デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

アート・ファーマーから借りたトランペット

2014-11-30 09:23:13 | Weblog
 多くのジャズクラブが並ぶ52丁目をマイルスが歩いている。その後ろを追いかけるようにアート・ファーマーが付いていく。これからどこかのクラブで共演するような光景だが、楽器を持っているのはマイルスだけだ。ファーマーが声をかける。「マイルス先輩、ボクもこの後仕事が入っているのでトランペットを返してもらえませんか」。マイルスが自叙伝で答えている。

 「アート・ファーマーからトランペットを借りなきゃならない始末だった。彼とオレの仕事が重なって貸してもらえなかったときには、ひどく腹を立てたもんだ」 と。盗人猛々しいとはこれを言うのだろう。マイルスが麻薬に苦しんでいた1951~53年ころの話で、マイルス史でどん底とされる時代である。一方、ファーマーは、ライオネル・ハンプトン楽団の欧州ツアーで多くの経験を積みソロイストとして認められたころだ。53年にはプレスティッジと契約もしているので、この時点ではファーマーがジャズトランペット界を牽引する勢いがあった。  

 ダウンビート誌の批評家投票で新人賞を獲得したのは1958年で、この年には名盤の誉れ高い「Modern Art」、そしてワンホーンの傑作「Portrait of Art Farmer」も録音されている。ハンク・ジョーンズのピアノ、ベースは弟のアディソン、ロイ・ヘインズのドラムという当時のベストメンバーだ。新人賞とはいってもこの時30歳でキャリアも充分なら歌心もずば抜けている。ベスト・トラックはイギリス出身のレイ・ノーブルが書いたバラードの名品「The Very Thought of You」で、膨よかで温もりのある音色で紡ぐ極上のメロディはしばし夢心地だ。「君を想いて」という邦題がしっくりくるインスト物はざらにはない。

楽器の貸し借りといえば、パーカーがソニー・スティットのアルトを借りて、ステージが終わると質屋に持っていったそうだ。これに懲りたスティットは 次にパーカーが借りにきたとき貸さなかった。怒ったパーカーは何とスティットの家のガラス窓に石を投げつけたという。マイルスといい、パーカーといい、言動と行動は常軌を逸している。だから天才なのかもしれない。
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21歳で夜のブルースを歌ったペギー・リー

2014-11-23 09:51:34 | Weblog
 今年の秋だったろうか、ペギー・リーの伝記映画の製作が発表された。2010年に企画が持ち上がったものの、予定されていた監督のノラ・エフロンが亡くなったことで保留状態になっていたものだ。今回、トッド・ヘインズが監督に決まったことでスタートするという。ペギー役はジョニー・キャッシュの伝記映画「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」のジューン・カーター役でアカデミー賞を受賞したリース・ウィザースプーンだ。

  ペギーといえば自身が作詞した西部劇「大砂塵」のテーマ曲「Johnny Guitar」や、1958年に本家のリトル・ウィリー・ジョンよりヒットした「Fever」で、ポピュラーシンガーとして大きく括られるが、ジャズファンも見逃せないアルバムが何枚かある。ジャズヴォーカルの名盤として知られるデッカ盤「Black Coffee」をはじめ、ジョージ・シアリングと組んだ「Beauty and the Beat」、マックス・ベネットやスタン・リーヴィーが参加したジョー・ハーネルのバンドをバックに観客を沸かした「Basin Street East」、名演がレイ・ブライアントなら、名唱はペギーの「Golden Earings」が収録されている「Rendezvous With Peggy Lee」・・・

 そして、「A Portrait Of Peggy Lee」だ。ヘレン・フォーレストの後釜としてベニー・グッドマン楽団で歌っていた1941年から42年の録音のなかから16曲を日本編集でセレクトしたアルバムである。若き日のペギーの瑞々しさにため息が出るが、当時のトップ・ビッグバンドに負けない歌唱力はとても新人とは思えない。この素晴らしいジャケットをそのまま切り取った曲が収められいる。「Blues In The Night」で、このとき21歳とは信じがたい夜と大人の雰囲気を醸し出している。この見事な歌を聴いたらバンドも熱が入るのだろう、グッドマン楽団の最盛期をこの時期とされるのはペギーの参加かもしれない。

 映画といえば今月の29日から順次公開される作品に「ストックホルムでワルツを」がある。 スウェーデンのジャズシンガー、モニカ・ゼタールンドの半生を映画化したものだ。どんなに偉大なシンガーでもファンが知り得ない苦労や努力がある。もしかするとそれは隠しておきたいことかもしれない。伝記映画が良い作品と言われるのはこの部分をいかに描くかであろう。ビリー・ホリデイの映画が絶賛されたのはそこにある。
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Freddie Freeloader をウェスで聴いてみよう

2014-11-16 09:25:18 | Weblog
 先週、「So What」を話題にしたことから「kind of blue」を取り出した。マイルスで最初に買ったレコードといえば高校生のとき発売された「Miles in the Sky」だが、マイルスで一番聴いたレコードとなると「kind of blue」だ。当時は小遣いを貯めてようやく買える1枚なので、田舎のジャズ喫茶もどきで聴けるものは後回しで新譜優先だったが、このレコードだけはそばに置いておきたかった。

 久しぶりに聴くと45年前に自室で音量を最大限にして聴いたときの興奮と感動がよみがえる。マイルス・コンボのひとつの頂点を極めた作品は、モードというジャズの新しい形を明確にしたものであり、その後のマイルスのスタイルばかりかコルトレーンやエヴァンス、しいてはジャズシーンの方向性までをも暗示している。A部はDドリアンで、サビのBパートは半音上がったE♭ドリアンで・・・というハーモニー構造は音楽理論を知らないリスナーをも納得させるほど斬新だった。「So What」の次は「Freddie Freeloader」で、この曲だけピアノがエヴァンスからケリーに変わる。

 よく言われるように比較対象のための収録とされているが、曲の構成も演奏内容も申し分ない。ジョン・ヘンドリックスはこの曲に惚れ込んで、ヴォーカリーズでソロを再現したほどだ。少ないながら秀逸なカヴァーも並んでいる。その中からそのケリーとも共演しているウェス・モンゴメリーの「Portrait of Wes」を聴いてみよう。ウェスの数あるアルバムでは目立たない存在だが、盟友のオルガン奏者メル・ラインとドラムのジョージ・ブラウンというトリオだ。出身地のインディアナポリス時代からの楽器編成はブルージーなことこの上ないし、ウェスのホーン・ライクで豪快なソロはまさに「Portrait」のタイトルに相応しい。

 学校から帰るなりかけ、夕食後にまた聴く、そして寝る前は子守唄かわりにかける。マイルスはもとよりコルトレーンやキャノンボール、エヴァンスのソロの細部、さらにブチとノイズが入る場所まで覚えているレコードは何度聴き返しも飽きることはない。このレコードが録音されてから55年経つが、この先もこれを超える作品は出ないだろう。「kind of blue」とはモダン・ジャズのバイブルという意味かもしれない。
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ジェラルド・ウィルソンの天晴ジャズ人生

2014-11-09 09:27:46 | Weblog
 ジェラルド・ウィルソンが9月8日に亡くなったことをジャズ誌で知った。日本での知名度と人気に比例して扱いは小さい。今では息子のギタリスト、アンソニー・ウィルソンの方がダイアナ・クラールと共演したことですっかり有名になった。その父親と小さく紹介されることが多いが、長年に亘ってウエスト・コーストのビッグバンドを率いた優れたリーダーとして本国ではつとに有名だ。

 ジミー・ランスフォードをはじめベニー・カーター、カウント・ベイシー、ディジー・ガレスピー等の楽団にトランぺッターとして仕事をしながら楽団経営のノウハウを学び、若いうちから独立している。一時期中断したこともあるが、70年にも及びビッグバンドを束ねることは、いくらレコーディングやホテルの仕事が多いロスアンゼルスでも容易なことではない。ビッグバンドの要はアレンジだが、成功した理由のひとつはウィルソンの編曲だろう。エラ・フィッツジェラルドをはじめビリー・ホリデイやナンシー・ウィルソン等、多くのシンガーが彼の編曲で歌うことを望んだほどのアレンジャーだ。

 「Portraits」は、1963年の録音でメンバーが凄い。カーメル・ジョーンズをはじめバド・シャンク、ジミー・ウッズ、テディ・エドワーズ、ハロルド・ランド、ジャック・ニミッツ、ジャック・ウィルソン、ジョー・パス、ルロイ・ヴィネガー等々、よくぞ集めたものだと驚く。一流のアレンジは一流のソロイストが演奏してこそ一級品に仕上がるということを実証している。アルバムトップは何とマイルスの「So What」だ。モード時代の幕開けを告げる曲を粋なアレンジで聴かせてくれる。豪快にスウィングするのもビッグバンドの魅力なら、華麗なハーモニーもビッグバンドの愉しみである。

 ウエスト・コースト出身の有能な若手プレイヤーが一度は籍を置いたといわれるのがウィルソンのバンドだ。エリック・ドルフィーをはじめワーデル・グレイ、テディ・エドワーズ、ジョー・パス等々、一部を挙げるだけでオールスター・バンドができる。若手を育てながら、シンガーやソロイストが映えるアレンジを書き続けたジェラルド・ウィルソンは生涯現役だった。享年96歳。天晴ジャズ人生に大きな拍手を送りたい。
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枯葉がケリーのピアノのように軽やかに舞う

2014-11-02 09:58:33 | Weblog
 平日の昼間とはいえ観客のほとんどが団塊前後の世代というのは珍しい。若い人といえば映画館の従業員だけだ。小洒落た服装や会話の内容から察すると、若いころはダンスホールや歌声喫茶で相当ならしたと思われる方ばかりである。1960年代にポップス界を席巻したバンド、フォー・シーズンズが味わった栄光と挫折を描いた「ジャージー・ボーイズ」の館内風景である。音楽映画で手腕を発揮するクリント・イーストウッドが監督だ。 

 このバンドはフォー・ラヴァーズやヴィレッジ・ヴォイスィーズ等、何度もステージ・ネームを変え、様々なレーベルからレコードを出すも不発に終わる。諦めかけていた時、フォー・シーズンズというバンド名に変えて、レコード会社も新たに発売した「シェリー」の大ヒットで一躍トップにのし上がったグループだ。そのレコード会社とは「Vee Jay」である。ウィントン・ケリーをはじめリー・モーガン、ウェイン・ショーター、フランク・ストロージャー等の初期作品をリリースしたレーベルとしてジャズファンにも馴染み深い。今週はこの中から「フォー・シーズンズ」「今は秋」「秋といえば枯葉」と連想してケリーを聴こう。

 「Kelly Great」、「Kelly At Midnight」に続きヴィージェイ3部作のラストを飾ったアルバムタイトルは、「Wynton Kelly」というシンプルなもので、「枯葉」という邦題が付いている。この邦題が実に便利でジャズ喫茶でリクエストするときや仲間内の会話で重宝されている。ポール・チェンバースにジミー・コブという1961年当時のマイルスのリズム・セクションとなれば悪かろうはずはない。コロコロ転がるタッチは琴線を大きく揺らし、ファンキーでブルージーな薫りは身体を震わす。マイルスは、「ケリーはマッチみたいな奴だ。奴がイナけりゃプレイに火がつかねぇ」と自伝で語っているが、聴き手のハートにも火をつけてくれる。

 若いころ熱心に聴いた音楽を聴き返すと当時の情景が浮かび、あたかもタイムスリップしたように感じると言われるが、この映画を観終わったあとの表情は皆若返っていた。これからオールディーズ・バンドが入っているあの店に行こうか、レコード屋に寄ってみようか、という声も聞こえる。かく言う小生もいつものジャズバーではなく、60年代のポップスを流している店に足が向いていた。今日だけは青春のあの日でいたい。
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