デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

テディ・キングのオータム・イン・にゅうよぅ

2007-10-28 07:10:39 | Weblog
 柔らかい陽射しを浴びて落葉が黄金色に輝くセントラルパーク、ひんやりとした秋の空気を感じさせるロックフェラーセンターのスケートリンク、紅錦の美しさ溢れるブロンクス公園の植物園、ニューヨークの名所で毎日のようにデートを重ねる二人。リチャード・ギアとウィノナ・ライダーが扮する、甘いラブストーリー「オータム・イン・ニューヨーク」の1シーンだ。さながら観光案内ビデオのような趣きで、一年中で最も美しい季節を迎えたニューヨークの情景を捉えている。

 その美しい情景を切り取ってヴァーノン・デュークが曲を書きあげた。作曲家として知られるデュークが自身で詞も付けたのは、よほど秋のニューヨークの美しさに魅せられたのだろう。「ニューヨークの秋は、どうして人の気を惹くのだろう」という歌詞の一節からもうかがえる。故郷賛歌の代表ともいえる曲で、9.11の同時多発テロ以降は犠牲となった人々への鎮魂歌としても歌われているようだ。沈んだ心に訴えかける多くのメロディ、歌詞があるが、この曲ほどメロディと歌詞が綺麗に融合して共感を呼ぶ例はみない。

 多くの名唱からテディ・キングを選んでみた。完成された美しい曲は派手なフェイクを交えず、ストレートに歌ったほうがいい。キングはアニタ・オデイのように自在なジャズ唱法で勝負する歌手ではなく、メロディ・ラインを忠実に歌いこみ、歌詞に思いを籠めるタイプだけに、情感溢れるバラードの上手さは格別である。歌詞の発音も聞き取り易く、単語の一つ一つが明確で、「New York」は「Autumn In にゅうよぅ」と聴こえる。日本人で初めてアメリカに渡ったジョン万次郎の記した英語辞書には、「New York」は耳で聞こえた発音で「にゅうよぅ」と書かれていた。この発音で十分意味が通じるそうだ。

 映画のヒロインは不治の病で余命いくばくもない若い女性で、枯れゆく葉がやがて雪になるニューヨークの季節のうつろいが、ヒロインの命のうつろいでもあり、そこには苛酷な現実が待っていた。秋深し 隣は何を する人ぞ・・・芭蕉の句は熟した秋を初句に呼びかけるが、その次にくる落差のある言葉はあまりに現実的である。
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二列目のハロルド・ランド

2007-10-21 07:13:27 | Weblog
 ドイツ文学者池内紀さんの著書「二列目の人生 隠れた異才たち」は、一番を選ばない生き方をした才人の半生を纏めている。美人画の世界で上村松園のライバルだった島成園、 口八丁手八丁の多才ぶりが世の人にうさんくさく思わせた尺八奏者の福田蘭童、発売禁止をものともせず「好色獨逸女」や「処女学講座」を著した秦豊吉等、歴史に埋もれた天才にスポットを当てたものだ。異才と呼ばれた人は我が道を貫くため、時流に背を向けることも厭わないようだ。

 実力は確かなのだが、過小評価され、いつも二列目にいるテナー奏者がいた。マックス・ローチ~クリフォード・ブラウンのバンドに参加したことで広く名を知られるようになり、後にレッド・ミッチェルと双頭コンボを持ち、さらにボビー・ハッチャーソンとも双頭コンボを組んでいる。一列目には唄伴でも歌手より目立ってしまうブラウニーがおり、双頭コンボで一列目に並んだものの、席が落ちつかないのだろうか解散も早い。ハロルド・ランド、その人である。

 リーダー・アルバムともなると力が入り、個性際立つものが多いが、ランドにはそんな気負いはなくいつもの自然体なのだ。一列目にいても派手に吹きまくるわけでもなく、常にマイペースを崩さない。実力の余裕とでも言うのだろうか、これが実にいい。Hi-Fi Jazz からリリースされた「The Fox」は、レーベル名の如く音質にこだわったアルバムで、ランドの深い音をより鮮明に捉えている。このレーベルは2年ほどで活動を休止したが、その後コンテンポラリーからジャケットを変更して再発されるほど内容が充実しており、幻のトランペッターと言われる Dupree Bolton の参加も貴重なものだ。ジャズ史に残る名盤ではないが、記憶に残るアルバムであろう。

 福田蘭童の長男、石橋エータローが父の言葉を回想している。曲の最後が中途半端だと言うと、「まだ何かありそうな気分にしたかった。おまえのやっているジャズとはちがうからな」と。ランドにも一列目にはないまだ何かありそうな気がした。二列目の人生も悪くない。
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あの人は今!?ユタ・ヒップの30年後

2007-10-14 08:22:14 | Weblog
 かつて一世を風靡した有名人や突然ブラウン管から姿を消したアイドルを捜索し、現況を伝える「あの人は今!?」というテレビの特別番組があり春秋、年末年始の特番期に放映される。野次馬的に怖いもの見たさも手伝って高視聴率を獲得しているようだ。売れっ子で多忙なアイドル生活から開放された安堵感からか、あのスリムで美しかった体形が崩れているケースが多い。アイドルは輝いていた若い時の記憶だけを留めておいたほうがいいようで、偶像化したものを現実に置き換えると夢はなくなる。

 芸能界の移り変わりは激しいが、ジャズ界も同じことでいつの間にか消えたジャズメンも多く、ドイツ生まれの美人ピアニスト、ユタ・ヒップもその一人だ。女流プレイヤーが好きな評論家レナード・フェザーの肝煎りで、ブルーノートに4枚のアルバムを残したまま消息を絶っている。レニー・トリスターノに傾倒したクールなピアノと評されるが、それはハンス・コラーとドイツで活動していた時期のことであり、ニューヨークに渡ってからはバップ色が強く、ホットな本場のジャズシーンが彼女のスタイルを変えたのだろう。

 写真は当時出演していたジャズクラブ、ヒッコリー・ハウスのライブ盤で、フェザー自らオープニングで紹介する熱の入れようだ。短く答えるヒップの声は可愛らしいが、女性とは思えない力強いタッチで、ピーター・インドとエド・シグペンをバックに筋の良いピアノが聴ける。とりわけバラードの解釈が見事なもので、モンクの名演で知られる「ジーズ・フーリッシュ・シングス」では、何とモンクのフレーズも飛び出す。過ぎ去った日々を回想する歌詞を持つこの美しいメロディを、美人ゆえに浮名を流し、仲も噂されたフェザーやホレス・シルバーを想い弾いたのかも知れない。

 ヒッコリー・ハウスの専属ピアニストは、ヒップがを辞めた後、56年に渡米した秋吉敏子さんが引き継いでいる。ヒップの消息はこの後聞かれなくなるが、87年に秋吉さんが、アッティラ・ゾラーの誕生パーティに招かれたところ、ヒップに30年ぶりに会ったという。あのスマートで美人だった面影はなく、丸々と太っていて最初は気付かなかったそうだ。どうやら豊かなヒップに変っていたらしい。
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神が与えたブラウニーのトランペット、天が恵んだチェロキーの智慧

2007-10-07 07:45:56 | Weblog
 読書の秋と銘打って出版社と書店からキャンペーンが張られている。新しいタイトルと装丁が並んでも活字離れは益々進み、売れ行きは芳しくないようだ。よほどの売れっ子作家でない限り初版止まりで増刷されることはないが、ハードカバー初版が91年で、95年には46刷、今では普及版も出ているという隠れたベストセラーがある。フォレスト・カーターの「リトル・トリー」で読まれた方も多いと思う。

 アメリカの先住民族であるチェロキー族の著者が祖父母との生活を綴った自伝的な回想録で、家族の絆、自然との共存、忘れかけていたことを思い起こす本だ。最近目にする家族関係の捩れによる悲惨な事件、開発という名の下に進む自然破壊、家族愛と自然の恵みを尊重するチェロキー族に学ぶことは多い。そのチェロキー族に伝わる恋の歌のメロディを拝借してレイ・ノーブルが作曲したのが、チャーリー・バーネット楽団のテーマ曲として知られる「チェロキー」である。プロのプレイヤーに聞いたところ、テーマは全音符と二部音符が並びコード進行もシンプルにできているらしい。メロディラインは軽く口ずさめるが、アドリブとなるとコード・チェンジに寄りかかれないぶんだけアイデアがないことには演奏ができないという。

 多くのプレイヤーが、この閃きが要求される「チェロキー」を取り上げているが、ブラウニーこと、クリフォード・ブラウンを超える演奏は聴いたことがない。湧き出る泉の如く常に新鮮で枯れる事がないアイデア、感性漲るフレーズ、かつてのF1名ドライバー、アイルトン・セナのコーナリングを思わせるスピードとスリル、どれをとっても完璧としか言いようがない。インディアンの太鼓を模したマックス・ローチのドラムがさらにブラウニーの豊かな歌心を盛り上げた稀代の名演であり、超えることができない手本でもある。

 夭折したブラウニー以降、多くのトランペッターが輩出しジャズ史を彩っているが、トランペットという楽器の魅力を最大限に引き出したのはブラウニーであり、ブラウニーという存在がなければジャズ・トランペッターの流れも変わっていたかもしれない。神に与えられた3本のピストンを自在に操るブラウニーの難を言うと、罪作りなほど美し過ぎるということであろうか。
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