デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

この素晴らしき世界

2006-12-31 08:03:41 | Weblog
 今年1月2日から開設しましたアドリブ帖ですが、本日が今年の最終、数えて53稿になりました。星の数ほどあるジャズ関連のサイトですが、毎週日曜日一回アップの記事にも拘らず毎日多くの方にご覧頂き、今ではNHKの大河ドラマと並んで日曜日の定番になりました。(笑)

 この類のエッセイは多分に自己満足的要素が強いのですが、本稿で紹介したアルバムを聴いてジャズの一端に触れて頂ければブログ冥利に尽きるものです。普段あまりジャズをお聴きにならない方にもご覧頂いていることから、プレイヤー名、アルバムタイトルは極力フルネイムで書いてきました。またジャズを聴くうえで年代は重要な事ですので正確に記してきました。同じ年代に様々なスタイルが存在し、プレイヤーのスタイルが変遷するジャズに興味は尽きません。

 このブログを通して多くのジャズが大好きな方とめぐり会うことができたのは掛け替えのない宝です。一家言あるサイトと相互リンクで輪が大きく広がりました。また、ブログの華ともいえますコメントも多数お寄せ頂きました。何よりもコメントが励みになったことは言うまでもありません。知性、理性、品性には事欠き、感性、軟性、惰性に溢れる小生ですが、適宜な話題がないときは休稿しようかと思ったことは度々です。毎週駄文を連ねることができたのも多くの叱咤激励があったからこそです。

 サッチモの「この素晴らしき世界」が心地よく聴こえる今年の大晦日です。リンク頂いたサイトの皆様、コメントをお寄せ頂いた皆様、そして毎週ご覧頂いた皆様、感謝感激です。来年も休むことなく続けますので、引き続きご覧頂ければ幸いです。ありがとうございました。

九拝
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ブルーノートのサンタ

2006-12-24 07:29:55 | Weblog
 昭和30年代の東京を舞台にした映画「三丁目の夕陽」にサンタクロースが登場するシーンがある。初めてクリスマスにプレゼントを貰った少年の嬉しそうな顔が画面いっぱいに広がり、子どもの頃の自分と重ねてみた。いくつになるまでサンタの存在を信じていたのか忘れてしまったが、高度成長を遂げる以前のあまり裕福ではない時代の年に一度の楽しみであったに違いない。

 毎年のように今日はケーキショップやフライドチキン店に行列ができ、店内はジングルベルが鳴り響く。期間限定のクリスマスソングは数多く、一度ヒットすると毎年、それも長年に亘って売れるという特異性があって、ビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」は世界で一番売れたシングル盤だ。マニア垂涎の珍盤もあり、泡と消えたバブル期には、エルヴィス・プレスリーの日本編集10吋クリスマスアルバムに300万円の値が付いたという実しやかな噂まである。

 ジャズ・バージョンも多く、写真のブルーノート盤「Yule Struttin'」はジャズファンに馴染み深い。ジャケットの構図とタイトルからお気付きのようにソニー・クラークの「Cool Struttin'」をパロディ化したもので、当然ジャケ買いの一枚だ。クリスマスソングらしくカウント・ベイシーやデキスター・ゴードン、チェット・ベイカー等、大御所も肩の力を抜いてリラックスしている。このようなコンピレーション・アルバムは其々の演奏が云々というのは野暮な話で、BGMに流しイヴの雰囲気を盛り立てる演出用なのだ。

 「三丁目の夕陽」で少年が、「ぼく知ってるよ、サンタさんはおじさんだね」と、空想化されたサンタが現実のものと知る台詞が出てくる。この歳になるとサンタからの贈り物には夢が薄れてしまったが、サンタを信じていた遠いあの頃を思い出すのも悪くない。歓楽街に出ると写真のような可愛いサンタさんが、「いらっしゃいませ、メリークリスマス」と迎えてくれる。プレゼントを持って行くのはどうやらこちらのようで、ここでもやはりサンタさんはおじさんだった。
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ロシアの子守唄

2006-12-17 07:09:07 | Weblog
 元ロシア情報機関員アレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドンで殺害された事件は、放射性物質が検出されたことから大きな波紋をよんでいる。ロンドンは各国の情報部員が集まってくる場所だそうだが、宛らイギリスの諜報員ジェームス・ボンドが活躍する映画のようだ。ロシア政府の関与も囁かれる中、映画の惹句「殺しのライセンス」が現実のものとは恐ろしい。

 ジョン・コルトレーンの演奏でモダンファンには馴染み深い「ロシアの子守唄 Russian Lullaby」は、ロシア出身のアービング・バーリンが子どもの頃を思い出して作った曲だ。辣腕タレントスカウトで知られるジョン・ハモンドが監修したヴィック・ディッケンソンの「ショウケース」で決定的なこの曲の名演を聴ける。リードする一本のホーンに他の二本のホーンが絡み合うディキシー・アンサンブルで演奏されていて、ヘッド・アレンジのジャムセッションとは思えないほど完成度が高い。

 53年当時最高の録音を誇ったヴァンガードらしく、ジャケットに「An Adventure in High Fidelity Sound」とクレジットが入っている。その音はオーディオマニア的な良い音ではなく、楽器を強く吹くと大きく聴こえる自然の音なのだ。サー・チャールズ・トンプソンのピアノソロからディッケンソンのトロンボーン、クラリネットのエドモンド・ホール、ルビー・ブラフのトランペットへと繋がれ、アンサンブルでは一際音が大きくなる。現在のミキシングが施された平均的な音は確かに耳障りも良く聴きやすいが、一本より三本のホーンの音が大きい自然な録音もまた耳に心地よく、当時の時と場の空気に触れる想いだ。

 「ロシアの子守唄」が作られた27年当時というとロシアはスターリン政権下であった。ロシア語同時通訳者、米原万里さんの著書「ロシアは今日も荒れ模様」にソ連邦当時の小話が紹介されていた。「(問い)ソ連の憲法と米国の憲法の違いは何か?(答え)どちらも言論の自由を保障しているが、米国の憲法は発言した後の自由も保障している」。歴史を戻ってはならない。
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ネイチャー・ボーイ

2006-12-10 08:06:24 | Weblog
 週に一、二度書店を覘くのが慣わしになっている。新刊書特有の匂いが好きなのだが、ここのところ用が重なり二週間ほどご無沙汰していた。平積みされた新刊の顔が一様に変わっていて、いつものようにキャッチコピーの帯文を眺めていると、馴染みの店長が奥から一冊の本を持ってきた。二冊仕入れて一冊売れたとかで、この一冊は小生のために取っておいたと言わんばかりである。

 渡された本の帯文には「山本容子のジャズ絵本」、タイトルは「jazzing」とある。銅版画家としてお名前は存じていたが、作品を見るのは初めてのこと。音楽という時間そのものを一枚の紙の中で表現するアイデアで、作曲家谷川賢作さんプロデュースによるCDも付いている。絵を見ながら音楽を聞く体験が出来る仕掛けだ。耳馴染みのスタンダード二十数曲のなかに「ネイチャー・ボーイ」があった。

 ナット・キング・コールの甘い歌声を思い出された方もいらっしゃるだろう。マイルス・デイヴィスや、ジョン・コルトレーンも取り上げている美しいメロディーで、アマチュアのソングライター、イーデン・アーベスが曲を書き、ナットに売り込みに行って、その場でマネージャーに追い返されたという逸話が残っている。置いていった楽譜を見たナットが気に入りヒットしたというから面白いものだ。そういえば、ナットでヒットした「モナ・リザ」はフランク・シナトラが蹴った曲だった。シナトラはアンディ・ウィリアムスが歌った「慕情」も断っている。こんな甘い曲歌えるか、というわけだ。一流の歌手には選曲の自由があるようだ。

 丁寧に描かれた山本さんの絵本を開くと一枚の絵から大きな夢が描かれる。子どものころ、雑誌の付録にソノシートが付いていた。今はCDだが、耳で音を聴くことで、空想化された夢が形になる。形が大きくなるほど心も豊かになる。豊かな心に「いじめ」の隙間はない。
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サニー・サイドのサン・ラ

2006-12-03 07:36:40 | Weblog
 「青年よ大志を抱け」の言葉で知られる札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭クラーク博士が、米マサチューセッツ州出身ということもあり、北海道とマ州は姉妹提携の関係にある。そのマ州の新知事に民主党のデバル・パトリック氏が選出された。父の名が音楽家のパット・パトリックと小耳に挟んだので、確認のためボストン在住の方にお尋ねしたところ、どうやら記憶に間違いはなく、パットはサン・ラのバンドのバリトン奏者だった。

 サン・ラというと土星からやって来たと公言する妙な音楽家で、ジャズファンには敬遠されがちだが、モンドマニアには絶大な人気があるようだ。そのアルバムは実験的な作品が多く、500枚にも及ぶが、ソロピアノの作品を聴いてみると、パーカッシヴな奏法でデューク・エリントンの影響も散見される。僧侶のようなローブに身を包み、不可解な宇宙的音楽は常軌を逸している部分もあるとはいえ、そのピアノスタイルはジャズの伝統に基づいていることに気付く。

 彼のバンドはアーケストラと呼び、常識を覆す無秩序なフリーキーなソロの連続は驚きだ。「The Other Side of The Sun」というアルバムも集団即興演奏なのだが、スタンダードの「サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」も収録されていて、いきなり聴かされるとサン・ラとは思えない。ピアノソロから始まりテーマ部分の重厚なアンサンブルは、エリントンのフォーマットで、前奏者の韻を踏んだソロリレーはバック・クレイトンからレスター・ヤングに繋がれるカウント・ベイシー・バンドをみるようだ。各プレイヤー共、過激な中にも基本であるスウィング感を持っている。

 このアルバムにはパット・パトリックは参加していないが、ソロをとっている作品はアヴァンギャルド、且つベーシックなものだ。その父親の血をひくパトリック氏は米史上2人目の黒人知事であり、弁護士でもある。基本を忘れない革新的な州政を執っていただきたい。どこぞの国の知事のように談合疑惑が持ち上がったり、競売入札妨害容疑で逮捕されるのはお粗末な話だ。

コメント (31)
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