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☆=☆☆☆☆☆
◎=☆☆☆☆
◇=☆☆☆
△=☆☆
▽=☆

ハリー・ポッターと謎のプリンス

2024年01月06日 01時12分59秒 | 洋画2009年

 ◎ハリー・ポッターと謎のプリンス(Harry Potter And The Half-Blood Prince)

 

 どうも、この作品から見ないようになってる。実は何度見ても、忘れちゃう。なんというのか、いちばん最初の設定とはちがった物語の進行をしてきちゃったんじゃないかって気がしてならないんだけど、そんなことはないんだろうか?

 謎のプリンスが誰かっていういちばんの主題は、あとづけのような気がするんだよね。

 ロケーションがスコットランドの断崖になってきたりして、背景の荒々しさが、登場人物たちの三角関係めいた仲たがいをよけいに烈しくつらくさせてるような。そんな効果はあるんだけど、ちょっとまだるこしい気もする。ハリーが急におとなになって、やけに色気づいた感じがどうも違和感あるし。

 デヴィッド・イェーツの演出はやっぱりハードで、アラン・リックマンがよくこんな簡単な最期で承諾したなって気もしないではない。

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レクイエム(2009)

2023年11月03日 13時57分05秒 | 洋画2009年

 ☆レクイエム(Five Minutes of Heaven)

 

 原題があんまりよくないから別な邦題をつけたくなる気持ちはわかるんだけど、つまらない題名だな。

 さらには、リーアム・ニーソン、ほとんど出てこんじゃないか?とおもったら出てきた。いやあ、リーアム・ニーソンもジェームズ・ネスビットもちから入っとるなあ。北アイルランド問題はもはやどうしようもないくらいに根深いものになってるんだけど、30年という歳月を経てのちに、兄を殺された男と殺した男が、テレビ番組で対談しなければならないっていう設定はそれだけでもよくおもいついたなあっておもう物語で、こういうのはなかなかできないね。右派民兵組織アルスター義勇軍ってのも初めて知ったわ。

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静かなる叫び

2022年12月12日 20時29分49秒 | 洋画2009年

 ◇静かなる叫び(Polytechnique)

 

 わからないことがいくつかあって、まずはなんで白黒にしたんだろうってことだ。ドゥニ・ビルヌーブは、好きな監督なんだけど、ときどき、こういうことがある。批評家受けは好さそうなんだけど、ぼくにはよくわからない。どうせだったら血だけ色をつけてほしかった気もするけどね。

 1989年12月6日、カナダのケベック州モントリオールにあるモントリオール理工科大学。ここで銃の乱射事件があったことは実は知らなかった。なんとなくカナダは遠い。カリーヌ・ヴァナッスの演じる女子学生は、女であることを自覚しててちゃんとすね毛のお手入れもしてるけど、でも機械工学の勉強にも余念がなく、勉強よりも煩悩の方が多そうな男子学生には講義のノートを貸してやったりする。けど、出産のために辞められちゃ困るんだよな~っていう男尊女卑ってほどでもないけどきわめて男女間の差別には無意識な悪意をもった就職相談の担当野郎への反論は我慢しなくちゃいけないっていう立場にある。こういう彼女らがいるところへ「ぼくはフェミニストを憎んでるんだよ!」てな犯人が突撃してくるんだけど、この事件のトラウマに苛まれるのはわずかな尺で、あらかたは事件を追ってる。

 ただ「ぼくの人生を破滅させたフェミニストをあの世へおくる」ってな手紙を遺したりして、そんな決意をさせるフェミニストってなんか意味あるのか?なにか別な人間の種類を象徴させてるのか?ておもうくらい、理解しがたい感情が継続してる。で、ずうっと蜂の羽音のような音の震えが続いてる。

 まあこのあたりはわかるんだけど、はっきりいってグランドホテル形式の出だしは退屈だ。なんか変なの。なんでこいつ銃をぶっぱなしてるだけでもっと確実に狙わないんだろ。たまたま弾があたった女子学生がいるってだけで、狂気ばしった目つきのわりにはなんにもしてない。そんなふうに受け取れる画面展開だった。

 なんだが、血走ってるわりには緩慢な犯行で、気持ちはあっても行動が上ずってる観がありありだ。だから、肩を撃ち抜かれた子がいれば、即死の子もいたり、学館のロビーに来たんならここでつぎつぎに撃たないのはなんで?てな疑問も浮かんじゃうのかもしれないし、あまりにも行動がとろい男を追いかける必要性も感じない。

 まあ、そんなふうに中途半端な印象を受けたんだけど、たぶん、ぼくの見方は浅いんだろうな。

 
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正義のゆくえ

2022年10月16日 01時26分33秒 | 洋画2009年

 ◇正義のゆくえ(Crossing Over)

 

 観ていてつらかったのは、ハリソン・フォードがグランド・ホテル形式のひとりにされてしまったことだ。単独で主役は張れないのかな~とおもって観ちゃったわ。それはともかく、メキシコからの不法移民はアメリカにとって深刻な問題で、人権と国益のせめぎ合いなのはよくわかる。そうしたことをちったあ考えてくれよっていう物語だね。

 でも、ハリソン・フォードがいったんは見逃してやろうとしたアリシー・ブラガだけど、彼女を連行してしまったことに胸をいためるわけだね。そりゃそうだろう、持ち前の正義感からすれば、どうしてもそうなるし、彼女の残した子供を見つけてとりあえずメキシコの実家に連れていってやる気持ちはよくわかる。ちなみに関係ないことながら、このときハリソン・フォードの乗ってる自家用車が好い色なんだよね。黒にかぎりなく近い深緑なんだけど、ええね~。話はもどって、結局は、このアリシー・ブラガは悪徳業者に騙されて国境を越えて帰ろうとしたんだけど、その一歩手前で息をひきとる。身につまされる悲惨な結末なんだけど、こうした現実味を伝えるべきか、それとも物語として少しは希望を持たせる母子の再会に持ち込むかは難しいところだ。

 アシュレイ・ジャッドとアリス・イヴはご贔屓のふたりだけど、映画の中の立場は反対だ。巡り合うことはないけど、不法移民の娘をなんとか引き取りたいと考える慈善的なアシュレイ・ジャッドと、オーストラリアからの不法移民ながらそれをなんとか伏せてアメリカ国籍を取りたいと移民判定官に抱かれるアリス・イヴを繋いでいるのは、その判定官にしてアシュレイ・ジャッドの夫のレイ・リオッタなんだよね。でも、この部分が余計なんだな。

 すでにアメリカ国籍を取ってるクリフ・カーティスと巡り合っていくアメリカ国籍をとる寸前で強盗しちゃう韓国人ジャスティン・チョンの物語はそのままにして、ハリソン・フォードの物語を膨らませて欲しかったわ。

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ゾンビランド

2022年07月05日 21時15分11秒 | 洋画2009年

 ◎ゾンビランド(Zombieland)

 

 胃弱のひきこもり童貞青年ジェシー・アイゼンバーグは、なにか食べるとトイレに行きたくなる。紙はちゃんと畳んで使う。そう、繊細くんはそのとおりなんだ。ゾンビを相手どって戦うときも、ルールをつくる。それも、32個。そう、オタクはそうでなくちゃいけない。わかってるじゃないか。手を叩いて笑うたわ。

 いや、おもしろかった。

 実在する究極のジャンクフードその名もトゥインキーに溺れるウディ・ハレルソンもそうだが、エマ・ストーン、アビゲイル・ブレスリンといった蓮っ葉なのか現代的な偶像なのかわからない女の子ふたりとも、がんばってる。なんといっても、ビル・マーレイが本人役で登場してきたのには、びっくりしたわ。

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ソウル・キッチン

2021年11月19日 15時28分40秒 | 洋画2009年

 ☆ソウル・キッチン(2009年 ドイツ、フランス、イタリア 99分)

 原題 Soul Kitchen

 staff 監督/ファティ・アキン

     脚本/ファティ・アキン アダム・ボウスドウコス 製作/ファティ・アキン クラウス・メック

     音楽スーパーバイザー/クラウス・メック 撮影/ライナー・クラウスマン

 cast アダム・ボウスドウコス モーリッツ・ブライプトロイ ビロル・ユーネル ウド・キア

 

 ☆魂の食堂

 ハンブルクのヴィルヘルムスブルク郊外。

 そこに、この薄汚れた倉庫をちょっとだけ改造した食堂がある。

 ちょっとだけっていうのは、厨房とBARを造り付けただけってことだけど、これが、いい。この、いかにも町はずれにありそうな、いかにもマニアの集まりそうな食堂が、映画の舞台だ。ヨーロッパはこの頃、かつてニューヨークがそういわれたように、人種のるつぼになりつつある。いろんな国から移民がやってきて、なになに系なんとか国人てな感じで、生まれた国と育った国と働いている国とがみんな違っているのもざららしい。

 この映画もそんな雰囲気だ。

 登場人物の国籍や人種だけでなく、設定されている状況もまるで違う。場末の食堂を営んでいる、どこまでもゆるく、けど心やさしい主人公の回りに、仮出所したばかりの兄貴、腕は超一流ながらナイフ投げが得意なシェフ、絵描きを目指しているウェイトレス、ミュージシャン希望の従業員、家賃を払わない居候の船大工などなど、るつぼ状に設定されている。

 そこへもって、兄貴が盗んできたDJセットに掛かる音楽も、統一性ゼロ。もしも、ぼくに音楽の素養があれば、もっと楽しめたんだろうけど、ともかく、ごっちゃ混ぜながら、それでいて単純な筋立てになっている。

 簡単にいってしまえば、お人好しの兄弟の営む食堂に、奇妙な雇い人たちが集まってはくるものの、失恋、追徴課税、保健所指導、ぎっくり腰、盗品使用など、非常事態がつぎからつぎへと襲いかかり、そのたびごとに挫折しかかるんだけど、なんとなく上手に乗り越え、なんとかすこしずつ繁盛し始めたのも束の間、かれらの人の好さを利用して土地を掠め取られちゃうんだけど、

「おれたちの魂(食堂)をとりもどすんだ」

 と奮闘していく物語ってことになるんだけど、これが、なにからなにまで現代のドイツの如くるつぼ化した状態のまま、過激に展開する。くわえて、作られる料理は実にうまそうで、さらに、ノリが好い。これって、簡単に撮れそうで、その実、センスがなかったら撮れない映画だとおもうんだよね。

 人間、いろんな挫折があるんだけど、そのたびごとに前向きに、でも、落ち込まずに開き直って愉しめば、仲間はきっと応援してくれるし、いつか成功するときが来るかもしれないよねっていう、そこはかとない優しさと過激さに包まれた、ゆる~い作品。

 おもしろかった。

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ブライダル・ウォーズ

2021年04月04日 18時40分24秒 | 洋画2009年

 △ブライダル・ウォーズ

 

 結婚式に出たことから結婚に憧れる幼なじみのふたりが喧嘩したり仲直りしたりといろいろあってダブルで結婚式をあげようとするんだがやっぱりそこでも揉めて取っ組み合いになった果てにふたりならんでダブルウェディングを挙げるというだけのありきたりな話。アン・ハサウェイはほんとに作品に恵まれないことが多いね。

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エスター

2020年05月18日 19時50分58秒 | 洋画2009年

 ◇エスター(2009年 アメリカ 123分)

 原題/Orphan

 監督/ジャウム・コレット=セラ 音楽/ジョン・オットマン

 出演/ヴェラ・ファーミガ イザベル・ファーマン アリアーナ・エンジニア

 

 ◇9歳だという孤児

 いつもおもうことだけど、この映画のポスターだけはどうにも好きになれない。嫌悪感すら覚える。

 まあ、劇中に登場するエスターなんだけど、その隠されていた性格というか真実の顔が描かれてるってことなんだろう。でも、おもわず目をそむけたくなる。だから観ず嫌いだったんだけど、たしかに愉快な映画ではないわね。

 得たいの知れない9歳だと自称するロシアの娘というだけで、まるで正体は知れないんだけど、途中で、あ、成長ホルモンの障害かなにかねとわかってくると、あとは役者への興味に変わる。そこまではひっぱられたかな。だから、あれだね、ポスターは全体の印象をつくっちゃうし、ばればれなものってのはどうかなって気がしちゃう。ここは予想もつかない展開って匂わせるくらいの方がよかったんじゃないかな。

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ウォッチメン

2020年05月10日 13時16分44秒 | 洋画2009年

 ◇ウォッチメン(2009年 アメリカ 163分/186分/215分)

 原題/Watchmen

 監督/ザック・スナイダー 音楽/タイラー・ベイツ

 出演/マリン・アッカーマン ビリー・クラダップ マシュー・グッド パトリック・ウィルソン

 

 ◇1930年代から現代まで

 そのアメリカの歴史の影に常に存在して、社会を見つめてきた連中の話なんだけど、実はよくわからない。

 やがて物語が進むにつれて主人公たちの過去が見えてくるんだけど、それでもDr.マンハッタンとロールシャッハしかわからん。もちろんそれは原作の漫画を読んでいないからで、その蓄えがなければ実はあんまりおもしろくないのかもしれない。映像はたいしたものだっておもうけどね。

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月に囚われた男

2020年04月04日 01時12分11秒 | 洋画2009年

 ☆月に囚われた男(2009年 イギリス 97分)

 原題/Moon

 監督/ダンカン・ジョーンズ 音楽/クリント・マンセル

 出演/サム・ロックウェル ケヴィン・スペイシー ドミニク・マケリゴット カヤ・スコデラリオ

 

 ☆月に意思があるのか?

 ダンカン・ジョーンズはデヴィッド・ボウイの息子だそうだけれども、いや、親の七光とかまったくなくって、長編の処女作だっていうのに脚本が実によく考えてある。クローンが自己に目覚めてしまったことから起きる滑稽な悲劇なんだけど、なんだか『人間牧場』をおもいだした。

 低予算の映画にしてはミニチュアもいいし、単調ながら音楽もまたいい。

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冷たい雨に撃て、約束の銃弾を

2019年12月12日 22時07分38秒 | 洋画2009年

 ◇冷たい雨に撃て、約束の銃弾を(2009年 香港、フランス 109分)

 原題/復仇 英題/Vengeance

 監督/ジョニー・トー 音楽/ロー・ターヨウ バリー・チュン

 出演/ジョニー・アリディ シルヴィー・テステュー アンソニー・ウォン マギー・シュー

 

 ◇ドロン主演予定だったのに

 アラン・ドロンが主役の本作を見たかったけど、ちょっと年が行き過ぎてかもしれないね。

 頭部に受けた弾丸が徐々に記憶を蝕んでいくってのはなんとも現代的で、殺されたのが誰なのかも、自分が誰を殺そうとして誰と手を組んでいるのかすらも忘れていくっていう設定は、これまでに観たことないような気がするわ。

「彼は忘れても、俺は約束した」ってのは、いい台詞だ。

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戦場カメラマン 真実の証明

2017年04月30日 19時39分17秒 | 洋画2009年

 ◇戦場カメラマン 真実の証明(2009年 アイルランド、スペイン、ベルギー、フランス 100分)

 原題 triage

 監督・脚本 ダニス・タノヴィッチ

 出演 コリン・ファレル、パス・ベガ、クリストファー・リー、ジェイミー・シーヴェス、ケリー・ライリー

 

 ◇死者のみが戦争の終わりを見てきた

 っていうプラトンの言葉が最後に掲げられるんだけど、つまりはそういうことだ。

 戦場で死んでしまった者にしか、その場の苦しさ辛さ悲しさはわからないかもしれない。

 この映画もそういう観点から撮られてるんだけど、パス・ベガの父親クリストファー・リーが探偵役になるとはおもってもみなかった。リーの演じた精神科医なのかリハビリテーション医なのかよくわからない謎の医師は、フランコの時代に少なくない兵士たちを「治療」したというなにやらいわくありげな医者で、なんとも血なまぐささを感じる。だから娘のパスもやけに感情的になって父親と対峙するんだけどね。

 それはそれとして、つまりこれはPTSDの治療にはちがいないんだけれども、その実、行方不明になっている親友ジェイミー・シーヴェスについての捜査でもあるんだね。もちろん、伏線はあった。原題にあるようにトリアージで、それも青い附箋と黄色い附箋だけで生死を分けられ、医師ブランコ・ジュリッチによって安楽死させられてゆく兵士たちが描かれたときから、これが伏線だなとおもってた。

 まあ、そのあたりは予想どおりの展開なんだけど、戦場はもう嫌だ、帰りたい、子供がもうすぐ生まれるんだ、おれは子供の顔を見に帰ると告げていたジェイミー・シーヴェスの被弾はあまりにも残酷だし、その行方不明の真相が安楽死に近いものであると告白しなければならないコリン・ファレルもまた生き残ってしまった者の苦しさに苛まれる。辛いところだ。

 もっとも、この作品の場合、戦争の犠牲あるいは戦場の非情といったものは描かれてはいるけれど、もしかしたら戦場がイラクである必要があったのかどうか。というより、イラクでなくてもよかったかもしれない。ただ、近代戦であることは疑いなく、戦場カメラマンという職業が存在する時代である必要はある。だから、かれらが目撃し、体験したことが物語になるし、親友を助けるために川へ飛び込んだものの、結果としてそれが仇になってしまって親友は川を流されてしまって溺死していくという辛すぎる真実を告白することが、残された者たちの救済になるという皮肉の物語が成り立つんだなと。

 ただ、物語の展開からすると、トリアージにはならないんだよね。瀕死の重傷を負っているジェイミー・シーヴェスはコリン・ファレルが離さなければもしかしたら生きていられたかもしれず、だからコリン・ファレルは自責の念に苛まれるんだけど、これ、原題どおりならそうじゃないよね。川から助けられるんだけど、その後があるはずだよね。だって、服と靴が見つかったっていう報せが来るじゃん。で、パス・ベガに問い詰められるじゃん。あなたのほかに彼を知っている人が戦場にいたんじゃないのと。つまりそれはブランコ・ジュリッチだよね。となると、こんな想像が成り立つ。コリン・ファレルとブランコ・ジュリッチはふたりしてジェイミー・シーヴェスをトリアージしたにちがいないと。親友をみずから安楽死させてしまったという体験は絶対に口にすることはできないよね。そうであれば、謎の医師クリストファー・リーの存在も生きてくる。

 カットして短くしちゃったでしょ、この映画?

 

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きみがぼくを見つけた日

2016年04月25日 19時58分35秒 | 洋画2009年

 ☆きみがぼくを見つけた日(2009年 アメリカ 110分)

 原題 The Time Traveler's Wife

 監督 ロベルト・シュヴェンケ

 

 ☆ブラピはなぜ主演しなかったのか?

 ブラット・ピット製作総指揮の筆頭に名を掲げているのに、なんで主役をはらなかったんだろ?

 その方がヒットしたんじゃないかって気もするんだけど、ちょっと年齢的に難しかったんだろか?

 それはいいけど、この時間跳躍については、最初、母親の車に乗ってて事故に遭ったときに起こるんだけど、たぶん危機を本能的に回避するため引き起こされたとおもわれ、で、ほんの数秒前に戻る。その後は徐々にその跳躍の幅が広がって、やがては自分の死後にも跳躍できるようになっていくっていう設定なんだろね、たぶん。ただ、それが精一杯の時間跳躍なものだから、アメリカが独立したときとか、第三次世界大戦が勃発するときとかいった、とんでもなく長い時間は跳躍できないってことになるんだろね。そもそも恋物語にそんなものは必要ないけど。

 まあ、こういう話はどうしてもご都合主義になりかねないもので、うまくすればハッピーエンドにも持っていけるんだけど、自分の未来っていうか運命はすでに起きたことと考えるから時間跳躍した正にそのとき猟銃の弾丸が飛んできたっていう事実から逃れることはできないっていう展開にしているのは、やっぱりあれだろね、現実には死別してだけどこれから先もレイチェル・マクアダムスとエリック・バナは再会し続けるんだろな~っていう余韻たっぷりな締めくくりにしたかったんだろなと。

 ただ、脚本はきわめて繊細に作られてて、やがて生まれるふたりの娘が登場したのはかなり効果的で、意外な展開って気もした。こういう飛躍が、この物語には必要なんだね。頭の中がこんがらかりそうになるのを上手にリードしてくれて、矛盾のないように過去と現在をモザイク状に切り張りしてる。うまいね。

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人生万歳!

2016年04月21日 18時57分25秒 | 洋画2009年

 ☆人生万歳!(2009年 アメリカ 91分)

 原題 Whatever Works

 監督・脚本 ウディ・アレン

 

 ☆ある意味、理想的な晩年

 うだつのあがらなそうな老人どもの会話からいきなり観客に語り始めるラリー・デヴィッドから始まるんだけど、なんとなく『カイロの紫のバラ』をおもいだす展開だとおもいきや、まるでちがってた。ま、男という生きものはたとえノーベル賞の候補になるほど天才的な頭脳を持っていたところで所詮どうしようもない生きものだ。なんでかっていえば、ほんとにバカな女で、どうしようもない田舎娘だとおもっていても、それが天然無垢な心を持ってたりすると、ついつい可愛くなり、やがては孫といってもいいくらい年が離れていたって好きになっちゃうし、しかもそれが向こうの方から結婚してとかいわれちゃったりした日にはもうあかんことになっちゃう。

 ま、特にエヴァン・レイチェル・ウッドの場合、綺麗だからね、それも仕方がない。

 ただ、観てるうちに主人公はやっぱりニューヨークっていう世界の中でもほんとに珍しい「生きもの」だってことがわかってる。この町は、どんどん人間を変化させちゃうんだ。それはここで映画を撮ってきたウディ・アレンがいちばん影響を受けて変わり続けてきてるんだろうけど、たとえば、エヴァン・レイチェル・ウッドの母親パトリシア・クラークソンがそうだ。夫のジエド・ベグリー・ュニアが若い女と不倫して家を出ていっちゃったのをきっかけに娘のところへやってきてラリー・デヴィッドみたいな爺と結婚したという衝撃で卒倒しちゃうような田舎のおばちゃんがやがて芸術写真家になっていっちゃったり、不倫相手にふられた夫ジエド・ベグリー・ュニアまでもがニューヨークのおかげで本当の自分に目覚めたりする。

 つまり、このニューヨークってところは「人生が最終的に万歳っておもえるんなら、眼の前のめんどくさい価値観やしがらみなんか捨てちゃえばいいし、どんどんと変わっていけばいいんだよ」って教えてくれてるっていう話なんじゃないかと。天才的な物理学者だろうろ、ミスコン荒らしの無教養娘だろうと、そんなことは些細なことなんだって笑い飛ばしちゃうんだ。それでいいのだ。

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ヒマラヤ 運命の山

2015年10月23日 00時40分02秒 | 洋画2009年

 ◇ヒマラヤ 運命の山(2009年 ドイツ 104分)

 原題 Nanga Parbat

 監督 ヨゼフ・フィルスマイヤー

 

 ◇1970年、標高8,125mナンガ・パルバート初登攀

 山を見るのも山を歩くのも好きだけど、困難な登攀をしてまで山を征服しようとはまるでおもわない。

 もちろん興味がないわけでもないんだけど、自分でやるとなるとどうしても尻込みしちゃう。そんな情けないぼくだから、当然、この映画のもとになった実話の存在は知らなかった。それも、ラインホルトとギュンターというメスナーなる家の兄弟がふたりして山に志を抱き、共にナンガ・パルバートにあるルパール壁に挑み、初登攀を達成しながらも、帰路、弟を失い、さらにそれが兄のせいであったと報道されるという、なんともいいがたい話だったなんてことはまるで知らなかった。ほんと、ぼくはものを知らない。こういうとき、つくづくおもうんだけど、どうにも仕方がない。

 で、この作品なんだけど、ヨゼフ・フィルスマイヤーという監督はフィクスのかっちりした絵を撮る人だな~って気がする。ずいぶん前の『秋のミルク』や『スターリングラード』なんかもそうだったけど、絵はとても綺麗だ。やっぱりこの作品もそうで、ヒマラヤの絵はたいしたもんだ。でもその分、淡々としてるんだよね。帰路、兄弟がはぐれ、離れ離れになっていくとんでもない運命のいたずらについてもやっぱり淡々としてる。冒頭、ドイツの故郷でのひとときも文藝調のきわめて美しい絵になってるしね。墓の下にある壁をふたりで競うように攀じ登っていくのはこれから先の象徴になってるんだけど、いい感じだった。こういうのをおそらく客観的な姿勢っていうんだろうけど、たぶん、とっても大人なんだとおもうわ、ヨゼフ・フィルスマイヤー。

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