デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ドルフィーでジャズを覚えた瀬戸内寂聴さん

2021-11-21 08:15:46 | Weblog
 はじめてかけたのが・・・私は、全身震えを感じ、聴き終ったら涙を流していた。なるほど、音楽とはこういうものかと思った。・・・音楽が終ったあと、やさしい男の声が流れた。音は生れてすぎ去り、永久に捕えることが出来ないといっているようだった。私は自分が才能なく音楽に無縁で、一度印刷されたら、消すことの出来ない小説を書く仕事を選んだことが、不幸のように一瞬思った・・・

 今月9日に亡くなった瀬戸内寂聴さんが、ジャズ批評誌30号(1978年発行)の「私の好きな一枚のジャズ・レコード」に寄せた稿の一節である。その一枚とは・・・ここでは「ラスト・レコーディング」と書かれているが、エリック・ドルフィーの「Last Date」だ。「四十年も私は耳がありながらつんぼでいたのである(原文のまま)」と書かれているので、ジャズとの出会いは遅かったものの、最初に聴いたのが数万枚あるジャズ・アルバムの中でもベスト100に必ず選ばれる作品だったというのがジャズファンとして嬉しい。偶々つまらないものを聴いてしまうとそこでジャズとは縁がなくなる。

 性愛を通して人間の業を描いた作家がはじめてかけた時のようにそっとターンテーブルに乗せた。この時点で既にドルフィーが聴こえる。いや、正確に言うならば棚からジャケットを取り出した瞬間から演奏は始まっているのだ。1曲目のバスクラリネットのいななきに仰け反る。白眉は「You Don't Know What Love Is」だ。フルートソロのベストと言っていい。続く自作曲「Miss Ann」で最高の幕を下す。そして、「やさしい男の声」の「When music is over, it’s gone in the air. You can never capture it again」。知らず知らずのうちに涙があふれた。

 「もし、人より素晴らしい世界を見よう、そこにある宝にめぐり逢おうとするなら、どうしたって危険な道、恐い道を歩かねばなりません。そういう道を求めて歩くのが、才能に賭ける人の心構えなのです」。瀬戸内さんの名言だ。まさにアメリカを諦め、ヨーロッパを活動の拠点にしようと決意した1964年のドルフィーである。大正、昭和、平成、令和と4つの時代を生きた作家・・・享年99歳。合掌。

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モンクの友人、ユージン・スミスが録ったホットなジャズ、撮ったクールなフォト

2021-11-07 08:37:50 | Weblog
 ジョニー・デップがユージン・スミスに扮した映画「MINAMATA ミナマタ」が上映中だ。チッソ工場が海に流す有害物質によって苦しむ人々を撮影した写真で惨事を世界に伝えた様子が描かれている。スミスは戦場カメラマンとして活動した後、雑誌「LIFE」に掲載された数々の「フォトグラフィック・エッセイ」で有名になった写真家だ。

 この映画に合わせるかのように「ジャズ・ロフト」が封切られた。こちらは2015年に制作されたドキュメンタリーで、もし先の作品がなければ恐らく日本ではお蔵になっていただろう。スミスがマンハッタンのとあるロフトで夜な夜なジャムセッションが開かれているのを聞きつけ、ついには録音機材を持ち込み移り住む。部屋中に録音の配線を張り巡らす。一音も逃さないぞという意気込みで録った音はその時代の最先端のジャズである。ミュージシャンの喜怒哀楽を撮った写真は数千枚にも及ぶ。

 圧巻はセロニアス・モンクがオーケストラと共演した「タウン・ホール」のリハーサル風景だ。オーケストラといってもチューバとフレンチホルンは入っているもののサド・ジョーンズをはじめペッパー・アダムス、エディ・バート、フィル・ウッズ等、錚々たるメンバーが並ぶ。何といっても個性が強い面々をまとめるアレンジャーのホール・オヴァートンが凄い。「Little Rootie Tootie」は、1952年の「Thelonious Monk Trio」を聴き返してモンクとオヴァートンが議論を重ねる。名演が生まれる緊張感にワクワクした。

 映画ではスミスの撮影方法や暗室作業も紹介される。演奏中に撮る時は誰にも気づかれないようにシャッターを押す。言うなれば「刹那」を切り取った写真はジャズメンの内面をも映し出す。現像の技術は写真に無縁の素人もうなずく。黒と白のメリハリを出す瞬間は魔法を見るようだ。スミスの写真集を開いてみよう。メリハリのあるモンクが聴こえる。
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