デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ジャズマンは黒い靴

2006-02-26 10:33:40 | Weblog
 当地から車で小一時間の山間の湖に小さなホテルが建っている。携帯電話も通じないし、敢えて客室にはテレビも置いていない。喧噪の俗世間から離れて制作や執筆に専念できるとあって、高名な画家や作家が訪れるという。そのホテルで先日、岩崎佳子さんと稲葉國光さんのデュオ・ライブがあり、仲間数人と出かけた。

 食事を愉しみながらの和やかな雰囲気で、演奏が始ってもグラスを重ねる音、話し声、ビル・エヴァンスのヴィレッジ・ヴァンガードを彷彿させる。岩崎さんのピアノからは、美しいメロディーを重視した「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」、「オール・ザ・シングス・ユー・アー」と続く。その美しい曲に絶妙な低音を被せる稲葉さんは、八木正生トリオ、白木秀雄クインテット、日野皓正クインテットという、いつも尖端をいくコンボで活躍された方で、殆どのジャズメンと一度は共演した経歴をお持ちだ。

 稲葉さんのスーツにネクタイを締めたその姿は、服装といい、使い込まれたベースから弾きだされる深い音といい、伝統を貫いてきた正統なスタイルだった。今月16日に亡くなられた日本の靴デザイナーの草分け、高田喜佐さんのエッセイ集「ジャズマンは黒い靴」には、ジャズマンは黒い靴が似合うと書かれている。稲葉さんも、黒い靴がよく似合っていた。磨かれた黒い靴、味わいのある音、そして握手をして頂いた小指の太い手の温もり、長い間ジャズシーンを支えてきた器の大きさを感じる。

 高田喜佐さんのご冥福を祈りつつ、高田さんのブランド「KISSA」の黒い靴を磨いた。今週は商談を控えているので、足元を見られないよう靴の手入れも肝心だ。だが、当地はまだ雪道だ。雪融けまでは長靴が欠かせない。足元を掬われないように。
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ソルト・ピーナツ

2006-02-19 10:26:17 | Weblog
 最近のテレビドラマはコミックが原作というのも珍しくない。その一つに日本テレビ系列の「喰いタン」がある。ストーリーはコミック仕立てで笑えるが、食を題材にしており、主人公の美食の蘊蓄はなかなかに面白い。「喰いタン」の原作は読んだことはないが、食を題材にしたコミック「美味しんぼ」は、90巻の単行本が出ていて、幾つか読んだ。

 政治的な主張がやや強い感もある「美味しんぼ」なのだが、第8巻に「ソルト・ピーナツ」という、ディジー・ガレスピーのバップ・ナンバーと同タイトルのジャズ・ファンを泣かせる一編が収められている。ピーナツという食材とジャズ喫茶を絡めた話で、いつもビールの摘みにしているピーナツの見方が変わった。驚いたのは、ブルーノートの10インチ盤や、「マッセイ・ホール」のデビュー原盤、コルトレーンがガレスピーのサイドメンとして初レコーディングしたキャピトル盤等が登場する。何れもマニア垂涎の的だ。作画は花咲アキラさんで、原作は雁屋哲さん、実物のレコードがなければ描けないであろうと思われる描写だ。

 以前読んだ雁屋さん原作の「野望の王国」は、東大出身の主人公が裏世界で伸上がる内容で、やけに東大内部に詳しいと思ったら雁屋さんは東大出身だった。例によって脱線すると、昨年出版された異能ミュージシャン菊地成孔さんの著書「東京大学のアルバート・アイラー」は面白い。そいえば岡田斗司夫さんの「東大オタク学講座」も書斎のどこかにあるはずなんだが・・・ついでに探してみたら本棚の手前にあった。これを「灯台下暗し」という。(笑)

 ところで、「ソルト・ピーナツ」に登場するジャズ喫茶のマスターが、誰かに雰囲気似ているなぁと思ったら、いつもコメントをお寄せ頂くKAMIさんだった。珈琲パウエルのご主人で、小生はお会いしたことはないが、ホームページのお写真を拝見したらそんな風に映った。今日もマスターは「マッセイ・ホール」をかけながら、豆を挽いているのだろうか。小生がお店を訪れた際には、特製の「ウン・ポコ・ロコ・ブレンド」を入れてもらう約束になっている。
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日本語版ダウン・ビート

2006-02-12 10:34:38 | Weblog
 いつもコメントをお寄せ頂く naru さんに薦められて日本版プレイボーイ3月号を買った。コルトレーン特集で、初めて知った興味深い記事も載っている。おまけ、いやメインのグラビアにはロシア美少女の写真もあり、こちらを見るのも楽しみの一つだ。発売日に売り切れたという伝説的なプレイボーイ創刊号は75年発刊だから、30年以上出版されている。寿命の長い雑誌だ。

 60年6月に創刊され、62年4月が最終刊、僅か通巻22号で廃刊になった雑誌に日本語版ダウン・ビートがある。新興楽譜出版社から出版され、編集長は昨年亡くなれた草野昌一さん、後のスイング・ジャーナル誌編集長児山紀芳さんが大学卒業後、最初に就いたのがこの編集部だ。アメリカの伝統あるジャズ誌 down beat の日本版で、親誌の記事の翻訳と、日本独自の記事という、日本版のフォーマットを踏襲している。

 60年代初めというと、外国から入ってくるポピュラー、タンゴ、シャンソン等を一括りでジャズソングと呼ばれていた時代から、ダンモという言葉が生まれたように、ようやくモダンジャズが一つの音楽として周知された頃だ。レナード・フェザー等、著名なジャズ批評家の翻訳記事は、今読んでもかなり高度なもので歴史あるアメリカジャズ文化と日本のそれとの差は歴然としている。終刊号の児山さんの編集後記には、理想と現実のギャップが綴られている。志の高い雑誌は、この時代も今も売れない。

 生まれては消えてゆく多くの雑誌の中で、30年以上出版されているプレイボーイは驚異だが、75年発売当初から比べると、グラビアも随分と変わったものだ。当時ではロシア女性のヌードなど考えられない。国が変われば、色も形も違う。敢えてどの部分かは説明しないが・・・荒唐無毛、いや荒唐無稽な話ですから。(笑)
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京都ブルーノート

2006-02-05 11:40:46 | Weblog
本の装丁を見る前に、背のタイトルだけで買った本に、藤森益弘さんの「モンク」がある。勿論セロニアス・モンクのモンクであり、テレビドラマの「名探偵モンク」の本なら返品するところだった。京都ブルーノートをモチーフにしたジャズ小説で、ストーリー自体はそう変わったものではないが、ジャズ・バーの雰囲気やミュージシャンの心理が丁寧に描かれており、一気に読ませる秀作だった。

 刊行と同時にCD「スンミ 市川芳枝・イン・ブルーノト」がリリースされた。タイトルだけでは恐らく買うこともなかったが、藤森さんの小説を読むと、つい聴きたくなるから不思議だ。「スンミ」は小説で主人公の女性ボーカリストによって歌われるオリジナル曲で、CDにも収録されている。関西でご活躍されている市川芳枝さんを初めて聴いた。素晴らしいボーカリストがいるもんだ。バックはご主人の市川修さんのスインギーなピアノに、正確なリズムを刻むベースの三原脩さん、そしてゲストの森山威男さんの怪物的なドラム。京都ブルーノートの熱いセッションが収められている。

 以前、大橋巨泉さんのジャズ番組でゲストに「オール・オブ・ミー」を歌わせていた。スインギーに歌おうとするとフランク・シナトラになり、情感込めるとビリー・ホリデイになる。ボーカリストの力量を計るうえでは的を得た選曲だ。この簡単そうで難しい曲を、市川芳枝さんはオープニングで歌っている。これには参った。テンポといい、フレーズといい、市川修さんのバッキングといい申し分ない。この曲ばかりリピートして、次に進まなかったくらいだ。

 そのスインギーなピアニスト市川修さんが31日に亡くなれた。くも膜下出血で突然の事らしい。まだ56歳という若さだった。奥様の芳枝さんの胸中は察するに余りある。セロニアス・モンクとバド・パウエルを愛し、今では数少ない二人に近い正統なスタイルのピアニストだっただけに残念だ。心よりご冥福をお祈りします。
コメント (12)
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