デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

戦地に流れるジョー・スタッフォードの I'll Be Seeing You

2008-07-27 07:47:55 | Weblog
 今の理髪店で通じないヘアスタイルにGIカットがある。アメリカ兵に多い短髪で、日本では50年代に若者の間で流行した。前髪を短く刈り揃えた角刈りに似たスタイルで、エルヴィス・プレスリーやジェリー・マリガンの若い頃の髪型を思い出してみるとよい。その後流行った慎太郎刈りは、前髪を額に垂らしておくというものだが、こちらのスタイルも死語になっているようだ。GIとは、Government Issue の略で、本来は官給品の意味だが、第二次世界大戦時に潤沢な官給装備品と共に戦う彼らを他国兵士が羨望を込めて呼んだアメリカ軍兵士の俗称でもある。

 「G.I.JO」は、今月16日に亡くなったジョー・スタッフォードが自身で立ち上げたレーベル「Corinthian」から発売したもので、「Songs of World War Ⅱ」とサブタイトルが付いているように戦時中に歌った曲を集めている。戦時下という特殊な状況とはいえ、1年で劣化する玉音放送のレコードとは違い、録音がよく装備品ばかりでなく録音機材も潤沢だったのだろう。伴奏は夫君のポール・ウェストンで、愛するひとりの妻というより、多くの兵士に愛されたひとりの歌手であるスタッフォードが引き立つアレンジが施されている。語りかけるような優しさのある歌声は時に母を妻を、そして恋人を戦地で想い、士気を高めたのかもしれない。

 「I'll Remember April」、「It Could Happen to You」等、センチメンタルな曲が並び、「I'll Be Seeing You」がアルバムの最後を飾る。不入りで打ち切りになったと言われるいわく付きのミュージカル「Right This Way」の挿入歌で、カラミティ・ジェーンや慕情でアカデミー歌曲賞を受賞したサミー・フェインの曲だ。ミュージカルは当たらなくも美しい曲は残るもので、ビリー・ホリデイが取り上げたことから一躍脚光を浴びることになる。名唱熱唱は数あるが、内へ内へと心の奥底に潜む女の性を見事に表現したのがホリデイなら、スタッフォードは異国の地で戦う愛する人に胸中を向けたエールといえるだろう。

 戦時中、日本軍が米兵の厭戦気分を誘うため東京ローズがセクシーな声で呼びかけ、スタッフォードの曲を使ったようだが、士気を上げたにせよ、弱めたにせよ、低く太いアルト・ヴォイスに涙を浮かべ故郷に想いを馳せたに違いない。享年90歳。合掌。
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灯りを消してジャッキー・グリースンで踊ろう

2008-07-20 08:19:18 | Weblog
 ・・・ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、アート・ブレイキーなどのモダン・ジャズのレコードが山とありました。ところが彼がかけたのはジャッキー・グリースンでした・・・水谷良重、現二代目水谷八重子が半生を記した著書「あしあと」の一節で、ジャズ歌手としてデビューしただけあって、スタンダード・ナンバーやジャズメンの名前がすらすら出てくる。一女優の半生は、日本の芸能史であるとともに日本のジャズ史の足跡をみるようだ。

 ジャッキー・グリースンと聞いて映画ファンが思い出すのは、ポール・ニューマン主演の「ハスラー」であろうか。ニューマンと白熱のビリヤード・シーンを展開したミネソタ・ファッツ役を演じていた。俳優でありながらオーケストラを率いる指揮者、それも女性を音楽で酔わせるテクニックなら右に出るものはいないという音の魔術師である。甘美なメロディをストリングスでどこまでも甘くというのはムード・ミュージックのセオリーなのだが、グリースンはただ甘いだけでなく、その曲の最も美しい部分をより美しく表現するツボを心得ているのだ。BGMとして聞き流されるムード音楽という括りでは収めきれない高い音楽性を持っている。

 うっとりとした女性のジャケットは、「Music to Change Her Mind」で、タイトル通り彼女の心を変える音楽の玉手箱だ。「You've Changed」に始まり「All by Myself 」、「You and the Night and the Music」と、口説き文句が倍加して出てくる曲が並び、究めつけは「Dancing in the Dark」である。フレッド・アステアがミュージカル「バンド・ワゴン」で優雅なダンスを披露した曲で、「ザッツ・エンタテイメント」でも名場面として紹介されたほどの踊るには最高の曲のひとつである。グリースンのこの曲で踊るなら、そっと抱き寄せるだけでいい。音の魔術は言葉を必要としないだろう。

 冒頭の回想は水谷良重が白木秀雄の部屋に行ったときのことだ・・・何も考える暇もなく生まれて初めて、一線を、越えてしまったんです・・・当時一流のドラマーは、グリースンを選ぶ一流のプレイボーイでもあった。
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エロール・ガーナーのばら色の人生

2008-07-13 07:45:48 | Weblog
 フランスの女優マリオン・コティヤールが、今年のアカデミー賞主演女優賞を受賞した「愛の讃歌」は、エディット・ピアフの生涯を描いていた。フランスでは最も愛されている歌手の一人で第二次世界大戦のドイツ占領下では、レジスタンス運動への貢献でもよく知られる。確かな耳と時代感覚を持つ人で、シャンソン界を賑わしたシャルル・アズナヴールやイブ・モンタン、ジルベール・ベコーの才能をいち早く見出したのもピアフであった。

 生涯多くのヒット曲を持つが、「ばら色の人生」はピアフ自身の作詞によるもので、人生を映し出す含蓄のある詩と流れるような美しいメロディは、マレーネ・ディートリッヒもレパートリーに加えたほどだ。ジャズメンにも人気のある曲で、エロール・ガーナーも「パリの印象」で採り上げている。イントロの最後の低い一音が消えるかかる瞬間に主メロディを弾き出すタイミングは絶妙で、残響による空気の揺れを感じさせるほどに緊張感を生む。音数の多いガーナーだが、「間」も見事なもので、曲の後半、乗りのよさから唸り声を上げるガーナーにつられて、こちらもそれ以上の声を上げたくなる名演である。

 57年にヨーロッパを訪れたガーナーは、パリを拠点にイギリス、オランダ等各国を回り絶賛を浴びた。パリで見た彩り輝く眩いばかりの景色、熱狂的なファン、アメリカでは味わえないひと時のばら色の人生だったのだろう。このアルバムを録音したのは帰国間もない58年で、2枚組という大作はシャンソンの流れるような旋律に魅せられたこともあるのだろうが、歓迎されたパリの聴衆の強い印象も窺える。72年に初来日を果たしているが、客足は伸びず空席が目立ち、そのせいか客席から顔を背けて弾いていたが、演奏内容は素晴らしいものであった。この一夜限りのコンサートが満席であったなら、「トウキョーの印象」というアルバムが存在したかもしれない。

 ピアフは売春宿で育ち、街角でスカウトされ歌手としてシャンソンの一時代を築いた人だ。境遇はビリー・ホリデイに似ている。愛に恵まれなかった二人の人生は決してばら色ではなかったかもしれないが、心を打つ歌は聴くものをばら色に包んでくれることに間違いない。
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Montreux Summit

2008-07-06 08:10:00 | Weblog
 明日7日からサミットが開催される洞爺湖は、日本百景にも選ばれている景勝地である。約10万年前に火山の活動によってできたカルデラ湖で、近年は透明度が低下しているようだが、自然と歴史の重みを感じさせる場所だ。二酸化炭素の排出削減、食糧危機、原油高騰など世界的な課題が山積する中での主要国首脳会議は、別名「地球環境サミット」とも呼ばれているが、環境破壊を見ない地で歴史に残る実りのある合意を期待したい。

 77年に開催されたモントルー・ジャズ・フェスティバルの実況録音盤は、「Montreux Summit」と題された2枚組のアルバムで、しかも2セット、レコード4枚というヴォリュームのあるものだ。77年当時、コロンビアレコード在籍のジャズメンを中心に構成されたCBSオールスターズで、ボブ・ジェイムス、スタン・ゲッツ、ウディ・ショウ、デクスター・ゴードン、ベニー・ゴルソン等々、まさにサミットに相応しいメンバーが並んでいる。ほとんどの曲はレコード片面を占める長尺で、新旧交えての組み合わせは聴き所が多く、単なる顔見せセッションで終わっていないのは、其々がリーダーとして主張し、サイドメンとしての協調性を持つからだろう。

 ゴルソンが編曲した「ブルース・マーチ」も演奏されていて、ビリー・コブハムのドラム・ソロに鼓舞されたメンバー一丸となったテーマ部はスコア通りに一糸の乱れもなく、小気味いいほど音が重なる。一番手のマーチの力強さをみせるショウのソロに続き、ボビー・ハンプリーの女性にしか吹けない繊細なフルート、太く逞しいゴードンのテナー、メイナード・ファーガソンの青空を抜けるハイノート、エリック・ゲイルのうねるギター、ジョージ・デュークのヒューズを飛ばす勢いのあるエレキピアノの早弾き、ヒューバート・ロウズの囀るピッコロ、そしてこの曲を初めて演奏するであろうゲッツのブローは熱い。世代を超えたサミットが協調性合意をみせるのは、底辺にあるブルースの捉え方が同じであることを示している。

 メイン会場のザ・ウインザーホテル洞爺はかつて倒産騒ぎがあり、北海道の経済界を揺るがしたホテルだが、今は大手警備会社セコムの関連会社である。テロが懸念されるサミットだが、警備のプロに恥じない厳戒態勢で無事の終了を祈るばかりだ。 
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