デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

姐御 アニタ

2006-11-26 07:07:14 | Weblog
 ツバのひろい羽飾りのついた帽子と、白い手袋を纏い颯爽と登場する姿は、ファッション雑誌ヴォーグから飛び出してきたような美しさだ。最初に見たときはドキッとし、二度目は心ときめき、次からは興奮のあまり抱きつきたくなる。58年のニューポート・ジャズ・フェスティバルの模様を収めたドキュメンタリー映画「真夏の夜のジャズ」のアニタ・オデイ登場シーンを思い出す。

 「アニタ・オデイさん(米女性ジャズ歌手)23日、ロサンゼルス郊外の病院で死去。87歳。最近肺炎の発作に見舞われたことがあったという」 淡々と流される訃報記事。知らない方にとっては一老女の死としか受けとられないが、ジャズファンそれもアニタファンには大きな出来事だ。拙稿ごときではアニタの偉大さも素晴らしさも端的には伝えられないけれど、ジーン・クルーパ・ビッグバンドの若い頃から、絶頂期を捉えたヴァーブの一連の作品、70年代の自費出版のアルバムに至るまで、聴かずには死ねない名唱が揃っている。

 ロバート・リチャーズの構図と表情が見事なイラストのジャケットは額に入れて我が書斎に飾ってある。「live at the city」と題された79年のサンフランシスコのライブで、声にかつての艶はないが、「真夏の夜のジャズ」同様、サイドメンがタジタジになる縦横無尽なアドリブは健在だ。インタビューでアニタは答えている。「私は才能がないので、フェイクせざるを得なかった・・・私の歌い方が嫌いなら、パティ・ペイジを聞いたらいいのよ」 姐御の啖呵は謙虚である。アニタの歌を才能と言わず何という。歌い方が嫌いなジャズファンは一人もいないはずだ。

 このアルバムで司会者が、「Miss Anita O'Day !」と紹介する度、熱いものが込み上げてくる。額に飾ったジャケットに花を供えて、ハスキーで自由自在なフレージングに今夜ばかりは浸っていたい。ご冥福をお祈りします。
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ブルース・オン・パレード

2006-11-19 07:22:47 | Weblog
 昨日、北海道日本ハムファイターズの優勝パレードが、札幌駅前通りで行なわれた。北海道初のイベントとあって沿道には15万人がお祝いに駆けつけ、その経済効果は14億円ともいわれる。13色の紙吹雪が舞う中、アジアシリーズも制し、オープンバスから声援に応える選手達の顔は自信に溢れ、誇りに満ちていた。

 歓声で聞こえなかったが、音楽隊もパレードに参加していた。「ブルース・オン・パレード」というパレードに相応しい曲があり、ラジオ番組「ジャズ・フラッシュ」のテーマ曲に使われていた。当時スイングジャーナル誌の編集長だった児山紀芳さんの優しい語り口を耳にした方もいらっしゃるだろう。「ミッドナイト・ジャズ・レポート」のゲイリー・マクファーランド「アンド・アイ・ラブ・ハー」、「オールナイト・ニッポン」のハーブ・アルパート「スウィート・ビター・サンバ」、番組の内容はとうに逐電していても、テーマ曲を耳にすると当時のことを思い出す。番組の顔ともいうべきテーマ曲はパブロフの犬のごとくである。

 グレン・グレイ&カサ・ロマ・オーケストラの「サウンズ・オブ・ザ・グレイト・バンド」は、「ジャズ・フラッシュ」のテーマ曲の他、カウント・ベイシー、グレン・ミラー、トミー・ドーシー等のビッグバンド・テーマ曲を斬新なアレンジで再演している。ちなみに「ブルース・オン・パレード」をテーマ曲にしていたのは、スタン・ゲッツ、ズート・シムズを輩出したウディ・ハーマンだった。ビッグバンドの顔ともいえる音の名刺集は、当時の華やかなビッグバンド黄金期を彷彿させる。

 日ハムのパレードの経費は道内企業と個人からの協賛金で賄われ、1トンを超える紙吹雪もまた札幌市民が提供したものだった。終了後の後片付けは3000人を超すボランティアの手による。激しい吹雪と、厳しい寒さを迎える前の優しい日差しの中、歓喜に沸いた道民の顔は一様に明るい。
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モンク・ザ・ユニーク

2006-11-12 07:39:37 | Weblog
 チェコのプラハで行われたカフカ賞授賞式の模様を新聞が報じた。作家デビュー前は国分寺で、「ピーター・キャット」というジャズ喫茶を開いていた村上春樹氏は、記念のカフカ像を手にして感慨深そうだ。カフカ賞は01年創設の新しい賞がだ、04年、05年の受賞者が連続してノーベル文学賞に選ばれている。このことから村上氏が最有力視されていたが、残念ながらノーベル文学賞はトルコのオルハン・パムク氏に決定した。

 上下巻併せて200万部売れたという村上氏のベストセラー小説「ノルウェイの森」にこんな件がある。『・・・紀伊國屋書店の裏手の地下にあるDUGに入ってウォッカ・トニックを二杯ずつ飲んだ。・・・僕は黙ってセロニアス・モンクの弾く「ハニサックル・ローズ」を聴いていた』 この曲は「ザ・ユニーク」というモンクの56年のアルバムに収められている。アート・ブレイキー、オスカー・ペティフォードと組んだセッションで、スタンダード中心の選曲だが、タイム感覚や音使いはユニークそのものだ。

 孤高のピアニスト、バップの高僧とも呼ばれるモンクは、「ラウンド・ミッドナイト」、「ストレート・ノー・チェイサー」等の作曲者として評価されていたものの、ピアニストとして世間が認めるに至ったのは後年のことだ。54年のパリ公演では聴衆からそっぽを向かれたという。ステージで突然踊りだしたり、気に入らないとソロも中断する奇行ぶりは常人には異様にしか映らない。独創的な芸術は、いつの時代も理解され難く、また個性的な音楽家への正しい評価はいつも遅れる。

 57歳の村上氏の作品はユニークではないが、その背景には大学闘争やジャズの青春体験がある。団塊世代特有の蹉跌と、現代の人間が抱える孤独と焦燥を見つめる眼差しはいつも温かい。ノーベル賞を逃した村上文学が、モンクのそれのように国境を越える日は何時のことであろうか。週刊漫画雑誌のほとんどを読み流していると豪語している大臣もいるようだが、アニメやマンガばかりが日本発の文化と思われては困る。
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オーヴァーシーズ

2006-11-05 07:06:54 | Weblog
 相互リンク頂いている 4438miles さんの「FのブルースBlog」は、豊富なジャズ体験と確固たる音楽理念に基づいた内容で、更新も速いので目が離せない。一大絵巻ともいうべき圧倒的な筆量なのだが、これが面白くてつい先を読み急ぐと文字が斜めに見えることがある。例えば「杏マナー杏マナー・・・」と同じ文字を続けて書くと右下がりになる。何事も自分の目で視、聴かない事には納得しない性質なので、試してみた。なるほど素面で見ても右下がりだ。横棒が右に向かって順に低い位置に来ているため、全体が右下がりに見えるらしい。「ポップル錯視」と呼ばれる錯覚の一つだ。

 同じ文字を並べたジャケットといえば、トミー・フラナガンの「オーヴァーシーズ Overseas」が直ぐに浮かぶ。57年にJ.J.ジョンソン・クインテットがスカンジナビア演奏旅行に行った時に、グループのリズム・セクションがスウェーデンのメトロノーム・レーベルに録音したもので、3枚のEPに分散されていた。写真はプレスティッジがLPにまとめたジャケットなのだが、「 SEA 」と「 C 」をかけて、C を鏤めたアメリカ的エスプリに富んだ秀英なデザインになっている。

 ジャズを聴き始めの方にピアノトリオの推薦盤と訊かれると、小生はこのアルバムを挙げる。フラナガン、ウィルバー・リトル、エルヴィン・ジョーンズ三者の絡みは、程よい緊張と開放の妙で実にスリリングで、個々のプレイを論じる次元ではなくピアノトリオとしての完成度の高さを聴き、語れるものだ。拙稿はあまりジャズをお聴きになっていない方にもご覧いただき、オチを楽しんで頂いている。まだ未聴の方にはお薦めの一枚。経験上、「これがトミー・フラナガンのオーヴァーシーズですか」が、一ヶ月後には「やっぱトミフラのシーよねぇ」に変わっている。(笑)

 さて、オチなのだが、素面なら並んだ「 C 」は真っ直ぐに見えるものの、時折ややぼやけて見えたりする。先だってもメガネの話題で賑わっていたが、どうやら老眼鏡が合わないらしい。メガネ屋に行って検眼表のキリル文字「 C 」でも見てみますか。こちらは「 SEE 」です。
コメント (18)
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