デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ビートルズ・ナンバーをジャズアレンジで味わう

2012-11-25 08:54:03 | Weblog
 今年はビートルズが「ラヴ・ミー・ドゥ」でデビューしてから50周年にあたることから、テレビ番組や雑誌で特集が組まれていた。斬新な音楽性に世界が熱狂したばかりでなく、その影響は当時の若者のファッションや生き方にまで及び、彼らをとりまく狂騒はひとつの社会現象として捉えられている。グループとしての活動期間は8年に過ぎないが、発表した213の楽曲は今でも歌い継がれ、その輝きは色褪せることはない。

 当時夢中になった人はアルバム単位で曲を歌詞の隅々まで覚えていて、英語の試験で役に立ったという話まであるくらいだ。ほとんどの曲はカヴァーされているが、取り上げるのはポップスのシンガーばかりではなく、古くはエラ・フィッツジェラルドが「キャント・バイ・ミー・ラヴ」、サラ・ボーンは「イエスタデイ」をレパートリーにしていた。ジャズシンガーが歌っても絵になるのは楽曲の完成度が高いからであり、この点からもジョンとポールのソングライターとしての才能が浮き彫りになる。メロディはロマンティックで美しいうえ、歌詞は若者のストレートな叫びを表現したり、ときにそれは哲学的だったりする。

 ドイツのシンガー、リザ・ヴァーラントが「ハートに火をつけて」というアルバムで、「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」を歌っていた。ウォルター・ラングの短いピアノのイントロの韻を踏むように静かに歌い出すのだが、これがヴェルヴェット・ヴォイスで、えも言われぬ空間に包まれる。このアルバムではタイトルのドアーズのヒット曲やローリング・ストーンズの「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」といったポップスのカヴァーと、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」という大スタンダード、さらにシューベルトの「おやすみ」が並んでいるが、通して聴いても何ら違和感がない。それは声質が映える選曲と巧みなジャズアレンジによるものだろう。

 札幌薄野にビートルズのコピーバンドが入っている「バットルズ」という店があり、中高生のときにビートルズの洗礼を受けた人で連夜賑わっている。全213曲のリクエストに応えてくれるので、好みのに曲に合わせて歌ったり踊ったりで、ひととき青春に帰る。目の輝きは夢中でレコードを繰り返し聴いたあの頃と同じだ。変わったものといえば体型と、手にする飲み物がコーラからビールになったことだろうか。
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岩浪洋三さんとモダン・ジャズの世界

2012-11-18 09:31:09 | Weblog
 ジャズという音楽が漸く解りだした頃、スイングジャーナル誌で発売を知った書籍に「モダン・ジャズの世界」がある。著者は10月5日に亡くなられ、先週12日に東京FMホールで偲ぶ会が開かれたジャズ評論家の岩浪洋三さんだ。田舎の書店に並ぶべくもない本を注文したが、届いたその本はずっしり重かった。それは物理的な重さではなくジャズの世界を知る期待感からくるものだったろう。

 表紙はモダン・ジャズそのものと言っていいマイルスで、後に「リラクシン」で聞いた嗄れ声で「読めよ」と言っている。ジャズ評論家の書く本というと上から目線の高飛車な内容をイメージするが、これがジャズを聴き始めの人でも理解できるほど解り易く書かれていた。ただでさえ難解な音楽を難解な文章で解説されたら、好きになるきっかけさえ失うものだが、こんなふうにジャズへの愛情が滲み出た文章に接すると更に未知の音楽に興味が湧こうというものだ。ジャズは音楽なので当然音が出るレコードで愉しむものだが、本でジャズの歴史を学び、比較できる量を聴いている方の意見を聞くのは参考になる。それもジャズの愉しみである。

 そのころ本を捲りながら良く聴いたのはマラソン・セッションで、岩浪さんの文章のリズムとマイルスの音色が妙に波長が合っていた。「クッキン」一番、次いで「リラクシン」、そしてあとの2枚は似たようなもの、とされる一連のセッションだが、「スティーミン」の冒頭を飾る「四輪馬車」は素晴らしい内容だ。ガーランドのイントロにフワッと被さるように出てくるミュートはゾクゾクするし、二番手のコルトレーンのソロは無骨とはいえ歌心があふれ、ガーランドといえば「美しい」とか「愛らしい」という形容を超えた「ジャズらしい」ソロで、どれを取ってもそれこそ「モダン・ジャズの世界」と呼べる演奏である。

 この本は荒地出版社から出版されたもので、油井正一編「モダン・ジャズ入門」や相倉久人著「モダン・ジャズ鑑賞」というジャズの教科書も同出版社から刊行されている。社名は現代詩の同人誌「荒地」にちなんでいるそうで、「荒地」とはT・S・エリオットの有名な詩だ。当時リスナーも少ない荒地だったジャズを丁寧に解り易く教えてくれたからこそ、今の整ったジャズがある。ジャズを知り尽くしたジャズ評論家、享年79歳。合掌。

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コン・アルマをミシェル・カミロで聴いてみよう

2012-11-11 08:14:57 | Weblog
 古屋晋一著「ピアニストの脳を科学する」(春秋社刊)という本が今ピアニストの間で話題になっているという。小生はピアノも弾かなければ、記憶力が悪いのは歳のせいだと諦めているので脳科学にも興味はないが、サブタイトルの「超絶技巧のメカニズム」に惹かれて手にした。1分間に数千個にのぼる音を超高速で鍵盤から紡ぎだすピアニストの指の動きと、それをコントロールする脳の活動の関連は興味深い。

 この本ではクラシックのピアニストを分析しているが、ジャズのフィールドでも超絶技巧を誇るピアニストは大勢いる。超絶技巧だけでジャズという音楽が成立するわけではないが、泉の如く溢れるアイデアを持ち、それを思いのまま鍵盤で表現しようとするならテクニックも必要だ。挙げればきりがない技巧派のピアニストだが、ドミニカ共和国出身のミッシェル・カミロは、その卓越した技術にプロのピアニストでも憧れるという。クラシックの素養に加え、ジュリアード音楽院で学んだジャズ理論、ジャムセッションで培ったジャズセンス、そして何よりもラテン系特有の派手なプレイが特徴だ。

 数多くのアルバムをリリースしているが、「Triangulo」はアンソニー・ジャクソンとキューバ人のドラマー、オラシオ・エルナンデスを伴ったトリオ作品で、ラテンを強調した内容になっている。作曲家としても才能を発揮しているカミロなのでオリジナル曲中心だが、ラテン・カラーに相応しいガレスピーの「コン・アルマ」という選曲が心憎い。ガレスピーは幾つもの後世に残る曲を書いているが、なかでもこの曲はアフロ・キューバン・ジャズの立て役者としての陽気な一面と、哀愁や感傷といったロマンを想起させるメロディを持った傑作といえる。カミロはその原曲の美しさを際立たせており、それは超絶技巧だけでは表現できない境地だろう。

 同書で、フォーカル・ジストニアとよばれる思い通りに手指を動かせなくなるピアニストに多い病気に触れている。練習の積み重ねからくる脳内の変化が原因といわれるが、この障害をジャズ・ピアニストは起こさないという。楽譜通りに弾くクラシックのピアニストに比べ、自由にアドリブを展開するジャズは脳細胞のストレスが希薄というわけだ。ジャズという音楽の開放性を脳科学から改めて学んだような気がする。
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ライオンとヴァン・ゲルダーの点を線にしたギル・メレ

2012-11-04 08:55:12 | Weblog
 ブルーノート、それも1500番台は究極のジャズとも言われるが、それはアルフレッド・ライオンが惚れ込んだミュージシャンの最も熱い演奏を、レコーディング・エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーがこれぞジャズといえる音で録ったことによる。1501番のマイルスから1600番のスリー・サウンズまで、どれを選んでもジャズが一番燃えたであろう時代のドキュメントがぎっしりと詰まっているのは驚異といっていい。

 そのなかにあって1517番のギル・メレの「パターンズ・イン・ジャズ」は一風変わっている。どちらかというとハードバップ色が濃いブルーノートにあって理論的且つ実験的要素が強いからであり、その音楽は幾何学ジャズ、或いは建築学ジャズと呼ばれていた。メレのオリジナル曲はこのアルバムに4曲収められているが、テーマ部分は耐震性を強化したような複雑な構造のビルのようであり、アドリブ展開は様々なパターンの図形が絡み合い想像も出来ない模様を創り出す幾何学的パターンをみるようだ。このような印象を綴ると、ここはビルの何階か?と迷うような難解さだが・・・

 そこは天下のブルーノート、スウィングもしているからご安心を。ジェローム・カーンの「ロング・アゴー・アンド・ファー・アウェイ」はストレートな演奏で、太いアンサンブルによるテーマからメレのバリトン、エディ・バートのトロンボーン、そしてジョー・シンデレラのギターと続くソロはどこを切り取っても躍動感がある。自作曲は少々難解さもあるとはいえ、やっぱり1500番台だ、と納得できる内容だ。メレはジャケットのデザインも手がけていて、プレスティッジのセロニアス・モンク・トリオ(7027)も彼の作品だが、まるであのデザインのようにシンプルながら立体的に広がるサウンドは、メレとヴァン・ゲルダーの音世界をみるようだ。

 ヴァン・ゲルダー・サウンドとは何か?と訊かれる度にヴァン・ゲルダーは、「ヴァン・ゲルダー・サウンドとは実はアルフレッド・ライオン・サウンドだ。私はエンジニアとしてアルフレッドの望む音を何とか実現しようとした」と答えている。その望む音とはジャズファン、そしてオーディオ・マニアが求める音でもあるだろう。永遠のジャズ・サウンドを創り出した二人を会わしたのはギル・メレという、当時21歳の青年だった。
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