▽童貞物語(1986年 日本 103分)
監督/小平裕 脚本/掛札昌裕 企画/天尾完次
プロデューサー/稲生達朗 仁保精一 磯辺春延
撮影/加藤雄大 美術/筒井増男 音楽/たかしまあきひこ
主題歌/古村比呂 A面『バージンボーイ』B面『プラトニック』
出演/古村比呂 光石研 畠田理恵 イヴ もたいまさこ 沢田和美 八神康子 堤大二郎 千石規子
▽古村比呂&畠田理恵デビュー
当時、東映大泉の作品は、脚本をつくる際、脚本家を旅館に入れた。
東映がおもに利用していた旅館は、西荻窪の木村館、荻窪の藤吉、中野の福屋、新宿の常盤館、東銀座の熱海荘といったところで、いまでは熱海荘しか残っていない。ただ、もうひとつだけ、この時期に天尾完次とその一派の使用していた旅館がある。本郷の鳳明館だ。
鳳明館は大きな純和風旅館で、本館のほかに台町別館と森川別館がある。本作は、その鳳明館で書かれた。早稲田大学映画制作グループひぐらしの有志による下書き原稿を、脚本家の橋場克彦が構成しなおし、掛札昌裕が書いた。鳳明館はこの作品の前後、数年間だけ利用されたが、天尾完次と稲生達朗しか利用しなかった。
この古色蒼然とした旅館で仕上がった脚本は、後に公開されたものとはまるで異なる。主人公は菊池弘といって浅草の天ぷら屋の息子なんだけど、もちろん、東宝の若大将へのオマージュによるもので、ウインドサーフィンが趣味の大学生だ。
御前崎や湘南が彼の庭で、ここで爺さんバンドと知り合い、その年老いた連中の恋物語に、主人公とその仲間たちが関わり、海とヨットとウインドサーフィンとバンドの物語が展開される。つまり、後に撮影された『童貞物語』とは全然ちがうやけに爽やかな話だった。
ところが、この準備稿に横槍が入れられ、再準備稿が作られることになった。場所は、熱海荘。撮影は再準備稿を元にした決定稿で行われたんだけど、本来の準備稿による撮影台本で撮られれば、どうだったんだろね。
さらにちなみに、映画の中で古村比呂が海辺でクラシックバレエを踊る、おそろしいほどに奇妙な、水着の挿入画面は、斜陽期の映画の、なんとも哀れというか、そこはかとない物悲しさを誘うけど、これは、のちに再撮影されてぶちこまれたカットで、もともとはなかった。
まあ、映画というのは、そんなふうにして完成に漕ぎつけるんだね。
大変だわ。