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☆=☆☆☆☆☆
◎=☆☆☆☆
◇=☆☆☆
△=☆☆
▽=☆

バックドラフト

2016年03月06日 01時21分35秒 | 洋画1991年

 ◎バックドラフト(1991年 アメリカ 137分)

 原題 Backdraft

 監督 ロン・ハワード

 

 ◎消防士の兄弟の物語

 地味ながらもこの映画がユニバーサルスタジオで大事にされるのは、たぶん、火災現場という舞台が誰にも理解できる身近な怖さを持った非日常空間であり、アトラクション化しやすいということもさることながら、なんともアメリカ的な兄弟愛を基にした筋立てにあるんだろう。

 まあなんていうのか、バックドラフト現象を扱ったサスペンスに仕上げていく必要はなかったんじゃないかって気もしたんだけど、なるほど、消防士の父を失ってしまっている兄弟の相克や猜疑というテンションの高くなる物語を設定するのはやっぱり消防署の跡地をめぐる連続殺人事件にした方がより効果的なんだね。納得した。

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JFK

2016年03月05日 18時02分31秒 | 洋画1991年

 ☆JFK(1991年 アメリカ 189分)

 原題 JFK

 監督 オリバー・ストーン

 

 ☆ディレクター・カット版は206分

 歴史の暗部を掘り下げた作品は昔から贔屓にしていて、この作品もそれに洩れない。

 なんていうのか、おおやけにされている歴史、とくに近代史や現代史の場合、上っ面だけをさらりと流してしまうことが多々あるようにおもえるのはたぶん僕だけじゃなくて、だからこういう作品が好まれるのだろう。もちろん、歴史における真実はたったひとつしかないんだけど、そこにたくさんの人間が絡んできたり、目撃者の証言など事件を取り巻く状況がきわめて曖昧な場合、どうしてもその真実にいたるのは困難なものとなってしまう。このケネディ大統領暗殺事件もそうしたもののひとつだ。

 で、当然、ぼくらはその真実を知りたいとおもうし、たとえ真実でなくても歴史の暗部をほじくりだそうと試みているものは見たくなる。この作品の場合、原案になっているのは事件の捜査にあたった地方検事ジム・ギャリソンの記憶によるものだから、たしかにジムの立場に偏ったものになるのは否めない。けれど、正義を追及しようとする姿勢は、よく感じられるし、きわめて興味深く鑑賞できた。だからといってケネディ暗殺事件について事細かに憶えていられるかといえばさすがに無理で、ドナルド・サザーランド演じるX大佐が指で5つ数えるのがものすごくかっこよかったな~っていうくらいの感想しかない。

 ただ、どうやら、この作品の場合、後に確認された物証などとはやや違った点がいくつかあったり、また作中で語られなかった事実もかなりあったりするらしいんだけど、ぼくにいわせればそれは無理もないことで、そうした取捨選択があるのは当作品がオリバー・ストーンによる事件の見方だからで、作品世界そのものを愉しむかどうかということと、歴史的な真実をうんぬんするということは別物なんだよね。

 でも、何度観直しても、この作品はおもしろい。

 

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ブルーラグーン

2015年08月28日 19時02分37秒 | 洋画1991年

 △ブルーラグーン(1991年 アメリカ 101分)

 原題 Return to the Blue Lagoon

 監督 ウィリアム・A・グレアム

 

 △青い珊瑚礁の続編だったとは

 まったくおもってもみなかった。

 いや、それはちょっとかわいそうじゃん、とおもったのは『青い珊瑚礁』のふたりだ。せっかく助かったとおもったら、もう死んじゃってたとかって、だとしたら、ブルック・シールズとクリストファー・アトキンズの人生ってなんだったの?てことにならない?

 というより、これは運命論的な映画なのかもしれない。だって、結局のところ、ブルック・シールズとクリストファー・アトキンズの息子はブライアン・クラウズが演じるんだけど、遭難の後に流れ着いたのは自分が生まれた島だったわけで、そこで一緒に遭難したミラ・ジョヴォヴィッチと成長していくってことは、つまり、生涯、海と船と孤島しか知らずに生きていくってわけでしょ?

 いやあ、南の島は綺麗だけれども、なんともいえない可哀想さを感じちゃうのは、ぼくが文明に毒されている証拠なんだろね。

 ちなみに、この作品はミラの初主演だそうな。なるほど、いわれてみれば、とってもうぶな感じが漂ってるわ。

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フィッシャー・キング

2015年07月27日 02時11分49秒 | 洋画1991年

 ◇フィッシャー・キング(1991年 アメリカ 137分)

 原題 The Fisher King

 監督 テリー・ギリアム

 

 ◇漁夫王

 いかにもテリー・ギリアムっぽいっていうのがいちばんしっくりくる感想なんじゃないかと。

 それはロビン・ウィリアムズにしてもそうで、深い悲しみのせいで気が変になり、けれど同時にたぐいまれな優しさを持って人に接するようになってしまうというのは、かれ自身がそうだったのかもしれず、たとえそうじゃないにしてもそういう演技をやらせたら右に出る者はいないんじゃないかしら。

 そういうところからすると、元教授の浮浪者ロビン・ウィリアムズと知り合う元DJはジェフ・ブリッジスでもいいし、ギリアムがキャスティングしたかったというブルース・ウィルスでもいい。つまりは口が災いして輝かしい人生から真っ逆様に転落していきながらも結局はお人好しっていう性格が出せる役者であればいいんだから。

 あ、でも、ここまで書いてきておもったんだけど、たしかに聖杯伝説は絡んでるものの、それを基本にさえ置いていれば、あとは登場人物ふたりの性格を描くにはどんな物語がいいんだろうと想像するだけで、この作品は成り立ってることがわかる。そうか、結局、この映画は性質は異なるように見えながらも本質は同じっていう人間を描こうとしているだけで物語そのものに徹底して重点が置かれてるわけではないのかもしれないね。

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フライド・グリーン・トマト

2014年09月22日 02時47分14秒 | 洋画1991年

 ◎フライド・グリーン・トマト(1991年 アメリカ 130分)

 原題 Fried Green Tomatoes

 staff 原作/ファニー・フラッグ『Fried Green Tomatoes at the Whistle Stop Cafe』

    監督/ジョン・アヴネット 脚本/ファニー・フラッグ、キャロル・ソビエスキー

    撮影/ジェフリー・シンプソン 美術/バーバラ・リング

    衣装デザイン/エリザベス・マクブリッジ 音楽/トーマス・ニューマン

 cast キャシー・ベイツ ジェシカ・タンディ メアリー・スチュアート・マスターソン

 

 ◎1920~50年代、アラバマ州

 話は現代のジョージア州から始まるんだけど、それは語り部のジェシカ・タンディがジョージア州の老人ホームにいるからで、まあ、そんなことはどうでもいい。ドメスティック・バイオレンスに苦しむ女性たちが、おもいきりひらきなおって殺人を仕出かすどころかワニのステーキだとして、カニバリズムにまで発展させちゃうっていう凄まじい内容をなんともさらりと描いているあたりは処女作とはおもえないくらい上手だ。

 総じて面白かったんだけど、わかるようなわからないようなそんな複雑な気になるのは、フライド・グリーン・トマトが題名になってることだ。たしかに南部を代表する料理のようで、その味は甘酸っぱくてちょっと微妙で独特のものなんだけど、実に素朴で、どんな素人にだってできちゃうっていう料理だ。まあ、人肉の料理に関連した題名にはできないわけで、そういうのを暗喩するものとして、この料理なんだろうか?

「ざく切りしてフライにしちゃえば、普段だったら食べられないような青いトマトだって食べられるんだから、人間だってざっくり切ってステーキにしちゃえばいいのよ」

 てな感じで、この題名になったんだろうね。

 すんげえ題名だわ。

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イン・ベッド・ウィズ・マドンナ

2007年12月13日 17時44分51秒 | 洋画1991年

 ◇イン・ベッド・ウィズ・マドンナ(1991年 アメリカ 120分)

 原題/Truth or Dare

 別題/In Bed With Madonna

 監督/アレック・ケシシアン

 出演/マドンナ ケヴィン・コスナー ウォーレン・ベイティ アル・パチーノ ジャン=ポール・ゴルチエ マット・ディロン ライオネル・リッチー アントニオ・バンデラス ペドロ・アルモドバル

 

 ◇意外な佳作

 たぶん、90年4月の日本ツアーから始まるBlond Ambition Tour(ブロンド・アンビション・ツアー)を記録したこのドキュメンタリー作品が時代を包含して鑑賞されるためには、まだ四半世紀くらい必要かもしれない。一般人と違ってスターを追う記録映画は旬があるんだけど、ライクアヴァージンの舞台は当時のマドンナの凄さを見事に映し出してる。

 ぼくは、マドンナについてはほとんど知らない。

 けど、ほとんどコンサートに行かないぼくが、このツアーよりも数年前だったか、後楽園球場で催されたやつには出かけてるんだから、やっぱり当時はものすごいブレイクだったんだとおもうんだよね。ライクアヴァージンのMPVもちゃんと覚えてるしさ。

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夜ごとの夢 イタリア幻想譚

2007年08月25日 16時07分43秒 | 洋画1991年

 ◇夜ごとの夢 イタリア幻想譚(1991年 イタリア、フランス、ベルギー 89分)

 原題/La domenica specialmente

 

 ◇プロローグ・断章・エピローグ

 原作・脚本/トニーノ・グエッラ 監督/ジュゼッペ・ベルトルッチ

 撮影/ファビオ・チャンケッティ 美術/ネッロ・ジョルジェッティ

 衣装デザイン/マリオリーナ・ボーノ 音楽/エンニオ・モリコーネ

 出演/ジャン=ユーグ・アングラード アルベルト・オッタヴィアーニ

 

 ◇イタリア北部のマレッキア渓谷、記念碑

 受取側の印象として、映像詩だから物語を想起するのは難しいんだけど、死者の魂への純粋な憧れと、死それ自体の内蔵している不気味さを現代的に表現するために必要なものを考えた時、バイクと子供と男と石墓と鳥というのは妙に嵌まってる。

 

 ◎第一夜 青い犬

 原題/Il Cane Blu

 監督/ジュゼッペ・トルナトーレ 原作・脚本/トニーノ・グエッラ

 撮影/トニーノ・デリ・コリ 美術/フランチェスコ・ブロンヅィ

 衣装デザイン/ベアトリス・ボルドネ 音楽/エンニオ・モリコーネ

 出演/フィリップ・ノワレ ヴィント ニコラ・ディ・ピント ルイ・ヴェルヴォール

 

 ◎犬嫌いの靴の修理人兼床屋と青い犬

 青い染みがペンキに見えるのはさておき、物事という物は不思議なもので、心霊的なものであるという先入観をもって眺めれば、それは心霊現象になってしまう。銃弾で撃ち抜かれることが死であるのか、接するものが死を感じた時はじめて死となるのかが、主題なんじゃないかと。

 

 ◇第二夜 特別な日曜日

 原題/La Domenica Specialmente

 監督/ジュゼッペ・ベルトルッチ 原作・脚本/トニーノ・グエッラ

 撮影/ファビオ・チャンケッティ 美術/ネッロ・ジョルジェッティ

 衣装デザイン/マリオリーナ・ボーノ 音楽/エンニオ・モリコーネ

 出演/ブルーノ・ガンツ オルネラ・ムーティ アンドレア・プロダン ニコレッタ・ブラスキ

 

 ◇なにかが邪魔をする

 オルネラ・ムーティの下品そうで下品にならない色気というのは、神経症の男と恋人にならない看護婦という関係に妙に嵌まってる。手の届く所にいる筈の異性に触れたいに触れないのは、ガンツが焦るとおり何かが邪魔をしてるわけで、そういうのをおそらくこの世では運命とかっていうんだろうね。でも、運命ってのは、おもいもよらないところで待ってるもんだ。バス停でのニコレッタ・ブラスキの登場が、それを物語ってる。

 

 ◇第三夜 炎の中の雪

 原題/Il Neve Sul Fuoco

 監督/マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ 原作・脚本/トニーノ・グエッラ

 撮影/フランコ・レッカ 美術/ジャンニ・シルベストリ

 衣装デザイン/メトカ・コサック 音楽/エンニオ・モリコーネ

 出演/マリア・マッダレーナ・フェリーニ キアラ・カゼッリ イヴァーノ・マレスコッティ

 

 ◇雪に閉ざされた教会での懺悔

 懺悔は自己満足と見栄の延長にすぎない、とかっていったら叱られるんだろうね、たぶん。息子と嫁の痴態を覗いて嫉妬しつつも、覗く誘惑に負けてしまうのを戒める姑と、覗かれる事で興奮を覚えながらも、姑に生気を取り戻してもらいたいために覗かれていたと懺悔する嫁の話なんだけど、ふたりの本心について、ぼくたちは想像しないといけないんだろうっておもうんだよね。

 

 ◇エピローグ

 原題、staffともに序章と同じで、批評しようもない事ながら、断章で描かれた飛び立つ鳥は、もちろん新たな死者の魂で群れ集う仲間の鳥と、それを出迎える死者達の魂なんだろうけど、バイクに花束を抱いた青年も同じく死者の魂と考えれば、断片的な光景は葬儀と復活の象徴的儀式な訳なんだろな~。

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マイ・プライベート・アイダホ

2007年07月19日 23時26分12秒 | 洋画1991年

 ◇マイ・プライベート・アイダホ(1991年 アメリカ 104分)

 原題/My Own Private Idaho

 監督・脚本/ガス・ヴァン・サント 音楽/ビル・スタッフォード

 出演/リヴァー・フェニックス キアヌ・リーブス キアラ・カゼッリ ウド・キア

 

 ◇シェイクスピアの翻案

 そもそも『ヘンリー四世』とか『ヘンリー五世』とか読んだこともないから、想像すらおよばない。恥ずかしいことだけど、だからといって無教養をひらきなおるわけにもいかないしね。

 でも、男娼、同性愛、麻薬、近親相姦とかについてはなんとなく想像はつくし、たぶん現代劇を志向する製作者にとっては扱いたいっておもうテーマなんだろう。いきなりナルコレプシーの発作から始まって、またおなじラストを迎えていくのもなんとなくわかる。

 冒頭のカットもそうだけど、やっぱり『スケアクロウ』をおもいだしちゃうね。それと、肩書のある名士の父親に反発して家を出るってのも、離れ離れにになっちゃってる母親を求めて旅をしていくってのも、いってみれば青春映画の常道ではあるんだけど、ここは『欲望の翼』をおもいだしたわ。

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羊たちの沈黙

2007年06月30日 00時45分45秒 | 洋画1991年

 ☆羊たちの沈黙(1991年 アメリカ 118分)

 原題/The Silence of the Lambs

 監督/ジョナサン・デミ 音楽/ハワード・ショア

 出演/ジョディ・フォスター アンソニー・ホプキンス スコット・グレン テッド・レヴィン

 

 ☆バッファロー・ビル

 事件そのものがそれほど難しいものでもないし、物語の構成もさほど目新しいものは見られない。

 ところが全体を包み込んでる異様さはこれまでの映画にはほとんどないものだった。ことにレクター博士の異常っぷりには目を瞠った。

 ただ、この原作を書くのに、トマス・ハリスは6年間もかかったらしい。報われたからよかったようなものの、これがものにならなかったら、まじな話、大変とかいう次元じゃなかったろうね。

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愛を殺さないで

2007年06月04日 02時43分11秒 | 洋画1991年

 △愛を殺さないで(1991年 アメリカ 103分)

 原題/Mortal Thoughts

 監督/アラン・ルドルフ 音楽/マーク・アイシャム

 出演/デミ・ムーア ブルース・ウィリス ジョン・パンコウ ハーヴェイ・カイテル

 

 △ダンキンドーナツが協力?

 レンタルビデオ店が徐々に大きくなっていこうとしていた時代、店内に幅をきかせてたデビッド・リンチのテレビドラマがある。

『ツイン・ピークス』なんだけど、その中で、カイル・マクラクランはしきりにダンキン・ドーナツを食べてた。当時、京王線調布駅のロータリーにもダンキンがあって、ぼくはしょっちゅう食べに行ってた。駅前で夜明けを迎えちゃったりしたときも、そこでドーナツと珈琲の時間を過ごしたりしてたこともある。いまはもうダンキンはないけど、当時は『ツイン・ピークス』と宣伝タイアップしたりして、かなり頑張ってた。

 で、その懐かしのドーナツが、この映画には2回も登場してくる。

 資本協力でもしたのかな~と余分な事まで想ってしまうくらい、話は淡々と展開していく。

 なんでこうも単調な取調室と事件の切り返しに終始するんだろうと、アラン・ルドルフの演出が気になったりしてたんだけど、デミ・ムーアが製作も兼ねてるんだ~とおもったとき、なるほどとおもった。つまりは、デミ・ムーアの演技を中心に据えてるわけね?

 まあ、自身が製作だからブルース・ウィルスまで引っ張り出したんだろうけど、どうも、このふたり、作品に恵まれてない気がするのは、ぼくだけかしら?

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愛がこわれるとき

2007年04月18日 15時10分49秒 | 洋画1991年

 ◇愛がこわれるとき(1991年 アメリカ 98分)

 原題/Sleeping with the Enemy

 監督/ジョセフ・ルーベン 音楽/ジェリー・ゴールドスミス

 出演/ジュリア・ロバーツ パトリック・バーギン ケヴィン・アンダーソン

 

 ◇潔癖症と家庭内暴力

 そのふたつが昂じてしまうと逃げ出した妻をどこまでも追いかけるストーカーとなり果ては殺意の塊になる。

 まあ想像の範疇だし、そういう夫は少なくないんじゃないかっておもうんだけど、この日本でもね。でも、なかなか最後の殺人にいたるのは珍しいかもしれないね、この日本だと。けど、アメリカは日本よりも激情型の人間が多いのか、こんな事件はままあるのかもしれない。

 そういう病んだ社会をよく知っているところへもって、当時人気絶頂のジュリア・ロバーツが主演となれば、これは観るわな。で、ちょっぴりがっかりしたかもしれない。

 けど、さすがに物語はうまくしたもので、3年がかりの逃亡計画はわかるんだけど、溺死したとみせかけるために水泳を習ってても都合よく海に出られるかどうかわからないし、ようやく逃げおおせたにしてもとなりに大学教授の独身男が住んでて恋に落ちるなんてのは、なかなか現実ではないだろな~。次の人生すら送れるかどうか不安ってのが現実なんだろな~。

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