうしないとワンカットで撮れないからね。でもこの演技が自然なんだなあ。
で、ベラ・マイルズがノイローゼになっていく過程もちょっとしたことを積み重ねていくんだけど、ここも抑えられてて好感が持てる。ふた晩眠れずにフォンダを待ってるところが、なるほどとおもうのは、彼女が寝間着に着替えてないのと、でもベッドメイキングだけはちゃんとしてあるってことだ。細かいな、演出が。
ただまあ当時のアメリカの暮らしはわかんないけど、ベース奏者ってみんなこんな良い暮らしをしてるんだろうか?親不知を抜くお金を借りないといけないのに、なんだか高級そうな町家に住んでるように見えるのは僕だけなんだろうか?