多くのジャズクラブが並ぶ52丁目をマイルスが歩いている。その後ろを追いかけるようにアート・ファーマーが付いていく。これからどこかのクラブで共演するような光景だが、楽器を持っているのはマイルスだけだ。ファーマーが声をかける。「マイルス先輩、ボクもこの後仕事が入っているのでトランペットを返してもらえませんか」。マイルスが自叙伝で答えている。
「アート・ファーマーからトランペットを借りなきゃならない始末だった。彼とオレの仕事が重なって貸してもらえなかったときには、ひどく腹を立てたもんだ」 と。盗人猛々しいとはこれを言うのだろう。マイルスが麻薬に苦しんでいた1951~53年ころの話で、マイルス史でどん底とされる時代である。一方、ファーマーは、ライオネル・ハンプトン楽団の欧州ツアーで多くの経験を積みソロイストとして認められたころだ。53年にはプレスティッジと契約もしているので、この時点ではファーマーがジャズトランペット界を牽引する勢いがあった。
ダウンビート誌の批評家投票で新人賞を獲得したのは1958年で、この年には名盤の誉れ高い「Modern Art」、そしてワンホーンの傑作「Portrait of Art Farmer」も録音されている。ハンク・ジョーンズのピアノ、ベースは弟のアディソン、ロイ・ヘインズのドラムという当時のベストメンバーだ。新人賞とはいってもこの時30歳でキャリアも充分なら歌心もずば抜けている。ベスト・トラックはイギリス出身のレイ・ノーブルが書いたバラードの名品「The Very Thought of You」で、膨よかで温もりのある音色で紡ぐ極上のメロディはしばし夢心地だ。「君を想いて」という邦題がしっくりくるインスト物はざらにはない。
楽器の貸し借りといえば、パーカーがソニー・スティットのアルトを借りて、ステージが終わると質屋に持っていったそうだ。これに懲りたスティットは 次にパーカーが借りにきたとき貸さなかった。怒ったパーカーは何とスティットの家のガラス窓に石を投げつけたという。マイルスといい、パーカーといい、言動と行動は常軌を逸している。だから天才なのかもしれない。
「アート・ファーマーからトランペットを借りなきゃならない始末だった。彼とオレの仕事が重なって貸してもらえなかったときには、ひどく腹を立てたもんだ」 と。盗人猛々しいとはこれを言うのだろう。マイルスが麻薬に苦しんでいた1951~53年ころの話で、マイルス史でどん底とされる時代である。一方、ファーマーは、ライオネル・ハンプトン楽団の欧州ツアーで多くの経験を積みソロイストとして認められたころだ。53年にはプレスティッジと契約もしているので、この時点ではファーマーがジャズトランペット界を牽引する勢いがあった。
ダウンビート誌の批評家投票で新人賞を獲得したのは1958年で、この年には名盤の誉れ高い「Modern Art」、そしてワンホーンの傑作「Portrait of Art Farmer」も録音されている。ハンク・ジョーンズのピアノ、ベースは弟のアディソン、ロイ・ヘインズのドラムという当時のベストメンバーだ。新人賞とはいってもこの時30歳でキャリアも充分なら歌心もずば抜けている。ベスト・トラックはイギリス出身のレイ・ノーブルが書いたバラードの名品「The Very Thought of You」で、膨よかで温もりのある音色で紡ぐ極上のメロディはしばし夢心地だ。「君を想いて」という邦題がしっくりくるインスト物はざらにはない。
楽器の貸し借りといえば、パーカーがソニー・スティットのアルトを借りて、ステージが終わると質屋に持っていったそうだ。これに懲りたスティットは 次にパーカーが借りにきたとき貸さなかった。怒ったパーカーは何とスティットの家のガラス窓に石を投げつけたという。マイルスといい、パーカーといい、言動と行動は常軌を逸している。だから天才なのかもしれない。