ジャズライブを聴く機会に恵まれない道東の地で生のジャズを愉しもうと、ジャズを愛する有志数名が集まって発足したのが北見市のジャズフールである。早いものでスタートしてから20年になるが、個性の強い面々ながら解散することなく地道な活動を続けているのは、ジャズ馬鹿が揃っているからだろう。今では多くのジャズプレイヤーに名を知られるようになったジャズフールという会の名称は、20年前の4月1日に発足したことによる。
坂田明を皮切りに本田竹広、峰厚介、辛島文雄、梅津和時、佐藤允彦、中村誠一、ケイ赤城、黒岩静枝、山本剛、松島啓之、鈴木良雄、チャリート、川 嶋哲郎、大石学、大坂昌彦、向井滋春、金子晴美、椎名豊、レイ・ブライアント、デューク・ジョーダン(順不同)・・・紙面の都合上全員挙げられないが、真冬でも冷房が必要なほどライブは熱かった。動ともすると大ステージでは一方的な演奏に陥り易いが、狭い会場では聴き手の反応がそのままプレイヤーにダイレクトに伝わる。聴き手のマナーとジャズを愉しむ姿勢がプレイヤーを刺激するのだろう、より一層熱がこもった演奏を聴けたことに感謝したい。
この地で多くの熱演を残したひとりに板橋文夫がいる。98年3月にソロライブを開き、その演奏は板橋にとって初となるソロライブ2枚組CD「North Wind」と題され、発売10ヶ月で完売した。プロデュースしたのはジャズフールだ。カバーデザインもメンバーの手によるもので、カバーにはメンバー全員の写真も載っており、メンバーのひとりとしてこのアルバムへの愛着はひとしおである。演奏前の板橋はやや緊張していたものの、オープニングの「北の街きたみ」の演奏が終了したころにはいつもの板橋節が戻り、会場の緊張感も解きほぐされた。今聴き返しても当日の演奏の質の高さに驚くが、ジャズフールが板橋に寄せる信頼と、板橋がジャズフールに応える気魄が一体となった結晶であろう。
先日、そのジャズフールを離れる小生のために送別会を開いていただいた。長いようで短かった20年間の数々のライブの苦労や感動は、ともに共有しただけに感慨深い。メンバーから外れることは寂しいが、仲間のひとりひとりの充実した顔に励まされた。21年目春のライブも決定したジャズフールの益々の活躍を期待したい。板橋がアンコールに応えた「グッド・バイ」に目頭を熱くする。
敬称略
坂田明を皮切りに本田竹広、峰厚介、辛島文雄、梅津和時、佐藤允彦、中村誠一、ケイ赤城、黒岩静枝、山本剛、松島啓之、鈴木良雄、チャリート、川 嶋哲郎、大石学、大坂昌彦、向井滋春、金子晴美、椎名豊、レイ・ブライアント、デューク・ジョーダン(順不同)・・・紙面の都合上全員挙げられないが、真冬でも冷房が必要なほどライブは熱かった。動ともすると大ステージでは一方的な演奏に陥り易いが、狭い会場では聴き手の反応がそのままプレイヤーにダイレクトに伝わる。聴き手のマナーとジャズを愉しむ姿勢がプレイヤーを刺激するのだろう、より一層熱がこもった演奏を聴けたことに感謝したい。
この地で多くの熱演を残したひとりに板橋文夫がいる。98年3月にソロライブを開き、その演奏は板橋にとって初となるソロライブ2枚組CD「North Wind」と題され、発売10ヶ月で完売した。プロデュースしたのはジャズフールだ。カバーデザインもメンバーの手によるもので、カバーにはメンバー全員の写真も載っており、メンバーのひとりとしてこのアルバムへの愛着はひとしおである。演奏前の板橋はやや緊張していたものの、オープニングの「北の街きたみ」の演奏が終了したころにはいつもの板橋節が戻り、会場の緊張感も解きほぐされた。今聴き返しても当日の演奏の質の高さに驚くが、ジャズフールが板橋に寄せる信頼と、板橋がジャズフールに応える気魄が一体となった結晶であろう。
先日、そのジャズフールを離れる小生のために送別会を開いていただいた。長いようで短かった20年間の数々のライブの苦労や感動は、ともに共有しただけに感慨深い。メンバーから外れることは寂しいが、仲間のひとりひとりの充実した顔に励まされた。21年目春のライブも決定したジャズフールの益々の活躍を期待したい。板橋がアンコールに応えた「グッド・バイ」に目頭を熱くする。
敬称略