デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ケン・ハナのアレンジで歌う恋のため息

2011-06-26 07:52:31 | Weblog
 アルト・フルートのリード・ボイシングが斬新なピート・ルゴロ、トリスターノに学んだビル・ルッソ、ライトハウス・オールスターズで活躍したビル・ホルマン、スパニッシュ調のリズムが鮮やかなジョニー・リチャーズ、ウディ・ハーマンのフォー・ブラザーズ・サウンズの創始者として知られるジーン・ローランド、名前を聞くだけで華麗な音が聴こえてきそうなメンバーだが、全員スタン・ケントン楽団のアレンジャーである。

 そしてもう一人忘れてならないのはケン・ハナだ。前記5人に比べ知名度こそ低いが、ケントン楽団で多くのアレンジを手がけ、ケントンからも厚い信頼を得ていた人で、それはこのリーダー・アルバムがケントン・プレゼンツの冠が付いていることからもうかがえる。「ジャズ・フォー・ダンサーズ」のタイトルのようにダンサブルなアレンジで、軽快なステップを踏みたくなる曲が並ぶ。ハナがケントン楽団に提供したアレンジは踊るというより聴かせる趣きだったが、ここではジャズで踊るというスイングジャズの原点に戻っている。自身のアレンジによる自身のバンドで振るタクトはさぞ気持ちが良かったことだろう。

 ビッグバンドではステージを彩る歌姫も欠かせない存在で、このアルバムにはシャーリ・ソンダースが華を添えている。ビッグバンド全盛期は多くのシンガーが登場しているが、シャーリもその一人で、やや線は細いものの可愛らしい声で、ジミー・マクヒューの名曲「恋のため息」をスウインギーなアレンジに乗せて軽快に歌っている。ジャケットに写っているのはシャーリか、モデルかは不明だが、声から想像するとビッグバンドで映えるチャーミングな女性だろう。プロフィールは不明だが、おそらくはケントン・ガールズの候補生か、オーディションを受けた一人だったかもれない。

 アレンジャーはビッグバンドにとって要であり、アレンジひとつで如何様にも音を変化させ、ときには同じバンドとは思えないほどハーモニーに厚さを持たせ、また聴き慣れた曲に新鮮な息吹を与える。ハナが在籍した時代は、ケントン楽団の黄金期で、アート・ペッパーをはじめショーティ・ロジャース、メイナード・ファーガソン、シェリー・マン等、後のジャズシーンをリードする錚々たるメンバー並ぶ。自分の書いたスコア通りに音を出す一流プレイヤーを見て、ハナは鼻が高かったに違いない。
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チャーリー・パーシップの3つの願い

2011-06-19 07:46:40 | Weblog
 ジャズの支援者として知られるニカ男爵夫人が、1960年代に300人のジャズ・ミュージシャンに、「もし3つの願いが叶うなら、なにを望む?」と訊ねている。その回答をまとめたのが、「Three Wishes」という本だ。一癖も二癖もあるミュージシャンたちもパノニカの前では素直になるとみえて、なかには冗談めいたものもあるが、真面目に切実な願いを答えていた。血気盛んな若者は「Sex」、落ち着いてくると「Health」という単語が出てくる。

 そして一番多いのは「Money」で、なかでもフィリー・ジョー・ジョーンズは「Money,money,money!」の3つを挙げていたが、示し合わせたように全く同じ回答を寄せているのはチャーリー・パーシップだ。ガレスピーのバンドを皮切りに多くの仕事をこなしているドラマーなので、金に不自由していないように思えるが、1960年代という時代に重ねるとパーシップの願いもわかる。それは1960年にザ・ジャズ・ステイツメンというコンボを率いていたからだ。ブレイキーに対抗したような形で、このリーダー作にはフレディ・ハバードやロニー・マシューズ、ロン・カーターという将来のジャズ界を担う若手を起用しているが、メッセンジャーズほどの知名度もないためグループ維持に金も必要だったのだろう。

 ドラマーとしては中堅どこで、派手さがないこともあり多くのレコードで耳にしているにもかかわらず目立たないが、パーシップってすげえなぁと感心したのはレッド・ガーランドのセント・ジェームス病院だった。「When There Are Grey Skies」をお持ちの方は早速聴いてみよう。ガーランドのシングルトーンから演奏が始まり、数小節弾いた一瞬に入るブラッシュである。いや、一瞬というより時間の最小単位の刹那と言ったほうが正しいか。歌い、泣く表現力に優れた名手や、機械のように正確なテクニシャン、どんなに広い会場でもマイクを必要としない大きな音を出せる怪物は数いても、絶妙なタイミングを計れるドラマーは少ない。
      
 さて、貴方なら3つの願いに何を挙げるだろう。健康、成功、名声、平和、幸福、愛・・・そして、ジャズ・ミュージシャンでなくとも金をその一つに入れるかもしれないし、欲張りな小生のように3つでは足りないかもしれない。天明期を代表する狂歌師の太田南畝は、「世の中は いつも月夜と米の飯 それにつけても金の欲しさよ」と詠んでいる。古今東西、願いは同じなようで、簡単に叶わないのも同じである。
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レイ・ブライアントの最期をスージーは看取ったのだろうか

2011-06-12 07:58:50 | Weblog
 もう20年も前になる。テーブルの向いに憧れの人が座っていた。ひょっとしたらその人とテーブルを挟んでこうして酒を飲み交わしたのは、マイルスであり、ロリンズであり、ローチやブレイキー、そして歌姫マクレイだったかもしれない。共演したプレイヤーは数知れず、それも皆一流ばかりである。サイド作品を並べるとそれだけでモダンジャズの歴史が見えるばかりか、ジャズが最も熱かった50年代の名盤までもが揃う。

 今月2日に亡くなったレイ・ブライアントは日本でも人気のあるピアニストだ。ゴールデン・イヤリングスが入っているプレスティッジ盤は、ピアノトリオの名盤に数えられ、ジャズ喫茶黄金時代は毎日のようにリクエストがあり何度も聴いたものだが、繰り返し聴いても飽きさせない魅力がある。生で聴くその曲もレコードと同じ演奏だったが、やはりサビの部分は思わず唸ってしまう。新曲の披露や変化のあるアドリブがライブの醍醐味だが、聴きなれたメロディを崩さず演奏するのもジャズのスタイルである。プロモーターの要請であってもプレイヤーの選曲であってもレコードの名演の再演を求めているのは確かなのだから。

 ブライアントがライブで楽しそうに弾いたオリジナル曲は愛娘のスージーに捧げたリトル・スージーをはじめクバノ・チャント、マディソン・タイム、モンキー・ビジネス等、どの曲もこの人は日本人の血が流れているのではないかと思わせるほど妙にしっくりくる。左手の強いタッチが印象的で、このパンチがなければ生きない曲だ。そのせいもあり名曲ながらほとんど他のプレイヤーによって演奏されることはない。唯一例外を挙げるならフィニアス・ニューボーンJr.が弾いたリフレクションで、これとてこの曲があったからこそロイ・ヘインズ名義のウィ・スリーが人気盤だといってもいい。

 リトル・スージーを録音したのはブライアントが28歳のときで、膝に抱かれたスージーはおそらくこの時5~6歳だろう。一番可愛いときで、曲も娘の健やかな成長を願う父親の愛情にあふれている。ブライアントはスージーに看取られながら安らかに眠ったのだろうか。もしかしたら孫娘があのグローブのような手を握り締めていたのかもしれない。愛すべきピアニスト、レイ・ブライアント、享年79歳。イヤリングは落ちても曲は金のように輝いている。
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イングリッド・ジェンセンの美人な音

2011-06-05 08:04:06 | Weblog
 先日、道内の中学校では珍しい室蘭市のジャズバンド部がテレビで紹介されていた。道内のジャズ・フェスティバルへの出演や、日野皓正との共演がテレビで放映されたこともあり記憶されている方もあろう。ここ数年、映画「スウィングガールズ」の影響もあり、男子に混じって管楽器を手にする女子部員も多い。矢野沙織や札幌市出身の寺久保エレナの活躍が刺激になっているのかもしれない。

 ジャズで女性といえばピアニストが圧倒的に多く、50年代に活躍したトロンボーン奏者のメルバ・リストンの名を思い出すくらいで女流管楽器奏者は極めて少ないが、肺活量や体力が男性並になったのだろうか最近は女性も大活躍だ。なかでもオランダのアルト・サックス奏者ティネカ・ポスマと並び、トランペッターのイングリッド・ジェンセンは美人として知られる。美女は管楽器を持つだけで絵になるが、ジェンセンは難しいスコアを書くマリア・シュナイダーのビッグバンド出身というから実力のほども立証済みだ。女流奏者を評して、とても女性とは思えない云々というのが最上級の誉め言葉のようだが・・・

 とんでもない。しなやかな指使いと優しい音はとても男性には真似のできない肌理の細かさだ。その女性ならではの感性はワンホーンで吹き上げるコール・ポーターの名品「エヴリタイム・ウィ・セイ・グッドバイ」から伝わってくる。歌詞の一節には「メジャーからマイナーに」というくだりがあって、実際に変化するコード進行を使った曲なのだが、その変化は邦題の「いつもさよならを」繰り返しながらも会いたくなる心情を女性の側から表現したものだ。ジェンセンのような美女に自ら別れを告げることはないだろうが、もし彼女にそれを言われたなら、また戻ってきてくれるだろうという淡い期待を抱かせるほど「女」の愛情がそこにはある。

 ジャズバンド部があった室蘭市の中学校は統合されて廃部も危ぶまれていたが、存続要望が実って新たな一歩を踏み出したという。その中学校としての最後の定期演奏会にゲストとして共演した角田健一は、「ここからプロになる子がきっと出てくる」と言っている。日本のジャズシーンを賑わすかもしれない将来の美人管楽器奏者の目はよく磨かれた管楽器のように輝いており、音は抜けるような青空に響いていた。

敬称略

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