撮影するときに構えない事、という言葉がある。それには2つの意味がある。
1つは意識が構えないという事。2つは文字通り機材を構えないことだ。
前者の意識として構えないというのは、よりよく撮るという意識を持たない事。おおっ!、素晴らしい紅葉に遭遇した。ならば自慢のフルサイズ一眼レフでとなるところを、スマホでええんちゃうと割り切ってしまう。実際今のスマホカメラは呆れるぐらいに綺麗に写るし、いつもポケットに入っているから被写体に遭遇したときにススッと取り出せる。カメラいらないじゃん、というわけ。
後者は、文字通り機材を構えないこと。
iPhoneで撮影していれば社会的に認知されているらしく、観光者が商品撮影していても、「どうせお仲間達と旅情報でも交換しているんでしょう・・」と周囲は軽く見てくれる。社会的認知というのは重要な撮影要素だ。
さらに映像に至っては録画モードにしっぱなしだと、相手も撮っている事が気づかれない。だから自然の表情でとれる。
さらには撮影禁止と勝手に決められた公開場所まで撮影しちゃった。二ヶ月経ってもクレームが来なかったので少し安堵している。もちろん調査研究の目的でと事前に申し出て学術的価値が認められれば撮影ができるけど・・・。ただし学術的価値に関心があるお寺さんになると、では「一般公開を一時中断するので、その間は調査にお使いください・・・」といわれたりすると、遠来からきた一般の人が入れなくなるので、こちらとしても不本意ですから遠慮しちゃうけど・・・。
そんな風に構えないことのメリットは多い。
iPnon13pro、α6600
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