デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ナンシー・マルコム嬢の弾き語り

2016-08-28 09:50:20 | Weblog
 先週話題にしたクロード・ウィリアムソンの「'Round Midnight」にメル・ルイスが参加している。ルイスといえば40年代後半からボイド・レイバーンやレイ・アンソニー、スタン・ケントンという一流の楽団を渡り歩き、60年代初頭にジェリー・マリガンのコンサート・バンド、次いでモンタレー・ジャズフェスのハウス・ドラマーとして3年間務めたあと65年にはサド・ジョーンズと双頭バンドを結成した。

 ダイナミックなビッグバンド・ドラマーのイメージが強いが、堅実なプレイが要求されるスタジオ・ミュージシャンとしてシェリー・マンほどではないが幾つかのセッションに参加している。ドン・ランディの枯葉、ビル・パーキンスのオン・ステージ、ズート・シムズの「Choice」、ステュ・ウィリアムソンのベツレヘム盤等、地味ながらいぶし銀の味わいがあるレコードばかりだ。そして意外なことに歌伴でも叩いている。スウィング期のビッグバンドであれば専属のシンガーもいるので手慣れたものと思われるが、小編成となると目立ってはいけないし、さりとて控え目では歌が生きてこない。

 ナンシー・マルコム唯一のアルバム「The West Coast of Broadway」にクレジットがあった。このナンシー嬢、本業はピアニストなのでここはピアノ弾き語りで録音されている。歌は付け焼刃的な印象を受けるが、表現力はなかなかのものでクルト・ワイルとアイラ・ガーシュウインの「My Ship」は、小舟に揺られているようで気持ちがいい。声はハスキーで歌い方はクリス・コナーやジューン・クリスティに似たケントン・ガールズ系だ。ジャケット写真通りの清楚な歌とシナトラやジュリー・ロンドン御用達のアル・ヴィオラのギターを引き立てるルイスのブラッシュが小気味良く響く。

 12曲中、「If I Were A Bell」や「Old Devil Moon」等4曲はインストで、ピアニストとしての腕前を披露している。このアルバム1枚しかリリースされなかったのが不思議なくらいセンスがよくアイデアも豊富だ。経歴を見てみるとケントンの紹介でピアノ教師のサム・サックス(Sam Saxe)に2年間師事している。サックスといえばアーノルド・ロスやクロード・ウィリアムソンを育てた人だ。ジャズ界はどこかでつながっている。
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クロード・ウィリアムソンのバップ・ピアノを聴け

2016-08-21 10:01:07 | Weblog
 ECMやヴィーナスといったレーベルのピアノの音が心地良いリスナーは50年代に活躍したピアニストを聴かないようだが、7月16日に亡くなったクロード・ウィリアムソンは白人三大バップ・ピアニストの一人であることを知らない世代にも人気がある。妙中俊哉氏の尽力で15年間のブランクをはさんで77年に復帰したときは、柔なピアノやフュージョンが全盛の時代に新鮮に響いた。

 78年の「クレオパトラの夢」はバド・パウエルを聴いたことがない耳には衝撃だったろう。90年代のヴィーナス・レコードの作品は他のヴィーナス・ピアノ同様、金太郎飴だがそれでもバップのエッセンスを汲み取れる。復帰以降も好評とはいえ、60年代から70年代にかけてジャズ喫茶で過ごしてきた世代にはさすがに物足りない。70年代に50年代の音やスタイルで演奏することは時代遅れであることは確かだし、セールありきのアルバム制作であれば時代の流れに乗るのも致し方ないが、50年代に活躍したバップ・ピアニストだからこそ頑なにそのスタイルを貫いて欲しかった。

 それと言うのもこのベツレヘム盤があまりにも素晴らしいからだ。録音した56年当時、ウエスト最強だったレッド・ミッチェルとメル・ルイスと組んだ作品で、タイトル曲をはじめ「Stella By Starlight」、「Somebody Loves Me」、「The Surrey With The Fringe On Top」、そして「Love Is Here To Stay」、選曲のセンスも光る。非凡なメロディーラインの構築、機知に富んだアドリブ、三人が輪になった統一感、そのどれもが一級品といっていい。誰でもが弾くスタンダードは個性が強く反映されるが、ウィリアムソンの解釈はバップ・ピアニストの誇りがダイレクトに響いてくる。

 かつてウィリアムソンは、「白いパウエル」と揶揄された。おそらく黒人ジャズ至上主義者が言ったのだろう。音楽に限らず芸術は憧れるアーティストを模倣することから始まる。真似だけのプレイヤーは消えてゆくが、そこから自分のスタイルを見付けた人だけが一流になれる。ベツレヘム盤「'Round Midnight」は、ジャズ喫茶でパウエルよりもリクエストが多かった。享年89歳。トリオ名盤は死なず。
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ヤードバード組曲をハービー・マンを聴いてみよう

2016-08-14 09:24:37 | Weblog
 惜しくも第88回アカデミー賞でオスカーを逃したものの作品賞、主演女優賞、脚色賞にノミネートされた作品がある。「ブルックリン」だ。アイルランドからアメリカに移住した少女の揺れ動く心をある時は大胆に、またある時は繊細に描いている。田舎に育った若者なら一度は憧れる都会暮らしの自由と不安、開放と孤独、何の変哲もないごくありふれた物語だが、ラストまで飽きさせない。

 ブルックリンといえばM-BASE派だが、これを話題にするとただでさえアクセス数が少ないブログに閑古鳥が鳴くので今週はブルックリン出身のハービー・マンが登場だ。え!?ジャズロックだのボサノヴァだのフュージョンだのと時流に合わせたスタイルで金儲けしたマンはジャズミュージシャンの風上に置けぬ、という批判があるではないか。確かにそれを指摘されると返す言葉はないが、70年代に大ヒットした「Memphis Underground」からジャズに入った方もいるし、チック・コリアをはじめラリー・コリエル、チャック・レイニーを育てた功績は大きい。

 1962年の「Comin’ Home Baby」のヒット以降、リアル・ジャズ・ファンから白い目で見られているが、50年代はバップ・フルート奏者として素晴らしい作品を残しているのだ。サム・モストと組んだベツレヘム盤や、ボビー・ジャスパーを迎えたプレスティッジ盤、そしてこのサヴォイ盤「Yardbird Suite」はモダン名盤に数えられる。涼しげなフルートの音色とフィル・ウッズの温かみのあるアルト、エディ・コスタの天に抜ける透明なヴァイブ音、ジョー・ピューマの琴線を揺らす爪弾き、録音された1957年はホットな時代だが、クールの趣きもあり楽器の特性を生かした好アルバムだ。

 映画「ブルックリン」では主人公が田舎か都会かを選択する場面があり、ここが見どころになっている。私ならこちらを走る、いや僕ならあちらに行く。つい自分を主人公に重ねてみたくなる作品だ。西か東か、上か下か、前か後ろか、人生は勿論だが日常の些細な事も常に選ばなければ先に進まない。時に選んだ道につまずくことがあっても自分が決断したことは正しい。
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レッキング・クルー・プラス・ジョンソン

2016-08-07 09:34:46 | Weblog
 今年2月から各地で順次上映されている映画「レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち」がようやく札幌で掛かった。60年代から70年代にかけて数多くのヒット曲を手がけたセッション・プレイヤー集団にスポットを当てたドキュメンタリー作品だ。シナトラやプレスリー、ビーチ・ボーイズ、ママス&パパス、サイモン&ガーファンクルらのヒット曲が録音される過程は興味深い。

 レコード・ジャケットに写真がアップされ、テレビで歌うアーティストはスタジオで録音をすることはなく、超が付くテクニックを持ったミュージシャンが代りにプレイをしていた。この驚愕は2009年5月の拙稿で鶴岡雄二さんの著書「急がば廻れ’99」を元に話題にしたが、それを裏付けする内容だ。その影武者の仕事ぶりが凄い。ギタリスト、トミー・テデスコの手帳は早朝から深夜までスタジオの移動だ。ドラマーのハル・ブレインは仕事を受けた数ではなく断った数で人気度がわかるという。女流ベーシストのキャロル・ケイは大統領より稼ぎがあったと豪快に笑っていた。

 クルーのなかに「ピンク・パンサー」のテナー・ソロで有名なプラス・ジョンソンもいる。バップを演奏していたが泣かず飛ばずで縁があってキャピトル・レコードの専属になった。この人も忙しい。キャピトル・タワーと呼ばれる本社ビルに缶詰状態だ。シナトラは勿論のことナット・キング・コールやペギー・リー、ディーン・マーティンといった専属シンガーのほとんどの録音でバックを務めている。59年のリーダー作「This Must Be the Plas」も勿論キャピトルからのリリースで、シンガーが心地よく歌えるイントネーションと間は絶妙だ。「If I Had You」ではバリトンを吹いているのだが、適度な湿り気のある音色はリラックス効果がある。大物シンガーが欲しがるわけだ。

 曲がヒットするにはキャッチーなメロディー、それを歌うシンガーの魅力が不可欠だが、この作品を観るとバックの大きさがよくわかる。特にイントロが重要で、僅か数秒でビルボードにチャートインするか否かが決まる。クルーはそこに持っているアイデアの全てを注ぎ込むのだ。これを知って聴き直してみると目から鱗だ。それ相応のギャラは貰っているとはいえレコードジャケットに一切彼らのクレジットはない。
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