デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

The Lonesome Traveler on the Train

2016-11-27 09:08:36 | Weblog
 「ガール・オン・ザ・トレイン」という映画を観た。ポーラ・ホーキンズという作家は知らないが、書店に原作本がうず高く積まれていたのを覚えている。「女性向けのサスペンス小説、大ベストセラー」と恋愛もののような可愛らしい文字のポップが付いていた。さすがに本は手に取る気にならないが、映画となれば興味がわく。タイトルからは行く先を決めず傷心の旅に出る若い女性をイメージするが、大人の男女6人が織りなす愛憎劇で、現実と妄想、現在と過去が入り交ざるスリリングな展開だ。

 映画のタイトルがアルバム・タイトルでも何ら違和感がないジャケットがあった。レイ・ブライアントの「Lonesome Traveler」だ。ブライアントといえばピアノトリオの傑作として知られる1957年のプレスティッジ盤や、幻の名盤と騒がれた59年のシグネイチャー「Plays」、コロムビアの「Little Susie」等で特に日本でも人気のあるピアニストだが、60年代はほとんど話題にならない。レコードも出しているのだが、「Sue」と「Cadet」という地味なレーベルのため輸入盤も入ってこなければ、日本盤が出るケースも少なかった。また、ビッグネイムとの共演も65年のロリンズ「on Impulse」1枚にとどまっている。

 そんな不遇の60年代でもこのアルバムはジャズ喫茶で人気があった。カデットの前作「Gotta Travel On」あたりからジャズロックだのコマーシャルだのと批判もされていたが、芸術としてのジャズ論を離れるといつの時代もリズミカルなものが受け入れられるし、ナンシー・シナトラの大ヒット曲「にくい貴方」という選曲もセールを伸ばすためには仕方がない。クラーク・テリーとスヌーキー・ヤングが参加しているもののホーンアンサンブルだけでソロを聴かれないのは少々不満が残るが、ブライアントのピアノはいつもながらに明朗快活だ。自作曲「Cubano Chant」の輝きが72年のモントルーの大抜擢につながっているのを聴き逃してはならない。

 この映画、主要な登場人物は6人なのだが、展開が早くて相関図が分かりにくいのが難だ。それを見越しているのかチラシに関係が詳しく解説されている。原作を読んでいない方は事前に調べてから観ると謎解きが早いだろう。勿論いきなり映画館に入っても楽しめる。チラシに「初めて体験する衝撃のラストに激震」とある。推理できてもモヤモヤしたままでもラストは戦慄する。げに女は恐ろしい。 
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クイーンのブルー・アンド・センチメンタルを聴いてみよう

2016-11-20 08:30:12 | Weblog
 宮崎正弘著「ウォール街 凄腕の男たち」(世界文化社)に、「10年後大統領選へ挑戦か?」のタイトルでドナルド・トランプ氏が紹介されている。発刊された1989年当時から大統領という目論見があったようだ。同書ではアメリカン・ドリームの体現者として不動産ビジネスの戦略を分析しているが、いわゆる仕手戦の名人でユナイテッド航空やホテル・チェーンのホリディ、百貨店フェデレイテッド等、売り抜けるタイミングの巧みさは舌を巻く。

 さて、トランプといえばドナルド違いでバードの「Royal Flush」にマル・ウォルドロン「The Dealers」、ウェス・モンゴメリー「Full House」、キャンディーズの「ハートのエースが出てこない」と何枚か思いつくが、選挙中から美貌の娘イヴァンカが話題になっていたので、クイーンのジャケットを選んだ。フランシス・ウェインの「The Warm Sound」だ。40年代にチャーリー・バーネットやウディ・ハーマンのファースト・ハードで活躍したシンガーで、この時代の楽団専属歌手が誰でもがそうであったようにスケールは大きい。ベイシー楽団の初期の作編曲家というよりもバットマンのテーマ曲で有名なニール・ヘフティの奥方でもある。

 エピックやコーラルにもアルバムがあるが、このアトランティック盤がベストだ。プロデュースは旦那だけありハンク・ジョーンズをはじめビリー・バターフィールド、ジェローム・リチャードソ、ン、アービー・グリーン、アル・コーンという歌伴の名手を揃えている。しかもメンバーを変えて2回のセッションだ。スタンダード中心の選曲で特にいいのが「Blue And Sentimental」だ。1938年にベイシーとジェリー・リヴィングストンが作曲したもので、当時はハーシャル・エバンスのテナーをフューチャーして大ヒットした。美しいメロディーにマック・デヴィッドが歌詞を付けたのは9年後のことだが意外にもヴォーカルは少ない。それだけにフランシスとヘフティの選曲眼が光る。

 同書で「ドナルド・トランプは、日本の対米投資の変化をいち早くかぎとり、日本のマネーを狙って次の手を打ってくるであろう」と結んでいる。経済と政治は別物だが手強い相手には違いない。選挙中の発言がそのまま政策になるとは考えにくいが、日米同盟、TPP、対ロシア等、どんなカードを突きつけてくるのだろうか。先日の安倍首相とトランプ氏の初会談で日米の信頼がより厚くなることを期待している。
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ジュニア・クックのサーキュレーション・ブリージングに息が止まった

2016-11-13 18:22:46 | Weblog
 1961年の正月にアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズが来日した。蕎麦屋の出前持ちがモーニンを口笛で吹いていたという伝説も生まれたファンキーブームの到来である。フロントにモーガンとショーター、ティモンズとジミー・メリットがバックという豪華メンバーだ。次の来日は63年で、このときモーガンに変わって先週話題にした「Big Apples」に参加しているフレディ・ハバードが初来日している。

 そのハバードを最初に聴いたのは72年のこと。ジュニア・クック、ジョージ・ケーブルス、ベースにAlejandro Scaron、レニー・ホワイトを引き連れてバンドリーダーとしての公演だ。ハバードの艶やかな音とキレのあるフレーズに唸ったものだが、この日一番衝撃を受けたのはクックのプレイである。B級だの、垂れ流しだの、閃きがないだのと散々酷評されてきたテナー奏者だ。ホーレス・シルバーのレコードで聴く限りブルー・ミッチェルといいコンビだが、決して先を行くプレイではない。その印象で生に接したものだから座席から飛び上がるほど驚いた。まず音がデカい。指の動きが華麗だ。

 そして、息継ぎなしで長いフレーズを吹くサーキュレーション・ブリージングに圧倒された。生を聴いて知ったテクニックだ。シルバーの元を離れてからも引っ張りだこで多くのレコーディングにクレジットされるとともにリーダー作も何枚か吹き込んでいる。そのなかから1988年のスティープルチェイス盤「The Place To Be」を選んだ。ミッキー・タッカー、ウェイン・ドッカリー、リロイ・ウイリアムズという名手をバックに悠々と吹いている。特に「Over The Rainbow」がいい。美しいメロディーだけで成立している曲はたとえアドリブの素材に選んだとしてもメロディーを大きく崩さないのがルールである。そしてアドリブも美しなければ曲が生きてこない。

 ブレイキーと入れ替わるように62年の正月にシルバーが初来日した。勿論クックがフロントだ。このライブの音源は残されていないが、72年のようにクックはステージであるったけのテクニックを披露したことだろう。当時観た方は小生同様、レコードとはイメージが違う演奏に驚いたことと思われる。クックの生を知る人はクックを高く評価するだろう。クックを貶す人がいれば生を聴いてから語れと言う。
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名ジャズ・プロデューサー木全信さんが遺した名盤

2016-11-06 11:01:32 | Weblog
 飽きずに「枯葉」かい?と戻るボタンをクリックするか、秋色の風景を切り取ったジャケットに惹かれてページを開くか、どちらだろう。ネタが涸れてくるとこの手を使う。有名曲だけに来年の秋まで続くほど録音は多い。先週話題にしたシンディ・ブラックマンとアルバムタイトルが同じなら録音も1989年と同じだ。更にCDの発売元こそ違うが日本の企画で、こちらのプロデューサーは木全信さんである。

 ニューヨークを中心に活躍する気鋭のメンバーを集めた「Big Apples」というプロジェクトだ。マイルス、フレディ・ハバードに次いでトランペット・シーンを牽引するロイ・ハーグローヴ。キャノンボール・アダレイの再来と騒がれたヴィンセント・ハーリング。ジャズ・メッセンジャーズという登竜門をくぐったピアニスト、ドナルド・ブラウン。ストックホルム生まれながらアメリカの響きを持つベーシスト、アイラ・コールマン。どんなスタイルでも叩けるドラマー、カール・アレン。そしてハバードがゲストという豪華なセッションだ。一体ギャラは幾らかかったのだろうと要らぬ心配をしてしまう。作ろうと思えばリーダーを変えるだけで6枚のアルバムが出来る面々だ。

 全10曲でメンバーのオリジナルとスタンダードが半分ずつとバランスがいい。オリジナルといっても理論よりスウィングを優先した乗りのいい曲ばかりだ。セッションでここぞとばかりに頭でっかちの七面倒くさい曲を持ってくるのがたまにいるが、シーンを先見する実験的な勉強会ならまだしも気楽な録音でそれは無用というもの。木全さんの意を酌んだ曲作りは好感が持てる。タイトル曲をはじめ「'Round Midnight」、「Lullaby of Birdland」、「What's New」 とテーマは崩さずアドリブで勝負というのも王道だ。「In the Still of the Night」はテンポを速めにとっており、ニューヨークの夜の喧騒を醸し出している。

 CD時代になり日本の企画ものが増えた。ミュージシャンに録音の機会を与え、日本人好みのジャズを提供するのは素晴らしいことではあるが、金太郎飴のピアノでは聴く気にもなれない。300枚以上のジャズアルバムを制作した木全信さんだが、似たような作品であっても狙いは全く違う。その木全信さんは今年7月27日に78歳で亡くなられた。著書「ジャズは気楽な旋律」(平凡社新書)というタイトルにジャズ愛がつまっている。
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