デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

劇的なラヴァー・マン

2009-06-28 08:25:56 | Weblog
 陸軍に入隊したばかりの若い兵士ジミー・デイヴィスが、寂しさを紛らすために夜空を見上げながら詩を綴る。未だ見ぬ恋人、戦地に赴くともしかすると永遠に逢えないかもしれない恋人を夢見る詩だった。この詩をあの歌手は気に入るだろうか、そして歌ってくれるだろうか、と考えたら眠りにつくこともできず兵士は、ファンレターを添えて手紙を出す。宛て名はミス・ビリー・ホリデイと書かれていた。

 詩をいたく気に入ったビリーは、ロジャー・ラミレスとジミー・シャーマンに作曲を依頼する。こうしてできたのがビリーのテーマ曲のように親しまれる「ラヴァー・マン」で、どこにいるのか今はわからないけれど、きっといつか巡り会える恋人を夢み続ける、という自分を愛してくれる人のいない寂しさを歌った曲は、波乱万丈の人生を歩んだビリーにうってつけであった。44年にデッカと契約したビリーは初レコーディングのときに録音して以後何度も歌った曲で、哀しいまでの女心の表現はビリーの人生そのものであり、また詩を書いた兵士の死と隣り合わせの心情と重なり、聴くものの胸を打つ。

 ビリーのトリビュート盤には欠かせない名曲を、イタリアきってのジャズシンガー、リリアン・テリーがトミー・フラナガン・トリオをバックにした「A Dream Comes True」で歌っている。テリーのイタリア盤はほとんど国内で紹介されずに終わっているが、イタリア・ジャズのゴッドマザーとも呼ばれる人で、このアルバムの裏ジャケットにはエリントンやビリー・ストレーホンと歓談している写真も載せられていた。82年にこのアルバムを録音するまで、声帯を痛め治療をしていたため数年間レコーディングのブランクがあったようだが、高音の伸びもよく、低音部のややしわがれた声もこの曲の雰囲気を出しており、アルバムタイトルのように夢が叶うような張りのある歌唱だ。

 「ラヴァー・マン」というとパーカーのダイアル・セッションを思い出される方もあろう。演奏中意識を失くしそのままカマリロ精神病院に運ばれるが、それでも演奏は美しい劇的なものである。ビリーがこの詩を受け取ったときは戦時中で、どこもレコード化を引き受けてくれなかった。ようやくレコードが完成したときには、ジミーはすでにヨーロッパ戦線で戦死していたという。どこまでも劇的な曲である。
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ボビー・ハッチャーソンが聴いた子守唄

2009-06-21 08:29:04 | Weblog
 「ドウキョしているドウキョウのヴァイブ叩きがいるんだがドウ、キョウあたり聴いてみない」ドウキョだか、ドウキョウだかよく呂律が回っていない二日酔いのデクスター・コーリングである。寝起きの髪がライオンのように逆立ったアルフレッドもデックスの推薦なら聴かずにはいられない。ロスでカーティス・アミーやチャールス・ロイドのバンドで活躍しているのを聞いてはいたが、音を聴くのは初めてのことだ。

 ビバップをモダンにしたスタイルはミルト・ジャクソンの影響があるものの、斬新なフレーズや間の感覚は今のブルーノート路線に乗ると思ったライオンは、早速レコーディングに取りかかる。まず、ジャッキー・マクリーンの「ワン・ステップ・ビヨンド」、次いでグラント・グリーン、アンドリュー・ヒル、エリック・ドルフィーの「アウト・トゥ・ランチ」、サイドで徐々に知名度をアップさせるのはライオンがニュースターを売り出す作戦であった。ブルーノートで録音を開始してから65年に初リーダー作の「ダイアローグ」を吹き込むまで僅か2年、デイブ・パイクにヴィブラフォンの手ほどきを受けてから6年で、ライネル・ハンプトンやジャクソンとは違うヴァイブ奏法でジャズ界に新風を送るスターが誕生した。

 多くのリーダー作のなかで「ハプニングス」は、ボビー・ハッチャーソンの代表作であるばかりか、ハービー・ハンコックの「処女航海」と並ぶブルーノート新主流派の傑作でもある。ハンコック、ボブ・クランショウ、ジョー・チェンバースの基本的なリズム・セクションだけをバックにしているので、ヴァイブ特有の硬質でクールな音が鮮明になり、ハッチャーソンの個性的なスタイルが際立つ。ハンコックに敬意を表した「処女航海」以外は全曲オリジナルで、コード・ワークにポイントを置いた従来のヴァイブとは違うハーモニーが展開され、そのサウンドはライオンが理想とするモードを基調としたジャズ新時代の幕開けであった。

 ハッチャーソンの父親はデクスター・ゴードンの親友で、ゴードンはボビーのベビーシッターを務めたそうだ。ゴードンのこと、子守唄代わりにテナーを吹いていたのかもしれない。ハッチャーソンが短期間でモード奏法をマスターし、自分なりに進化させることができたのは、幼い頃から単調ではないリズムとハーモニー、それに酔うほどテンションが高くなるゴードン流のジャズ感覚を身に着けていたからだろう。
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アート・テイタムの不思議

2009-06-14 08:59:08 | Weblog
 世界的演奏家を輩出している「バン・クライバーン国際ピアノコンクール」で、辻井伸行さんが日本人として初めて優勝した。生まれたときから全盲のピアニストで、普通は譜面を見て覚える曲を録音テープを聴いて学ぶという。人の何十倍もの時間をかけて曲を覚え、さらにそれを自分の中で磨き、見えない鍵盤をたたいては一音一音築いていく。多くの人が感動のあまり涙した演奏は努力や鍛錬というありきたりの言葉を超え感嘆としかいいようがない。

 全盲というハンデを克服した名だたる演奏家は多く、辻井さんが尊敬するスティービー・ワンダーをはじめ、レイ・チャールズ、ホセ・フェリシアーノ、そしてジャズ・ピアニストで忘れることができないのがアート・テイタムだ。驚異的なテクニックは、ヴラジーミル・ホロヴィッツをして「クラシックの世界でも巨匠となっていただろう」とまでいわせ、テクニシャンで知られるあのオスカー・ピーターソンは、初めてテイタムのレコードを聴いた時、ショックのあまりピアノに近寄れなくなったという。そのバリエーションの展開はジャズ・ピアノの可能性を大きく広げ、その後のピアニストへの影響ははかり知れないだろう。

 初期の演奏はデッカに大量に残されていて、写真のレコードはその中から、「タイガー・ラグ」、「ユーモレスク」「セントルイス・ブルース」等、選りすぐりのソロ作品を集めている。ヴァイオリン奏者のステファン・グラッペリが、「2人のピアニストの連弾だと思った」と言い、ハービー・ハンコックは、「ハーモニーの上でテイタムの演奏は未だに自分のそれよりも前進している」と語ったように多彩な音の広がりと目まぐるしい展開はピアノという万華鏡を見るようだ。ベースとドラムが参加しているのではないかと思わせるほどリズミカルな左手の動きが素晴らしく、アニタ・オデイは「You're the Top」で、素晴らしいものの一つに「Tatum's left hand」と歌詞をアドリブしていた。

 過去の例をみても盲目のピアニストがクラシックの世界でプロのレベルで活躍することはないといわれているようだが、辻井さんは今回の優勝をきっかけに国際的な舞台に飛び立つだろう。カウント・ベイシーはテイタムを世界の8番目の不思議と賞賛したが、9番目の不思議もある。
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栗本薫がボディ・アンド・ソウルの謎を解く

2009-06-07 08:55:16 | Weblog
 先月26日に亡くなられた作家、栗本薫さんの作品に「身も心も」がある。続けて刊行された「聖者の行進」同様、名探偵伊集院大介が主人公のミステリーで、映画化された「キャバレー」という小説でデビューした栗本ファンお馴染みの天才サックス奏者、矢代俊一と小説で共演するのが面白い。矢代に届いた「ボディ・アンド・ソウル」を演奏するな、という不可解な脅迫状からストーリーが始まり、ジャズクラブを舞台にした展開はスタンダード曲やコード譜の解析もちりばめ、ジャズファンなら謎解きも楽しめる力作だ。

 20世紀最後の年、2000年に各マスコミで21世紀に残したいものを企画していて、ジャズ雑誌でも「21世紀に残したいジャズ・スタンダード」を募っていた。正確な順位は覚えていないが、「ボディ・アンド・ソウル」はベスト3に選ばれたと記憶している。おそらくジャズ・バラードでもっとも美しい曲であり、プレイヤーがバラードを、とリクエストされるとまず浮かぶのがこの曲だそうで、メロディは単純だが1コーラスで何度も転調する構造のため腕の見せ所にもなるという。ジョニー・グリーンが30年に作曲して以来、多くのプレイヤーがバラード表現の極致に挑み、多くのリスナーがその美しさに酔った曲だ。ビリー・ホリデイの名唱をはじめ、この曲が広く知られるきっかけになった39年のコールマン・ホーキンスの名演等、身も心も一体となった歌唱や演奏は枚挙に暇がない。

 「Jazz Is A Fleeting Moment」というアルバムで、ジミー・ロウルズが取り上げていてソロ・ピアノでじっくり歌い上げる。ソロはプレイヤーの特質や弱点、ときには音楽観をも露呈させるものであり、相応の実力がなければ挑めないものだが、ロウルズはジャケットのイラストのように一音一音確かめるように鍵盤を押さえ、珠玉のフレーズを紡ぎだす。ベン・ウェブスター、レスター・ヤング、ベニー・グッドマン、ズート・シムズ、レイ・ブラウン等々、ロウルズが共演したプレイヤーは実に幅広い。世代やスタイルを超えたプレイヤーと共演した音楽性は掴み難いが、どの時代でもどのような流儀でも、ロウルズにとっての音楽はジャズだったのだろう。このアルバムの発売レーベルは「Jazzz Records」である。一文字多い「z」からは端正なピアノの響きが聴こえてきそうだ。

 栗本薫さんの作品は時代小説からSF、ミステリー、ホラー、そして126巻まで刊行されたファンタジー大作「グイン・サーガ」と極めて幅広い。どの分野でも読者を惹きつける作風は見事なだけに56歳という若さが悔やまれる。「滅びの風」という小説のあとがきで、栗本さんは「死を見つめよ」と結んでいた。身は滅びてもその心は次世代の読者をも魅了するに違いない。
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