デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ボビー・ハッチャーソンがコピーしたバグス・グルーヴ

2013-06-30 08:30:03 | Weblog
 現在は廃刊になったスイングジャーナル誌に、「アイ・ラヴ・ジャズ・テスト」という連載があった。ミュージシャンに目隠しでレコードを聴いてもらい、率直な意見をいただく、という企画だ。その中でボビー・ハッチャーソンが、シンプルなフレーズを重ねているだけの演奏なのに聴き応えがあり、ブルースというフレーズのオン・パレードだ、と答えていた。そして、このフレーズをコピーしたことも告白している。

 そのレコードはミルト・ジャクソンのブルーノート盤で、曲はバグス・グルーヴだ。「Bags」はミルトの仇名で、目の下に隈があることからそう呼ばれていたらしい。「Groove」とは愉快なことを指すので、曲名からしてノリが良いし、自分の名前を入れることで名刺代わりにもなる。1952年にレコーディングの話がきたときにメンバーとして誘ったのは、自身が参加していたディジー・ガレスピー楽団のリズム・セクションであるジョン・ルイス、レイ・ブラウン、ケニー・クラークだったが、レイは当時の妻だったエラ・フィッツジェラルドとの仕事を選んだことからパーシー・ヒースが参加することなる。

 モダン・ジャズ・カルテットの母体といえるグループが誕生したのはこのときだった。この録音ではルー・ドナルドソンが参加しているが、先にブルーノートと契約していたルーにレコーディングの機会を与えたレコード会社の配慮だろう。ハッチャーソンが言う通りシンプルなテーマの繰り返しだが、心も体もうきうきしてくる。ジャズのセッションでは定番のFのブルースで、演奏するほうも聴くほうもタイトルの如くノリノリになるが、簡単なテーマほど難しい。それも繰り返すだけなので、よほどアイデアがなければ針飛びに聴こえるが、この名曲の初演はその後生まれる多くのカヴァーの完璧な手本といえるだろう。

 ハッチャーソンは付け加えるように、ジャズはどんどん複雑になっていったが、この演奏を聴いて思うのは、ジャズはブルースに始まってブルースに終わる、という金言だ。そのことをこの演奏は地でいっている、と。ハッチャーソンをはじめ多くのプレイヤーがコピーしたシンプルなフレーズには、実に多くのものが詰っている。それに気付き、そこから得たものを最大限に表現できなければハッチャーソンのような一流のプレイヤーになれない。
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サム・ハスキンスのヌード写真に釘付け

2013-06-23 08:19:45 | Weblog
 長年ジャズを聴いていると初めて耳にするアルバムでも誰が演奏しているのかわかるようになる。必ずしも当たるとは限らないが、たとえ外れていたとしてもそのプレイヤーと同じスタイルの名前が出てくるものだ。当たらずとも遠からずである。それと同じように写真が好きな方は、初見で写真家がわかるという。被写体やアングルの特徴、また照明や露出等、ジャズプレイヤーと同じで独自のスタイルがあるからだろう。

 このジャケット写真を撮ったのは?写真の門外漢でも名前を知っている南アフリカ出身の写真家サム・ハスキンスだ。代表作といわれる「Cowboy Kate」や「Haskins Posters」は今でも人気だという。裸電球の下で両手を縛れているようにも見える妖しい写真だ。拷問か?苦痛が快感に変わったのだろうか、アルバム・タイトルの「More Smiles」の如く笑っているようにも映るのはクラーク・ボラン・ビッグ・バンドの作品だ。前作のエマニエル夫人のようなジャケット「All Smiles」に次ぐスタンダード集で、国際色豊かなメンバーがボラーンのソロイストが一番映えるアレンジで目眩くソロを繰り広げている。

 スタンダード集といっても大スタンダードではなく、あまり演奏されない曲、それでいて魅力的なメロディを持つものばかりが選ばれている。それはケニー・クラークにとっては懐かしいものであり、フランシー・ボランの耳には新鮮に聴こえるのかもしれない。アルバム・トップは「マイ・ファニー・バレンタイン」や「ザ・レディ・イズ・ア・トランプ」といった名曲が生まれたミュージカル「ベイブス・イン・アームス」の1曲である「ジョニー・ワン・ノート」だ。ソロを取るのはジョニー・グリフィンで、50年代のアメリカの演奏はパワーで押す印象が強かったが、62年にヨーロッパに渡り空気が馴染んだせいかソロも洗練されておりビッグ・バンドに溶け込んだ協調性も聴きどころだろう。

 サム・ハスキンスの写真は、モノクロの陰影やデザインを考慮した照明等、ヌード写真であっても安っぽくなく、写真の世界を知らない人をも惹き付ける。一流の技術というのはその分野の素人に魅力を伝えることかもしれない。ジャズも同じだ。クラーク・ボラン・ビッグ・バンドのアレンジとソロは普段ジャズに馴染みのない人にジャズとは何か、そしてビッグバンドの魅力とは、を確実に伝える力がある。
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パパ・ジョーの印税はどこに消えた

2013-06-16 10:44:00 | Weblog
 カバン一つと古びたギターを抱えてアメリカに渡り、ハーレムに居を構えたブルース・シンガー、大木トオルさんの著書「伝説のイエロー・ブルース」(文藝春秋刊)に、ドラマーのルイス・ヘイズに紹介されてあるドラマーを訪ねるくだりがある。「ワンルームにベッド一つ、こわれた白黒テレビ、小さなラジオ」それだけが所帯道具で、「汚れたナイトガウンにプンと鼻をつくアルコールの匂い・・・」

 これがあの名ドラマー、ジョー・ジョーンズの成れの果てなのか、と。大木さんでなくとも目を疑う光景だ。「ジョーのレコードは、いまもレコード店にならび、そのアルバムはロングセラーをつづけている。印税さえコンスタントに入っていれば、なにもこんな貧しい生活を送る必要はないのだ」と疑問に思う。その謎にヘイズが答えている。「教育もなく、文字の書けない名ドラマーは、マネージャーやレコード会社のお偉方から一時金やピカピカ光るキャデラックをあてがわれて、印税契約をしなかった」と。ハーレムに暮し、ミュージシャン仲間から信頼された人でなければ遭遇できない悲しい事実に愕然とした。

 著書は1983年の出版なので、これは1985年に亡くなる数年前のことだろうか。ベイシー楽団のオール・アメリカン・リズム・セクションを支えたパパ・ジョーと呼ばれた偉大なドラマーの録音は無数にあるが、「アワー・マン・パパ・ジョー」と題されたアルバムは77年に日本で企画されたもので、当時66歳の正確無比なドラミングをとらえている。プロデューサーはマックス・ローチのマネジャーを務めている小沢善雄氏、コーディネイターはベイシーのコレクターとして著名な上野勉氏、そして録音は当時一番「原音再生」に近づいたPCM録音である。最近の安易な日本企画や無味乾燥な音とは一線を画した本物のジャズと音を楽しめる。

 今は原盤印税やアーティスト印税は保護されているので、パパ・ジョーのようなケースは少ないと思われるが、当時はこのような黒人ミュージシャンの無知に付け込んだ不当な搾取が当然だった。悲しくて怒りを覚えるが、このアルバムが売れたら印税は幾らになるかとか、この曲がヒットしたら幾ら儲かるか等と目先の皮算用をする音楽より、金銭を充てにせず夢中で打ち込んだ音楽のほうが数段優れているのは言うまでもない。
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「青のロージー」とはレコード・ジャケットを賛美した通称である

2013-06-09 09:15:31 | Weblog
 お城のエヴァンス、カウボーイのロリンズ、ヨットのベイカー、銜えタバコのブライアント、信号機のチェンバース、鳩のサド、旗のシルヴァー、踊り子のペイチ、クリスの傲慢な女・・・タイトルではなく通称で呼ばれるアルバムがある。ジャケットを見るだけで音が聴こえてくる名盤ばかりだが、この呼び名が生まれたのは頻繁にリクエストのあるジャズ喫茶だ。仇名と同じでタイトルよりも呼び易く、親しみも込められている。

 先月CDで発売されたなかに「青のロージー」と呼ばれるアルバムあった。Rosemary Squires の「My Love Is A Wanderer」だ。英国では著名なシンガーだが、日本では無名に近いし、このアルバムにしても超が付く名盤ではない。では何故、通称で呼ばれるようになったのだろうか。このオリジナル盤は大変貴重で、熱心なヴォーカル・マニア間では高値で取り引きされるので、それを扱うレコード店との間で符丁として使われていた思われる。符丁だと素人にはわからないし、「Squires」の発音も曖昧だ。小生が所有しているのは93年に発売されたレコードだが、「スクァイア」とされ、今回発売のCDは「スクワイアーズ」となっている。

 それに何と言っても青を基調としたそのジャケットの美しさにある。カタカナ表記はともあれ、ジャケット同様、内容も素晴らしい。ややハスキーがかってキュートとでもいえばその声質がお分かりいただけるだろうか。タイトル曲をはじめ「エイプリル・ハート」や「アーリー・オータム」等、デビューアルバムとは思えない通好みの選曲に驚くが、なかでも「ミーン・トゥ・ミー」は唸る。ビリー・ホリデイでお馴染みの悲恋の歌を、この美しい顔で歌っていると思うだけで、ゾクッとする。バックはフランク・フィリップスのオーケストラで、これがまた英国らしくかっちりしており響きも良い。この紳士的な楽団を背にするだけでクイーンズ・イングリシュは一層美しい。

 先に挙げた愛称で呼ばれるアルバムにしても、この「青のロージー」にしても、ジャケットに対する呼び方である。それもレコードサイズの30センチ角だ。CD化され、貴重盤が広く聴かれるのは歓迎すべきことと思うし、重要なのは外を飾るジャケットではなく、中味の音楽である、という理屈も解らぬわけではないが、CDサイズのジャケットでは味わえないレコード・サイズだけに与えられた「美」もある。
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サヴォイのB級ジャケットを味わう

2013-06-02 09:14:17 | Weblog
 通常、スタジオの録音は1枚のアルバムを作るためにセッションが組まれるが、プレイヤーの調子が良ければ2枚分をレコーディングしたり、逆に不調だと数曲で止めたりしたレーベルがある。ジャケットを見るだけで嗚呼と低い呻きも出るサヴォイだ。乗ったミュージシャンがいると、とにかくテープを回すのが先で、それからレコードのことを考えるというわけだ。優秀なスタジオ・ミュージシャンを集めて曲名も決まらないまま次々と録音したハリウッドのポップスに似ている。

 そのような方式で録音を重ねると、1枚のアルバムに収めきれない曲が出てくる。それが内容も悪くなく、漏れたとはいえどうにも捨てがたい。ならばそれを集めて1枚のアルバムにしてしまおう、というわけで出来上がったのがこの「Jazz is Busting Out All Over」だ。積極的に売る気がないとみえてジャケットはサヴォイそのものである。そしてタイトルといえばアレンジャーのA.K.サリムのセッションからジョニー・ソマーズの名唱で知られる「June Is Bursting Out All Over」が収録されていることから、「June」を「Jazz」に変えただけのひねりのないものだ。6月に入るないなやこの曲を引っ張りだす小生と同じような発想か?

 トップに収められているのはアレンジャーのビリー・バー・プランクのアルバム「Jazz For Playgirls」と同じセッションの「ウォーキン」だ。マイルスですっかり有名になった曲だが、原曲はジーン・アモンズの「Gravy」で、さらにチェット・ベイカーのマネージャーだったリチャード・カーペンターなる人物が作曲者とされている。この作者も謎で、その辺りの推理は寺井珠重さんのブログ「"Walkin' "本当の作曲者」をご覧いただきたい。プランクの元、分厚いハーモニーから抜け出るフィル・ウッズをはじめセルダン・パウエル、ビル・ハリス、エディ・コスタ等、サヴォイ・オールスターズのソロは6月の空気のように澄んでいる。

 オムニバス盤とはいえ通して聴いても何ら違和感がないばかり、全て57年録音ということもありアルバム単体としてまとまったものだ。多くのマイナー・レーベルが数年で消え、ブルーノートやプレスティッジでさえメジャーに買収されるなか、39年にハーマン・ルビンスの手により設立され、75年にアリスタへ権利を売却するまで個人企業として経営を維持したのは立派だろう。質の高いジャズが詰まっているならB級ジャケットも味がある。
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