デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ガス燈の 燃ゆる灯 リー・ワイリー

2008-02-24 08:54:10 | Weblog
 アメリカの聖女とも言われたイングリッド・バーグマンが、アカデミー主演女優賞を受賞した映画「ガス燈」が先日テレビで放映された。「カサブランカ」では演技力よりもその美貌に釘付けになったものだが、この作品は精神に迫る心理的恐怖を見事に表現しており、観ているこちらまで同じ心理状態に陥るほど見事なものだ。アカデミー賞の審査員が満場一致で推した演技は文句なしの名作であった。

 ガス燈に縋る手がバーグマンの心理を写しとったようなジャケットは、リー・ワイリーの「Touch Of The Blues」で、題名通りブルースナンバーをちりばめている。ワイリー賛美者の斉木克己氏は、「亜米利加版永井荷風女」と呼び、その歌は長襦袢に伊達巻のあだっぽさと譬えていた。長襦袢と伊達巻からは発売禁止になった荷風作とされる「四畳半襖の下張」の女を想像させるが、引用すると「よく仕込まれた上手者と覚えたり」となる。ビクター・ヤングやポール・ホワイトマンの楽団で鍛えられた性感をくすぐるハスキーな声と官能的なビブラートは、いつの時代も男を虜にする上手者だろう。

 荷風女のワイリーは、こじんまりしたクラブで小編成の伴奏が似合うが、大編成のビリー・バターフィールド楽団をバックにしても映えるものがあり、ミルドレッド・ベイリーと共に白人ジャズボーカルの草分け的存在に相応しいスケールだ。スウィング期を代表するトランペッター、バターフィールドはアーティ・ショー楽団で、星屑が舞い降りるが如くの名演「スターダスト」を残した人である。情景が見える表現をできる人は、歌わせるのも実に上手い。アル・コーンの好アレンジに乗るワイリーの婀娜っぽさが、ブルースの感触をより確かにした好作品である。

 映画「ガス燈」もワイリーのアルバムも半世紀前の作品とはいえ、今尚静かに燃えるガス燈のように光り輝く。今ではタングステン電球が普及し、あまり見ることのないガス燈だが、温もりのある優しい光と、その町並みに映える外観もあり全国につぎつぎと再登場しているという。
コメント (33)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ローマ字略語辞典ジャズ版「JK」の項

2008-02-17 08:42:51 | Weblog
 若者やネットを中心に流行しているローマ字略語を収集した「KY式日本語」という辞典が出版された。KY式とはローマ字入力で日本語を書くことに慣れ、携帯メールで楽に打ち込めることから広がった略語のようだ。言葉遊びとしては面白いが、氾濫すると本来の日本語が持つ美しさが損なわれるようで関心したものではない。辞典によると「JK」は女子高生のことだが、三歩下がって師の影を踏まずどころか、師に礼もせず通り過ぎる一部の女子高生を見ると略も宜なるかなと思う。

 ジャズ界で「JK」は、J.J.ジョンソンとカイ・ウィンディングの2トロンボーン・チームのことである。ジョンソンが「スイングつぅことだ」と言えば、ウィンディングが「そおかぁ」と答える「つうかあの仲」で、これほど同楽器で息の合ったコンビネーションは例をみない。ダウンビート誌批評家投票で10年以上もトロンボーン部門トップで在り続けたジョンソンに比べると、印象の薄いウィンディングであるが、スタン・ケントン時代からの実力は折り紙つきだ。このチームの成功はトロンボーンという楽器を熟知した2人が、同じスタイルで演奏したことによるものだろう。

 チームの活動期間は短かったものの、数枚の優れたアルバムを残しており、取り分け初リーダー・セッションの「JAY&KAI」は、トロンボーンの持つ魅力のすべてが凝縮されている。2人の寸部違わぬスライドによるアンサンブルは、音域の低い楽器ならではの分厚いハーモニーを生み出し、小型のスピーカーでさえ風圧を感じるほどの迫力だ。オープニングのバーニー・ミラー作「Bernie's Tune」は、実にスリリングな展開で、注意して聴かぬとどちらがソロを取っているの分からないくらいテクニックとアイデアが拮抗したチューンである。

 空気読めないの「KY」はどれほど流通しているのかは存ぜぬが、仲間内で通じる符丁や略字で表現するのは今に始まったことではなく、tb、BN等のようにジャズファンに定着した略語も存在する。「KY」が言葉遊びの一過性とは言い切れないが、その用例で若者の「JK」は女子高生なら、拙ブログをご覧頂いている方の「JK」はジャズ狂いだろうか。
コメント (40)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

絶滅したドードー鳥、不滅のバップ、そしてドド・マーマローサ

2008-02-10 07:53:19 | Weblog
 地球環境や乱獲により絶滅の危機に晒されている鳥類、所謂レッドリストには多くの種が並ぶ。完全に絶滅した鳥類も数多く、マダガスカル沖やモーリシャス島に生息していたドードー鳥もその類になる。ジャケット写真では大きさは分からぬが、巨体で翼も退化しており、飛ぶことはできなかったようだ。鼻が飛び出していて何とも奇妙で愛嬌のある姿である。アメリカでは「DODO」は「滅びてしまった存在」の代名詞であるという。

 ドド・マーマローサは、鼻の形がドードー鳥に似ていることから「Dodo」のニックネームが付いた。パーカーとの共演によりいち早くバップ・イディオムを消化し、そのスタイルをスウィングからバップに昇華した人で、ジョージ・ウォーリントン、アル・ヘイグと並び白人3大バップ・ピアニストに数えられる。パーカーの許で吹き込んだダイアル盤の「リラクシン・アット・カマリロ」のイントロ部分は、後にトミー・フラナガンも再演したほど優れたソロで、スタイル継承者であれば、一度は弾きたくなる完成されたバップ・フレーズといえよう。

 イギリスの Swing House レーベルからシリアルナンバー入りで3000枚限定発売された「A Live Dodo」は、47年のライブ音源を記録している。音源が少ないマーマローサだけに貴重なもので、ベニー・カーターやウディ・ハーマンとのライブ・セッションは珍しい。中でも急速調で演奏されるディジー・ガレスピーの時代を象徴する名曲「Be Bop」は、ワーデル・グレイ、ハワード・マギー、そしてデビューしたばかりのソニー・クリスをフィーチャーしたもので、バップの夜明けともいうべき躍動感のあるソロを繰り広げている。短いながらもマーマローサのソロ曲も収められていて、放たれた矢のような空を切って伸びるフレーズは飛ぶ鳥を落とす勢いあるもので、47年のエスクヮイア誌のニュースターに選ばれたのも肯ける。

 マーマローサは50年代に病に倒れ一時楽界を去ったものの、61年には「ドドズ・バック」で不死鳥の如く蘇り、ブランクを感じさせない力強いタッチは健在であった。ドードー鳥は絶滅したが、音楽環境が変り、ジャズを取り巻く状況がどのように変化しようともビ・バップが絶滅することはないだろう。
コメント (43)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ソウル駅からB列車に乗ったハンク・モブレイ

2008-02-03 08:05:16 | Weblog
 「B列車で行こう」という本を監修した細越麟太郎さんは、前書きでBはベストのBではなくて、ベターのBであるという前提で映画や音楽、探偵小説のB級作品の魅力を纏めている。先週コメントをお寄せいただいた三具保夫さんも、「A級ヴォーカリストたちが歌ったB級ソング」と題して寄稿されていた。一流と二流というのと、AとBというのはニュアンスが違うという観点から、ときにAよりも深く、ある意味魅惑的でもある愛すべきB級作品群を浮き彫りにしていて、B級カルチャーを密かに愉しむ向きにはまたとないガイドブックである。

 ジャズメンにもB級で括られるプレイヤーがいて、ハンク・モブレイは、その代表格といってもいい。B級と言われるのはマイルス・コンボに在籍したことによるもので、前任はコルトレーン、後任はジョージ・コールマンを挟んでショーターという謂わばジャズの天才の間に位置するものだから比較論的にこの評価になるのだろう。初代ジャズメッセンジャーズの初代テナーマンでありながら、後世に名を残す傑作「サンジェルマン・ライブ」はベニー・ゴルソンが吹いている。後任がこれまたショーターで、一流でありながらB級の冠を付けられた同情すべきプレイヤーなのであった。

 一流のモブレイは当然ながらリーダー作を多く残していて、その中でも「ソウル・ステーション」は、ワンホーンでA級のプレイをたっぷり楽しめる代表作として迷わず挙げるアルバムである。ウイントン・ケリー、ポール・チェンバースにアート・ブレイキーというジャズを演奏するために生まれきたような強力なリズム・セクションがバックとくれば燃えずにはいられない。ミディアムテンポで一気に吹き上げるアーヴィン・バーリンの「リメンバー」という美しい曲をアルバムの最初に持ってくるあたりは、アイデアを膨らませた自信の表れでもある。ときにたどたどしく、もどかしくもある不器用なフレーズではあるが、知らず知らずうちに聴き手を引きずり込むモブレイ節は間違いなくA級であろう。

 A列車はB列車よりも快適なのだろうが、時と場合によっては特急列車より景色を楽しめる鈍行列車のほうが面白いものだ。先を急がず自分のペースを守ることは、たとえB級であってもA級のセンスを磨くことに繋がる。モブレイがソウル・ステーションから迷わず乗り込んだB列車にのんびり揺られる旅も悪くない。
コメント (26)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする